第5話 クリス・ナイトレイ



 クリス・ナイトレイ。

 方舟大戦シリーズ第三作【方舟大戦Ⅲ ~紅蓮の煌き~】の主要登場人物の一人で、原作開始時はグレンと同じく一二歳設定の同級生であり、唯一無二の親友だった。


 ただし、周囲からの評価は百八十度違う。社交的で誰にでも友好的に接する人気者のグレンとは対照的に、入校以来クリスの評判はお世辞にも褒められるモノではなかった。


 他者を威圧する不良じみた人相と皇国の産業革命前、東部地方を中心に広大な領地と権益を抱え込み、産業革命後は興隆著しい魔導力機関の関連事業への投資で資産家としても成功した皇国建国以来の名門、ナイトレイ侯爵家の血筋から、ベルクネス陸軍幼年学校の同級生達に近寄り難い印象を抱かれ、学内で孤立気味になってしまう。


 とはいえ、その時点では容姿と出自からどう接すればいいのか、周囲が勝手に戸惑っていたに過ぎず、クリスが初動で対応を間違えなければ同級生と打ち解け合う未来も十二分にあっただろう。


 されど、温室育ちでプライドだけは無駄に肥大化していたクリス少年は、人々から避けられ続けた挙句に自尊心を拗らせ、選ばれし者故の孤独感だと、自分の心を誤魔化し慰め、最終的には傲岸不遜な振舞いや奇抜な行動に突っ走り、ボッチに拍車をかける悪循環のウルトラCを決めてしまう……厨二病? 知らない日本語だ……。


 尤も、変な方向に拗らせるだけあって、天賦の才を持っていたのもまた事実。

 それは仮にも人類の頂きに立ったグレンと死ぬ間際まで曲がりなりにも互角に渡り合ってきた原作の世界線が証明している。


 舞のような流動的で軽快な足捌きに、若年ながらハイレベルで多彩な技を修めた槍術の才能。

 同時に異なる属性すら複合出来る付与魔術の適正に、一般平均の五〇倍に匹敵する豊富な魔力保有量。

 一つあるだけでも逸材の名を欲しい侭に出来る才覚を幾つも宿す、凡人とは一線を画す方舟世界を代表する傑物の一人だ。


 その実、ユーザーからの評価は『項羽と呂布と関羽に囲まれた趙雲』と高いんだか低いんだか分からない有様だったが……。

 執辣な評価からも察せられる通り、原作クリスが実力に比して不遇な扱いを受けたのは、グレンの代わりに率先して強敵に挑み、ユーザーへその強大さを思い知らせる当て馬に近い役柄であった事情とクリスと同等か下手すればそれ以上の天才が複数人身近に存在したから。


 特に幼年学校時代にグレンの周りに存在したヒロイン勢は一〇〇〇年に一人の逸材と将来を嘱望される天才のバーゲンセール。

 残念ながら本編での活躍は、才能が完全開花する前の物語序盤に退場していた事情もあって、殆ど描かれることは無かった。ただそれでもなお、潜在能力は公式のお墨付きで、幼年学校のヒロイン勢はグレンやクリスよりも更に頭一つ抜き出た素質の持ち主、と太鼓判を押されていたほど。

 そんな才能に満ち溢れた少年少女が仲良く連れ立って歩いていると、己の才能は誰にも負けてないと自負するクリスの目に留まるのも必然であり、特に近接戦闘において学内一だと噂されていたグレンを殊更ライバル視し、事あるごとに勝負を挑んでは、日常でも突っかかる様になっていく。


 そして、油断して呆気なく模擬戦闘で敗北した初戦以降は、その負けん気と自尊心の高さを燃料に潜在能力に見合う努力を積み重ね、口先だけでないその姿勢にグレン達からも次第に実力を認められ、最終的には授業中や訓練時間外のプライベートでも行動を共にするようになっていった。


 それが原作知識や記憶の中にある、クリスがグレン達と交流するまでの経緯である。



 普通に失笑ものだな……これが他人事であるならば、と自身の所業を振り返るなり、現実逃避にも似た感想を抱く。


 絵に描いたようなコミュ障が人間関係を拗らせて、自分の世界さいのうに逃げ込んだ挙句、実力を勘違いし、より優れた相手に噛みついて返り討ちに合うその様は、物語に登場するかませ犬の役柄キャラクターそのもの。

 実態は殆ど互角の戦績なのに、学内での評価がグレンより一枚劣ると見做されているのは、その三下ムーブと色物枠な個性の部分で損しているとしか思えない……惜しいな、これで厨二病でさえなければ。


