第6話 方舟世界の歴史



 また皮肉にも魔人が移住した極東の諸島は、大陸に比べ魔素枯渇の減少ペースが穏やかで――寿命や身体能力が世代を経る都度、衰退傾向になる――後遺症がありながらも、種の存続が可能な環境だった。

 すると、再び社会人口を増加させながら、気が遠くなるほどの時を費やして魔人も新時代の環境に完全適応。


 そして、五〇〇〇年もの悠久の時が流れ、諸島での生活が様々な問題から限界に達すると、先人から暗黒の大地と言い伝えられていた生まれ故郷である大陸東方に恐る恐る再上陸を試みた。


 そこで魔人達が見たものは、無限にも等しく感じられた広大な大地と自分達とは比べ物にならないほど弱体化していた人類の姿。

 その事実に彼等は心の底から歓喜する。



『暗黒の大陸どころか、食べる物にも住む場所にも不足しない楽園ではないか』と。



 そこからは、魔人が追放された時代の、約五〇〇〇年前とは、立場が逆転した合わせ鏡のような惨劇が東方地域の至る場所で見られたという。


 他方、超文明崩壊後、新人類は古代人のくびきから解放され、原始的な生活を強いられながらも、大陸各地に移動し、長い年月を経て独自の国と文化を興していた。だが、絶対強者不在の環境は、諸国間の対立と戦争を誘発し、大陸全土で一〇〇〇年以上も続く群雄割拠の時代に突入。

 その戦乱の中で醸成された因縁は根深く隣国や同族同士で争う事に慣れ過ぎた人類は、戦国時代の最中に現れた魔人の来襲に対し、有効的な備えが出来ず、種族の総数では魔人に勝りながらも、団結を欠いて各個撃破されていく。


 さらに言えば、古には人類が一方的に滅ぼしたと伝承されていた魔人の実力を、実際に魔人と交戦した一部の国以外では常に疑問視する風潮もあり、中々深刻な脅威として捉えられなかったのも、連合形成が大きく遅れた理由の一つだった。


 それから、一〇〇〇年余りが経ち、魔人種の勢力拡大を全く抑え込めない状況に、本格的に危機感を抱いた人類は、以降周辺地域の総力を以って魔人に対抗しようと、度々対魔人連合を結成し、現在までに計四回――第三次対魔戦争、六国同盟戦争、大連合戦争、中部六〇年戦争――の大戦を起こしたが、その尽くに人類は敗戦。


 ただ人類も膨大過ぎる血の対価を払いながら、対魔戦争に関する戦訓を積み重ね、時代を経るごとに善戦する。

 特に前回の中部六〇年戦争では、魔帝軍の脆弱な兵站という弱点を突いた焦土戦術や科学と魔導技術のそれぞれの利点を組み合わされた新機軸の兵器と魔術兵を上手く運用し、大戦の序盤、中盤では魔人の軍勢を幾度となく押し返したほどだ。


 だが、何度退けても毎年のように再度軍勢を送り込む魔帝国の積極攻勢は変わらず、侵略される都度、前線の国々の土地が戦火に焼かれ、それを支え続ける銃後の国民も終わりの見えない戦争に段々と厭戦感情が高まっていく。

 そうして、遂に魔帝国の中部遠征開始から六〇回目の初夏に、大陸中央諸国連合の盟主的立場であった旧大国の首都が陥落。

 流石に大陸中央諸国の奮闘ももはやこれまでか、と思われたが、彼等は大人しく膝を屈する事を選ばなかった。


 その晩、戦勝気分で油断していた魔帝軍の本陣を大戦の英雄たちが中核となり残存戦力を纏めて強襲。

 見事、捨て身の吶喊が功を奏し、全滅と引き換えに魔帝をも道連れにする。


 まさか、全軍の統率者を喪うことになるとは夢にも思っていなかった魔帝国の魔人諸侯軍は、慌てふためいて今次大戦で獲得した占領地の大半を放棄し自領へ撤退。

 一方で、一矢報いた人類側も、主戦国を取り纏めていた旧盟主国の首都は瓦礫の山と化し、他の国々も長年の戦禍と収奪によって国体の維持すら限界に達しつつあった。

 そこに西方地域を統一し、更なる領土的野心を見せていた皇国が、崩壊寸前の国家群を半ば強制的に併合していき、漁夫の利も同然な形で大陸中央に勢力伸張。


 結局、魔人と対立構図にあった人類側の主戦国の殆どは、亡国もしくは魔帝国か皇国どちらかの版図となった結末から、歴史書には魔帝国の勝利と書き記されている。


 もっとも、帝国も戦前の目標である生存圏拡大も魔帝戦死によって占領地の領有化に失敗。戦費に比して得られた成果は殆ど無いどころか、本国では後継者の座を争い四半世紀に渡って現在も続く継承戦争が勃発し、やみくもに国力を浪費して終わった結果を見れば実質は痛み分けだろう。

