第11話 セリシア・クレイン



 方舟世界で過ごすこと早三ヶ月。

 ベルクネス陸軍幼年学校に隣接するベルネクス特別実施訓練施設――通称【小鬼が嗤う巣窟】の入り口付近は多種多様の人間でごった返していた。


 一言に地下迷宮ダンジョンと纏めても、現時点では唯一の比較対象である【秘められし亡者の楽園】とは様相が大きく異なる。片や手付かずの自然の中にひっそりと存在し、利用者など俺一人しかいない実質的なプライベートダンジョンとは対照的に、ベルネクスの地下迷宮ダンジョン一帯は、国を挙げて開発が推し進められているだけあって、幼年学校に通う少年少女以外にも、小遣い稼ぎにやってきた現役魔術師、退役軍人、軍属の傭人に運搬業者らの人ごみの波が尽きる気配はない。


 地下迷宮を囲むように軒を連ねるのは、魔兵仗を扱う鍛冶工房や研磨工、ダンジョン向けのサバイバル用品店に、魔道具の専門店、ちょっとした飲食店や雑貨屋など。これらは財政的な余裕を持つ大人相手には有料であるが、幼年学校所属の在学生には優先使用権を含め、一部無料か格安で便宜が図られている。


 二階建てな赤煉瓦造りの店舗が建ち並ぶその様は、全く古びた様子がないどころか、高級感すら漂わせており、景観までよくよく配慮された設計らしい。


 これも全ては、魔術師という軍の中でも特に専門性の高い兵種を育成する為に、かなりの国費が継続的に投じられているからこその光景なのだろう。

 これと同じ規模の初級地下迷宮ビギナーダンジョンを中心とした地下迷宮の城下町が、皇国各地に二〇〇を超えて存在するとか。


 元々、戦場を縦横無尽に駆ける魔術師は昔から軍事力の象徴であり、大陸西方統一の野心から魔術師の養成機関の整備に尽力してきた歴史もあって、皇国は他国とは隔絶した数の魔術師を戦力化する事に成功し、数多の植民地や属国を抱える軍事超大国として名を轟かせてきた。


 そして、西方地域統一後も、その傾向は衰えるどころか、益々強くなるばかり。

 魔帝国に対して壁となっていた人類国家が消失し、直接国境を接するようになると、ある意味これまで以上に魔術師の育成は急務となり、対魔人戦争で中核となる人材に集中投資し、魔帝国の脅威に備える必要に迫られた。

 人類の上澄みの上澄みであり、魔人に唯一真っ向から対抗できる魔術師の育成を疎かにすれば、大袈裟でも何でもなく国家存亡の危機。故にこれらのサポートに限らず、魔術師の素質を持つ者は、様々な義務と同時に数多くの特権が与えられていた。






「……遅いわね。何かあったのかしら?」



 地下迷宮ダンジョン前に設けられた管理事務所と併設された休憩所。何処となく緊張した面持ちで地下迷宮ダンジョン攻略に赴く、今月頭に入校したばかりの新入生の後ろ姿を眺めていると、テーブルを挟んで斜め右に座る少女が独り言ちるように呟いた。


 夕暮れのように暗い茶褐色ブラウンの長髪。どこか氷の冷たさを想起させる碧眼の瞳。年の頃は一〇に届いたばかりの幼い少女だが、その場に居るだけで自然と周りの目を惹く端麗な容貌は、実年齢を超えて成熟した雰囲気と誇り高さを併せ持っている。


 服装は真っ黒な外套を身に纏い、隙間から除く軍服に似た詰襟の女性用制服。そして、テーブルの上には先程まで手入れされていた回転式拳銃リボルバー形状の魔兵杖が二丁置かれていた。


 魔術師の魔兵杖は主にサーベルパイク戦斧バトルアックス戦棍メイスなどの近接武器形状が基本で銃に限らず遠隔武器形状というのは比較的珍しい。


 何故なら、現在軍で使用されている量産品の魔導小銃では、持ち前の強靭な肉体を位階上昇レベルアップに伴って更に強化した一線級の魔人兵と対峙した場合、対人の有効射程より遥かに短い距離でないと致命傷を与えるのは難しいからだ。

 ましてや、馬並みの速度でありながら馬より小回りが効いて的も小さい魔人兵に命中させるのは、一般兵どころか超人的な動体視力を有する魔術師であっても至難の業。

 そもそも、魔導銃最大の特性は、最低限の魔力さえあれば、熟練の技や高い身体能力が無くとも一定の攻撃能力を持ち主に与える事である。

 同時に、それは長所であり短所でもあった。特に魔術師の場合は、その優れた魔力保有量を活かし切れず宝の持ち腐れになってしまう。


 ただし、何事にも例外がある様に魔術師専用の特注品なら話も変わってくる。何気なくテーブルの上に放置されている魔導銃もまた最高級の銃職人ガンスミスが丹精込めて作り上げた特注品オーダーメイド

