第21話 魔導力機関



 国境地帯にあるが故に常に隣国の脅威に晒され、物流や商工業が発達している訳でもない辺境の農村。

 それが、かつてのベルネクスを率直に評した言葉だった。



 ただ今から約二五年前、この村の近郊で発見された地下迷宮ダンジョンの存在により、ベルネクスの運命が大きく変わる。

 ベルネクスを挟んで国境を接していた隣国を皇国が併合した結果、安全保障上の脅威も居なくなり、旧国境地帯の調査、開発の機運が高まると、地下迷宮ダンジョンに魔素を供給する地下魔鉱脈が予想以上に大規模だと判明し、近郊には豊富な鉱物資源もある事が確認された。


 ベルクネスを戦略的な重要拠点と認識を改めた皇国は、資源採掘、工業機能以外にも陸軍幼年学校や駐屯基地も併設する軍事工業都市開発構想を発表。

 瞬く間に、その知らせを聞いた商人や実業家が商機を逃すまいと、雪崩を打って辺境の農村ベルネクスに押し寄せる。



 都市の中心地には労働力を集める為の集合住宅が集中的に林立し、地下迷宮ダンジョンを囲む様に幼年学校や駐屯基地、商店街に公園などの公共施設も相次いで建設。

 郊外には魔導力機関を動力とする巨大工場が建ち並び、手工業とは桁違いな規模で織物、雑貨、保存食、生活家具、現代魔道具が続々と生産された。


 そして、ベルネクスだけでは消費し切れない、膨大な大量の商品は南部の地方都市から延伸された鉄道を利用し、皇国の国内市場、又は西方地域の属国、植民地に運ばれていく。


 それが僅か二五年で人口が五〇倍になり、東部地域有数の工業都市に姿を変えたベルネクス繁栄の歴史であった。







 年の瀬が迫ってきた真冬の早朝。

 ベルネクス駅前には、近隣からの出稼ぎ労働者や幼年学校の在学生、基地に駐屯する軍人の姿でごった返していた。


 殆どの人は冬季休暇を利用して帰省する俺と同じ目的なのか。列車の出発時刻が差し迫っている様子を見せながら、心持ち急ぎ足で駅舎の中に入っていく。


 こちらもその後に続き、切符を買って手荷物のトランクケースを預けると、ノスタルジックさと機能美を追求したシンプルな装飾を併せ持つ魔導機関車が、改札口を潜るなり、目に飛び込んできた。



「……正直外見だけなら、蒸気機関車と大差ないんだよなぁ」



 もっとも、地球世界の蒸気機関車と同じく特徴的な煙突も存在するが、排出されるのは水蒸気ではないと聞く。

 石炭を燃焼させた熱で水を加熱し、動力源となる水蒸気を発生させる蒸気機関と異なり、方舟世界特有の魔素をエネルギー源とした外燃機関は、気体中の魔素に直接干渉する――燃焼すると周囲の魔素を加熱し高速振動させ、体積を膨張させる――性質を持つ魔素物質な魔炎石が主力燃料となっている。


 魔炎石は石炭と似た混合物も多く含まれ、魔力を介さない科学的な工程により、高温で蒸し焼きにすると余分な成分が抜け、炭素と魔素の純度が高まる。その骸炭コークス化の過程を挟んで乾留生成された魔炎石は、魔導工学的な工程で燃焼させると、燃焼効率の向上によって石炭以上の高温度を獲得し、結果的に燃えカスも少なくなるという。


 そうした石炭に似た性質と石炭に無い高出力と消費効率、環境汚染の小ささなどに加え、大陸全土に広く分布し、石炭よりも豊富な埋蔵量に恵まれ、コスト面でも優れる魔炎石を燃料とした魔導力の外燃機関が、蒸気機関に取って代わって、方舟世界で主要な動力機関の地位を築いたのだとか。


 ホームから列車に乗り込むと、席に着くなり汽笛が吹き鳴らされる。車窓の外に映る、朝焼けの工業地帯と遠くに広がる田園風景を眺めながら、列車の目的地に意識を飛ばした。








 途中でベルネクス南部の都市に立ち寄り、皇国を横断する鉄道に乗り継いで、列車の振動に揺られ続ける事、約一二時間。


 空が朱く染まり始めた夕方。東部地域のほぼ中央に位置付けられるグレベリー州の州都ホルスバークに辿り着く。


 明るい灰色な煉瓦造りの駅舎周辺は、十字形状の木柱に支えられた送電線が等間隔で立ち並び、七、八階建ての集合住宅アパートメントや、その倍に届きそうな高層建築物オフィスビルへと電力を供給。

 更に注意深く街中を見渡すと、駅を終着点に四方八方へと延びる整備された道路では馬車に混じって、外燃機関の魔導力自動車も白い煙を噴きながら走り回っている。


 都市を挟んで東と西に巨大運河が流れ、その支流が街中を横断するホルスバークは、東部地域最大の要衝として古くから物流、軍事の重要拠点と見なされ、繫栄を謳歌してきた歴史がある。多少工業化されたにしろ、元が農村でしかなかったベルネクスの規模とは比べ物にならない。産業革命の黎明期から工業化され始めたホルスバークは、現代的な都市景観を持つ皇国有数の一大都市であった。



