第39話 乞い願った難敵



 そうして、顔を歪めて目尻を限界まで吊り上げた貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアが叫ぶ。



『貴様ァ! 私を傷つけた罪は重いぞッ!!』

「――ッ!?」



 直後に、目障りな敵を薙ぎ払わんと放たれる連撃。

 クロスに近い軌道で、ほぼ同時に叩き付けられる力任せの袈裟斬りを、後ろに大きく跳躍して回避。念の為、衝突地点から距離を取ったのが、功を奏したらしい。広間どころか建物全体を激震させる破壊力。小隕石でも衝突したかのように階層の床が抉られ、大理石の破片が天井近くまで巻き上がる。


 ――馬鹿げた……馬鹿げた威力にもほどがあるだろうがッ!


 両腕で顔を庇って踏ん張り、敵の攻撃で生じた爆風と石片の嵐に耐える。


 これだけの威力を秘める一撃を貰ってなお、生き残れるビジョンが想像できない。

 下手な防御ならその上から押し潰すのも容易な剛力。無論、破滅的な威力を誇る攻撃は大振り故に、先読みしての回避は難しくないだろう。


 しかし、たった一回。たった一回でも躱すのが遅れるか、力の受け流しに失敗してしまえば、原型も留めない挽き肉になる未来を幻視してしまう。


 呼吸が微かに早くなり、骨の髄から震えが込み上がる。気付けば、根源的な黒い感情に身体が支配され、自然と半歩後ずさり。



「ッ……っッ!」



 瞬間、怯んだ己の心を強く𠮟咤。


 位階や個体差で劣っていることぐらい初めから承知していた。 


 ――それでも果敢に挑んだのは、原作の自分を否定し、別の未来を掴める資格があると証明したかったからだろうがッ!?


 なのに、今になって相対者に怯えて弱腰になるなど、咬ませ犬どころか道化もいいところだ。


 そもそも、この身の丈の倍はあろうかという吸血鬼は、ほんの少し実力で勝るだけの相手。

 何も原作のグレンみたいに、黙示録的な未来や隔絶した力量差がある強敵に立ち向かえと言っているんじゃない。

 この貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアは、創造主ゲームクリエイター運命ストーリーが用意した理不尽なんかじゃない。


 ――他の誰でもない、俺が、俺自身が戦闘を乞い願った難敵だろうが!


 俺は槍を構え直し、目前に立ち塞がる強敵目掛け、一歩力強く足を踏み出す。



「多少身体がデカいぐらいで上位者気取りか……殺せば死ぬ程度の死に損ないがあぁあああ!!」



 挑発的な言葉で恐怖心を覆い隠す絶叫。

 貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアは、何時でも来いと言わんばかりに、二刀の大太刀を無造作にだらん、と下げて構え目を眇めた。