 ただ人類側、もとい滅んだ中央連合諸国の元住民は魔帝を討ち取った一事から、片や魔人側は直接戦火を交えた人類国家群の大半を葬り去ったことから、両者ともに勝利したことを頻りに喧伝していた。……お前がそう思うならそうなんだろう、お前ん中ではな。


 そうした歴史もあって、現在の魔人はかつてほど人類を侮っておらず、それを象徴する今代の魔帝アギアスは人類勢力の情報収集にも余念はない。原作でも隷属下にある人類を幼少期から洗脳教育し、スパイに仕立て上げ、飴と鞭で皇国の現地人を懐柔し、皇国全土に巨大な情報網を張り巡らせていた。それだけに、将来大成し得る才能の持ち主な原作勢のことも早くから認知していたようだ。……そりゃあ、本来なら軍事機密に等しい未来の英雄候補の情報も国内の戦意高揚を優先して隠すどころか盛んに喧伝していれば、探し出すまでもなかっただろうよ。残念でもないし当然。


 今代の魔帝は先の事例、人類の最高峰なら魔人の最高峰にも届き得る前例を考慮し、小粒なうちに脅威の芽を摘んでおこうと思ったのだろう。英雄の再来との呼び声もあったグレンたちの下に過剰反応とも思えるほどの強大な刺客を差し向ける。

 それこそ、魔帝を輩出する資格持ちの名門諸侯【七氏族】の直系に襲撃部隊を率いらせる念の入れようだ。


 ……尤も物語の序盤に登場する大層な肩書の強敵なんて、『奴は四天王の中でも最弱(以下略)』の例によって存在がもはや失敗フラグ。


 圧倒的戦力差がありながら様式美のように、グレンらの排除に失敗。

 無論、幾ら神童と謳われたところで、所詮彼らは子供だ。相手にどれだけの油断や慢心があろうと、グレン達だけでは撃退など不可能。

 それでも、有り得ない事態が生じたのは、偶然その場に居合わせた人物、エディ・コールフィールドによるところが大きい。


 魔帝軍が襲来したその日。人類が保有する最高戦力の一人がお忍びで幼年学校に訪問中であった。初代主人公ノアの父親でもあるエディは、皇帝直属の精鋭部隊である近衛魔導師団の最精鋭エース。若年にして組織の第一人者と目されるその実力は本物で、死闘の末に魔帝軍最高戦力の一人を撃退という大手柄を立てる。


 ――何というか第一部主人公ノアの父だけあって、なかなかに巻き込まれ体質だ。休暇を兼ねて噂に聞く神童たちを見に来てみれば、魔帝軍の幼年学校襲撃の場面に立ち会うのだから……流石は近いうちに魔帝国の奥地にある【方舟】に単独侵入し生還するに留まらず、冷凍睡眠から目覚めた古代人の少女を魔帝の支配下から救出すると、そのまま恋仲となり、後の救世主ノアを育て上げる人だ。面構えが違う。


 この経歴が指し示す通り、エディは人類有数の戦力という枠を超えてノアとグレン、方舟シリーズ二大主人公の運命を大きく左右した超重要キャラクター。また古代人の配偶者から、対魔人特攻の古代魔術を伝授され、古代人の血を半分引いたノアの如き特殊な例を除けば、唯一不完全ながらも古代魔術を扱えた現代人であり、作中の特異点的な存在だ。……悲しいかな、ユーザーからはノアの人格形成失敗と襲撃イベント時の不手際が目立って戦犯扱いされていたが……。


 そう、特異点だろうが、近衛魔導師の最精鋭エースであろうが、所詮一個人に出来ることには限界がある。

 破壊工作と暗殺を目的にした魔人の精鋭に不意を突かれた上で被害を出さずに撃退するなど、作中最強クラスのエディであっても元より不可能な要求だった。当然のことながら、戦場となった幼年学校の在校生からも多数の死傷者が生じる。


 そして、グレン最愛の妹も、その尊い犠牲者の一人となった。妹を無惨に殺害され魔族に対する憎悪の炎を募らせたグレンは、残りの人生を魔人殲滅に費やすことを誓い、シリーズを通して何度でも這い上がり戦い続けた不撓不屈の復讐者として覚醒していく。



「おいクリス、どうしたんだ? 早く構えろよ」



 目の前で訝し気な表情を浮かべる少年は、この先そんな壮絶極まりない人生を歩むなど夢にも思っていないはず。


 紅髪赤目に中性的だが端的な顔立ち。原作開始の約二年前であり幼年学校に入校して一年に満たないクリスと同じく一〇歳という実年齢の割に大人びているが、年相応のあどけなさも多分に残している。仮に原作と同じ運命を辿るのなら、あどけないこの表情も苦悶の連続で感情を無くし冷酷さを持ち合わせた鉄仮面となるのだろうか。


 内心で赤毛の少年の行く先に思いを馳せながら、その言葉に応じて彼に向き直った。

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