第38話 二刀流



 雑兵を全て排除した俺と、玉座の前でそれを眺めていた貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアが、約一五mを少し切る彼我の距離を置いて対峙した。

 怪しく輝く深紅の双眸が、俺の瞳を射抜く。此方の心中を覗き込むような眼差し。


 俺も負けじと見返すが、蠟人形のような表情と同じくその内心は察せられない。お互いがお互いを観察する奇妙な雰囲気。


 数秒間。じっと俺を直視し続けた貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアは、目を眇めて口を開く。



『認めよう……魔術と武技は侮れぬ、と』

「お褒めに預かり、恐悦至極、とでも返せばいいか?」

『ッ!……されど、その態度は不遜に過ぎるぞッ、不埒者めがッ! 我は吸血鬼ヴァンパイアの貴種中の貴種! 力の差すら見抜けぬ愚昧には、墓地を望むことすら贅沢であると知れ!!』



 腰の両側に差された、大太刀程はあろうかという二本の洋刀サーベル。それを同時に抜刀し、頭上でクロスに交差させると、貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアは、厳かにそう宣言した。

 それを開幕の合図と受け取った俺は、即座に肉体強化の出力を上げて駆け出す。



「……――ッ!!」



 足を踏み出す都度、加速度的にスローになっていく世界。最初の数歩で、今の俺が出せる最高速に達した。通常の吸血鬼では、その姿を捉える事すら困難な猛スピード。


 だが、相対する相手も、普通の吸血鬼ヴァンパイアではない。


 此方の奇襲じみた突進にも遅れる事無く反応。

 ほぼ同時に、壇上から飛び降りた貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアは、大理石の床を蹴り砕く持ち前の脚力で猛然と迎え撃つ。


 砕音を置き去りにしながら、二刀の洋刀サーベルを翼のように広げて迫る巨躯の吸血鬼。

 瞬時に彼我の距離が零に近付く中、俺は高速で思考を巡らせていた。



 ――近接戦闘を挑んでくれるのは有難い限りだが、二刀流とは味な真似をッ!


 槍より刃渡りの長い武器を操る敵に対して、今までのような中距離戦は挑めない。無論、大規模魔術を行使した後の隙を考慮すると、単独では距離を取って戦うやり方も難しいだろう。


 ――だから、接近戦は此方も望むところ。


 ただし、相手も大太刀に近い近接武器サーベルを扱う二刀流だ。一撃の威力で劣るのは言うまでもないが、手数の勝負でも分が悪い可能性がある。


 ――だが、こっちにも利点が無い訳じゃない。


 その最たるものの一つが俊敏性。相手は体格で勝るが故に、小回りに難がある。

 無論、小鬼将軍ゴブリン・ジェネラルほど巨大では無いだけに、あそこまで動きが鈍いとは思えないが、狙い目であるのは間違いない。

 リスクはあっても、常に肉薄し俊敏性フットワークで掻き回し続け、隙を見て蒼炎の一撃を喰らわせる。


 ――とはいえ、それも相手の攻撃を上手くやり過ごせる前提の話だがなぁ!


 脳内でそう結論付けた頃には、敵の射程範囲内に踏み込んでいた。



『――ハァアアアァァッ!』



 貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアは、右腕を振って唸るような剣閃を繰り出す。


 此方から見て、左斜め下からの掬い上げるような一撃。

 初手で横方向への逃げ道は潰された。しかし、安易な防御は以ての外。



「チッ!」



 喉元に吸い込まれるが如く迫る大剣の刃。生存本能が泣き叫ぶように、頭の中で警鐘を鳴らしている。

 俺は反射的に極度の前傾姿勢を取り、薙ぎ払いの斬撃を潜り抜けるようにして躱す。

 だが、その対応は相手にも読めて――否、そう行動を強いる事こそ本当の狙いだったのだろう。想像以上の剣圧に背筋を凍らせた俺の脳天を目掛け、既に相手の二の太刀が振り下ろされていた。



「くッ……!!」



 床を蹴り付け、右斜め前に頭から飛び込む。

 直ぐ後ろでは、鼓膜を突き破らん、と言わんばかりの轟音。広間全体が微かに揺れ、背中に粉砕された大理石の破片が浴びせられる。

 砲弾が間近に直撃したに等しい破壊力の余波を肌に感じて背筋が粟立つ。


 ――だが、何とか無傷で槍の間合いまで踏み込めたぞッ!


 無理な回避でバランスが崩れ欠けはしたものの、超人的な身体能力でどうにか持ち直し、再び全力疾走。



「――初手は貰ったッ!」

『ぐふッ――ガハァッ! ぐあああああぁぁッ!!』



 すれ違いざまに、渾身の横薙ぎをがら空きの胴体に一閃。

 斬り裂かれた礼服の下から覗く白い肌は真っ赤に染まり、周囲に鮮血の雫が舞い散る。

 次いで傷跡の奥からは蒼い焔が煌めくと、貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアは、耐え切れず苦悶の声を上げた。


 だが、逆に言えば、それが敵に対して与えられたダメージの全て。



「チッ! 流石に一撃死とはいかないかッ!」



 何時もであれば、傷口から発生して猛烈な勢いで燃え盛る蒼炎は、今回に限っては何処か弱々しく淡い焔が時折揺らめくだけ。むしろ、注意深く観察すると、徐々に火力が落ちている節すらある。

 吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアの再生能力と迷宮主ダンジョンボスの耐久性が融合し、蒼炎のダメージを上回る不死性を発揮しているのだろうか。


 敵の背後に躍り出てその現象を目撃した俺は、更なる強襲を仕掛けるべく身体を翻す。間を置かず、貴種吸血鬼ノーブル・ヴァンパイアも巨躯を翻し、再び正対する。

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