 刹那とも数舜とも思える僅かな時間。爆ぜるような勢いで広間の中央を駆け抜けると、敵の真正面に躍り出る。

 既に敵が振るう太刀筋の射程範囲。



「――ッ!」



 相手の右腕がぶれた――直後に放たれる、掬い上げるような斬り上げ。

 俺は背骨に膨大な負荷を掛けながら、鼻先を掠める紙一重のタイミングで上体を逸らす。

 轟、と耳朶を打つ風を断ち斬る音が、地獄の番犬が発する唸り声にすら思えてくる。魂すら持って逝かれかねない剣閃に戦慄を禁じ得ない中、視界の端で瞬く刀身を捉える。



「!?……ぐおぉぉッ!」



 続けざまに横合いから飛来した斬撃。危機一髪のタイミングで、大太刀の腹を真下から槍で跳ね上げ、破滅的な軌道から体を逃す。

 真正面から受け止めても無いのに両手残る微かな痺れが、斬撃の秘めたる威力を物語っているかのよう。


 一方で、吸血鬼の不死性をも貫通する蒼炎の付与魔術を警戒しているのか。

 此方が距離を詰めようとする度に、フェイントや牽制の手数を増やし、決して槍の間合いに持ち込むことを許さない。

 体格や肉体の強度だけではない。武器の長所を活かし切れるだけの技量と戦術の前に、防戦一方な展開を強いられる。



「ゥッ……!」



 二刀の大太刀による、烈火の如く苛烈な猛攻。

 上下左右から俺を薙ぎ払わん、と絶え間なく放たれる剣閃の間隙を縫うように、高速でステップを踏んで死の舞踏を踊り続ける。


 無論、全ての攻撃を完璧に躱すことは出来ない。時には、僅かながら剣筋や射程を読み違い、身体の至る場所に薄皮一枚分の掠り傷が刻まれていく。

 生存本能は、大太刀の剣先が服の端を斬り飛ばし、肌を浅く削っていく都度、距離を取って戦え、と必死に訴える。



「くそ、がぁぁッ!!」



 だが、寿命をすり減らされる感覚を覚えながらも、俺は死地から逃げなかった。

 下がったところで活路など無いのだ。唯一の退路は無情にも塞がれており、密閉された空間では逃げ続けてもいずれ限界がくる。もはや、生き残るには、貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアに何とかして勝つしかない。

 俺の持つ手札でこれ程の巨躯と不死性を誇る吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアに、見るからにダメージを与えられるのは、蒼炎の属性付与のみ。


 だからこそ、怯んだ心を押さえ付け、隙が出来れば反撃に移れるだけの間合いを頑なに維持してきた。


 やがて、耐え凌ぐ時間帯が過ぎ去り、その時が来る。



「――ッ、くッ!」



 攻撃の前兆を隠し切れない大振りは全て空振らせ、回避不可能な連撃は剣筋をずらして防御。


 ここまで一方的に攻め立てながら、フットワークと技巧によって無力化されている現状に敵も焦れたのか。

 不意に二本の大太刀で放たれた、左右から挟み込む横一文字の連続斬り。



「ッ!? おおおッ!?」



 間一髪、咄嗟に右足を後ろに引いて、片膝立ちの姿勢で同時攻撃を躱す。結果、目前には大技を空ぶってしまい、無防備な隙を晒した貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアの姿。剣を引き戻すにも時間がかかり、身体を泳がせた体勢から回避行動に移るのも難しい。



「我慢比べは――」



 その光景を認識するや否や、即座に相手の懐に踏み込んで力任せの突きを繰り出す。



「――俺の勝ちだッ!!」

「ぐ、がああぁぁァッ!!」



 蒼白い焔が渦巻く矛先は、貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアの胸を深々と抉り、胸板を喰い破る。


 巨大な吸血鬼は、胸を押さえながらたたらを踏んで後退。恐ろしいことにこれ程の傷を負っても生きている。ただ同時に回復する予兆は見せず、有効なダメージは蓄積されているようだ。


 ――ならば、手を緩めず追撃に出る。



「ぐっ――調子に乗るな、不埒者ァ!! 我が絶技に、ひれ伏すがいいッ!」

「なッ!?」



 反転攻勢で仕留めに掛った俺に放たれる、上下両方向からの同時斬り。

 安易に飛び込んだ獲物を嚙み砕かん、と獣が大咢を広げて迫っているかのよう。


 明らかな致命傷を負いながら、今日一番の冴えを見せた連撃。敵の頭部を刎ねようと一瞬早く跳躍し身体を浮かせた俺に、これ以上ないカウンターとして機能する。



「ぐ、おおぉぉ!!」



 床から足が離れている今、回避行動には移せない。その現実を瞬時に理解した俺は、槍の柄の丁度真ん中を握り、縦に構えて全力で四半回転。

 続けざまに金属音が鳴り響き、二つの火花が散る。



「ばか、なっ!?」



 貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアが、信じられないと言わんばかりに目を剥いた。

 それも無理はない。角度とタイミング、力負けしない両腕の腕力。全ての要素が完璧にかみ合い、二刀の切先を槍の矛先と石突を利用して、ほぼ同時に打ち払い、直撃の軌道から逸らしたのだから。


 成功の見込みは五分五分だったが、首の皮一枚繋がったッ!


 芸術的な迎撃が成功し、至近距離を上下方向に通り過ぎていく二刀の間隙に、身体を捻じ込み無傷でやり過ごした。

 一方で、必殺の技が無力化され、此方の攻撃に対処する術を失くした貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイア



「ハァアアァァ!!」



 蒼い焔が迸る槍を後ろに引き絞り、唖然とした敵の顔面に渾身の刺突を放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る