 二丁の魔導拳銃は銃床から銃身にかけて、ダンジョン三大魔鉱物の中でも稀少価値が高く、最も魔力伝導率と展延性に優れた魔煌石が使用されており、持ち主の込める魔力に応じて、火力と射程、貫通力を飛躍させる逸物であった。この魔導拳銃なら実戦的な距離においても使い手次第で高位魔人級の相手にも致命傷を与えられるだろう。


 だが、その絶大な威力と反比例するように欠点も相応である。

 特注品として火力、貫通力を持ち主の魔力で増幅可能となった代償に、軍用の魔導小銃より一発の発射に必要な消費魔力も破格となる為、調子に乗って連射していると、極めて短時間で魔力枯渇に悩まされる。


 従って、一般人の数十倍もの魔力保有量を記録する魔術師でも、並大抵の者では戦場や強敵を想定した長時間の戦闘に耐え得るだけの継戦能力に不足した。

 つまり、よほど酔狂な者でもない限り、特注品の銃を扱う彼女――セリシア・クレインが並の者ではない事を示している。



「妙だな……時間に厳格なグレンが遅刻? もしや、道中に魔人どもの襲撃にあったのでは!?」

「――ちょっと遅刻したぐらいで話が飛躍し過ぎなのよ。あなたは一体何と戦っているわけ?」



 ロールプレイの延長上で原作の世界線を知っている身からすると、強ち冗談でもない発言をしたが、セリシアはいつもの狂言と言わんばかりに冷たくあしらう。



「我ら人類の敵と言えば、魔人どもに決まっているだろう!」

「……皇国と自然休戦状態の魔帝国が、なんでいきなり一地方の幼年学校に襲撃してくるのよ。皇国と魔帝国の間柄は国交を結んでいない仮想敵国であっても、実際に大きな戦火を交えた歴史もなければ、現時点で交戦中なわけでもない事実を忘れてないかしら?」



 分かってないな、とも言いたげな態度で嘲笑うように俺は言い返す。



「ふん、甘いな。随分と平和ボケしていると見える」

「……はあ?」

「確かに皇国と魔帝国は小競り合い以外で刃を交えたことは無いが、奴らが次から次に人類国家を滅ぼしている過去を見れば全人類を敵視しているのは明白。人類国家である皇国にも近い将来必ずや牙をむいてくるだろう。そんな傲慢不遜な魔人どもに唯一正面から対抗できるのが、俺達魔術師の存在だ」

「……」

「そして、遠くない未来に魔帝を討ち滅ぼし、人類の救世主となる使命を背負って誕生した俺様ほどでないにしろ、グレンの潜在能力も魔人からすれば侮れるものではないはず。ならば、奴らがその将来性を恐れて刺客を差し向けることも十二分にあり得る!」



 高々にそう宣言すると、セリシアは度し難い馬鹿を見るような眼差しを向けてくる。



「はあ、どこまで自意識過剰なのよ。呆れるしかないわね……刺客なんてホントに差し向けられるなら、幼年学校すら卒業していない私たちみたいな未熟者を標的とする訳無いでしょう。それに、ここ数十年で国境線はさらに東に延びて、ここベルネクスも皇国の勢力圏真っ只中なのよ。街には正規の魔術師だって駐留しているし、多少才があるにしろ幼年学校の一学生を一人や二人暗殺するには、リスクとリターンが釣り合わないわよ。第一、魔帝国だって内乱中で人材が豊富に余っているわけじゃないでしょうし、仮に命を狙うなら将来大成するかどうかも分からない一学生より、皇国の最前線で活躍する一線級の現役魔術師や指揮官を標的とするはずよ」



 彼女の言っていることは理解できるし正論だと思う。そして、その言葉は皇国に住まう住人の一般認識を示しているものでもあった。


 有望視されようと今は子供に過ぎない、少なくとも自分たちが頭角を現すまでは、敵対者の眼中にもないと言いたげな表情のセリシアを見つめながら、改めて現実を客観的に振り返る。


 まず第一に、セリシアが語った内容の中には、いくつか誤認している点があった。


 大前提として、この時期には既に魔帝国の継承戦争は概ね決着が着いている。ただ魔帝国は閉鎖的な国家で、その事実を知る者は、世間は言うまでもなく皇国の上層部にも殆どいない。

 また、つい最近まで内戦中であった内情からも察せられるように、魔帝国も一枚岩ではなく、死んでも惜しくない、というか、使い捨てに出来る人材――政敵には事欠かない。

 現に、原作で幼年学校襲撃の刺客に仕立て上げられたのは、継承戦争を争った有力氏族の直系。その意味で、忠誠心に疑いの残る襲撃者の生死には全く拘っていなかったようだ。

 成功するならそれはそれで構わず、失敗すれば政敵の影響力を多少なりとも削げるし、最悪命を落としたところで全く懐が痛まない。リスクとリターンが釣り合っていないどころか、魔帝からすればどちらに転んでも美味しい思いが出来る。


 魔人の大半は勝ち続けた歴史もあって、まだまだ人類を侮り軽視しているが、その頂点に君臨する魔帝は皇国と人類の潜在能力を高く評価し、搦手も積極的に使うほど悪辣にして用心深い。……慢心しない魔王とか勝てる訳ないだろ、いい加減にしろ!


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