 そんな黒歴史以外の何物でもない過去に一つ救いだけがあるとするならば、どんな形にしろグレンと友人関係に成れたというところだ。

 ボッチ拗らせたコミュ障がしつこく絡んで来るのを、鬱陶しいと突き放さずに友達にまでなってくれるとか……もはや聖人君主の所業だろ、顔だけじゃなく生き方までイケメン過ぎる。


 このままだと、クリスの株が暴落状態なので、俺の名誉のためにも過去のクリスをフォローするなら、当時は年齢的にも一桁で精神的な余裕も無かったからの行動であり、威圧的な容貌とエキセントリックな言動から勘違いされやすいが、仲間が傷つけられると作中の誰よりも激怒し感情を剥き出しにする、人間味に溢れた思い遣りのある少年だ……身内に対しては、という注釈が付くが。


 尤も、そういう性格だからこそ、原作世界線のクリスは親友が冷酷な独裁者となる運命を看過できずに刃を向けたとも言えるか。




 閑話休題。




 前途有望な英雄の卵は人類にとっては次世代の希望だが、人類と対立関係にある魔人にとっては目の上のたん瘤に等しい。


 両種族の因縁の始まりは、今から遡る事、約一万年前。

 かつて、人類と魔人は身体能力、魔力的素養に大きな差異はなく、肉体的に本質的な優劣は無かった。

 むしろ、現代文明すら凌ぐ高度な魔導関連技術と魔術開発能力を持ち、膨大な人口を養えた古代人が、魔人種との生存競争において圧倒的優位な立場にあったとか。


 最初はこの世界唯一の大陸が途轍もなく広大な事もあり、西方が主な生存圏であった人類と東方が勢力圏であった魔人は、深く関わり合う機会もなく、最低限の接触だけでお互いの存在を半ば無視する様に暮らしていた。だが、時が経つにつれ、超文明の恩恵で魔人以上の急速な人口増加に頭を悩ませていた古代の人類は、既存の土地だけでは足りなくなり始め、そのタイミングで魔人が住む大陸東方の土地から豊富な資源が産出する噂を聞きつけると、新たな開拓地として大陸東方に目を付けた。



『未開の蛮族には神に祝福された大地を有効活用する事は出来ない。未開の蛮族を大陸から追放し、我々がその土地を開拓すべきだ』



 次第にそうした意見が古代人の中で大多数を占めるようになり、間もなく魔人達に大陸から去り極東の諸島に移り住むよう一方的に通告。

 無論、魔人達はその理不尽極まりない要求を拒否したが、それで引くつもりなど毛頭なかった古代人達は、実力行使で大陸から魔人を追い落とそうと、大規模な軍勢を差し向ける。


 個体性能が互角でも、洗練された魔術、先進的な魔導兵器と軍事組織を揃えていた古代人の軍勢に成す術もなく、魔人を大陸からほぼ一方的に駆逐。僅かな生き残りも、古代人の要求通り、大陸の外れにあった極東の諸島に隔離される手筈となった。


 これで我が世の春を謳歌するかに思われた古代人達だったが、予想外の形でその繁栄も砂上の楼閣の如く終焉を迎える。



 魔人を追放して、僅か数十年目のある年。

 何の前触れもなく原因不明な異常気象が大陸全土に広がり、人類や魔人など魔素原子生物が生存活動に必要不可欠な在外魔素が破滅的ペースで減少。僅か一〇年経たずに大陸は人類が生存に適さない過酷な環境に変化し、未曽有の混乱と人口激減の末に、古代人が築いた超文明は呆気なく崩壊した。


 無論、後に【大災厄】や【終末】と恐れられた異常気象の前に、大陸の支配者、古代人達も無策だった訳ではない。

 原因究明と根本的な解決策には至らなかったが、地下の魔鉱脈から自然魔素を抽出し、魔素原子由来の人口生命体【魔物モンスター】を生み出す、当時最先端の魔導技術にして兵士養成機関でもあった【地下迷宮ダンジョン】の中枢機関、在外魔素生成装置ダンジョンコアを改良し、崩壊以前の環境を再現した巨大地下都市【方舟】を身分の低い労働者を使い潰した突貫工事で建設。一部の特権階級だけとはいえ、人類が生存可能な楽園を完成させたのだ。


 しかし、無理に無理を重ねた政策が、古代人達の箱庭社会に波紋を投げかけたらしい。

 以後一〇〇年間に渡って【方舟】内では大規模な内紛が頻発し、楽園に住んでいた特権階級の古代人は自滅同然に滅亡。


 結局、人類で生き残ったのは、古代人が性能を落とし在外魔素の消費量を抑えて野外の過酷な環境に耐え得る労働力の確保、量産をコンセプトにした非人道的な各種実験の成功例――先天的、後天的に肉体や遺伝子を弄り、低在外魔素環境下での生存適性を手に入れた新人類、後の現代人だけであった。


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