 胸に掛けている年代物の懐中時計を見れば、待ち合わせの時刻の五分前だ。到着ホールを抜けて駅前広場を探索すると、数十m先に見覚えのある顔を視界に捉えた。


 片手を上げながら、そちらに近寄ると、相手側もこちらを認識したらしい。他の車両より近代的な自動車の前で佇む二十代前半と思わしき女性が軽く微笑んでお辞儀した。


 彼女の名は、エイダ・ステリー。


 ナイトレイ家に一〇年以上も使える古参の侍女である。

 艶やかで紫がかった黒髪に、涼しげなアメジストの双眸。豊麗な体躯と白磁を思わせる柔肌が、大人の魅力的な雰囲気を醸し出していた。



「クリス坊ちゃま。ご無事のご到着何よりでした」

「久しぶりだな、エイダ。そちらも壮健であったか?」



 黒いロングスカートの前で両手を組んで頭を下げるエイダに、俺は満面の笑みで応じる。


 この時期、原作クリスが一番親しい間柄であったのは、幼少からの昔馴染みであるエイダであった。グレン達に対しては、ファーストコンタクトの失敗とライバル意識を燃やし、空回りして厨二病アレに走るなどの奇行もあり、お互いに相手との距離感を掴みかねていたからだ。

 尤も、記憶は共有していても、性格が変容した自覚がある今の俺は、仮面を被らず接していた以前程の気安い関係は難しいかもしれない。

 ……まあ、エイダは物語の根幹に関わる重要人物という立ち位置ではないので、原作からの乖離を過度に恐れて、過去の俺を徹底的に演じる必要性があるかは微妙だろうが。


 すると、エイダはわざとらしく胸の前で両手を振り、悲し気な表情を作って言葉を返した。



「壮健?……いえ、私は坊ちゃまが、ベルクネスの地で他学生から侮蔑の視線を向けられ、誰かとすれ違う度にクスクスと嘲笑される日々を送っていたかと思うと、その不憫さに涙を流さなかった日はありませんでした」

「――お前は人の学園生活を一体何だと思ってるんだ? 勝手に俺が孤立し虐められている前提で話を進めるなよ」



 自然体で、人をボッチ扱いするエイダ。

 見ての通り、エイダは侍女ながらに、主筋のクリスに対しても平然と諧謔や毒を吐いてくる。そして、無駄に演技も上手いので、長い付き合いがないと冗談かそうでないかの判断が難しい。



「むしろ、俺は学内の視線を一身に集め、近付けば歓声を上げられる人気者だぞ。思い違いも甚だしいわ」

「それは好奇の視線なだけでは? あと学園生活を知らなくても、周囲が上げる声が悲鳴の類である事はお察します」



 エイダは呆れたようなジト目を向け、此方の言葉を欠片も信じていない様子。……疑い深い奴だ。俺はスクールカーストトップのグレンの親友だから実質学年一の人気者と言っても過言ではないのに。



「……そもそも、お前が人の不幸で涙する質の人間かよ」

「それは酷い誤解です。私は坊ちゃまの不憫さを想像しては、悲しさで夜しか眠れなくなり、何時もの三倍しか食事も喉を通らなくなったのですよ?」

「平常運転どころか、人の不幸で食欲旺盛になってんじゃねーか!」



 心底傷ついたと言いたげにウソ泣きの演技をするエイダに、思わず語気を荒げてツッコミを入れる。……こいつは、一体どんだけ俺に不憫な学生生活を送って欲しかったんだ。



「……ふう、相変わらずの慇懃無礼さだな。そんなふざけた態度で、よくもまあナイトレイ家の侍女を一〇年近くも続けられたものだ……父上も何をお考えなのか」

「何を仰っているのですか、クリスお坊ちゃま。侍女である私が、当主様に失礼な態度を取るわけないじゃないですか。常識で考えて下さいよ」

「なら、俺にも丁寧な対応を心掛けろよ。お前、俺の事を舐めているのか?」

「はい」

「はいじゃないが!?」



 目を眇め威圧気味な口調で咎めるも、彼女はどこ吹く風である。



「クリスお坊ちゃまが、それだけ周囲に威厳を感じさせず、お優しいという事です。他の使用人からも人がいいと評判ですよ?」

「そ、そうか?」

「まあ、嘘なんですが」

「何故息を吐くように嘘を吐く? その口は誰かを傷つけないと喋ることも出来ないのか?」



 結局、最期までエイダの掌の上で、口先で勝てる日はまだまだ遠そうだと、内心で嘆く。



「はあ、まだ駅前に着いただけだというのに、一気に疲れが襲ってきた気分だ……」

「やはり、長期移動でお疲れの様ですね。すぐにでもお屋敷に向かいましょう」

「……そうだな、そうしよう」



 特にとぼけた様子もないエイダの言葉に、俺は項垂れて肯定を示す。

 彼女の後ろに控えていた専属の男性運転手に一言二言挨拶を交わして、後部座席に乗り込む。この時代、自動車が複雑で信頼性の低い発展途上にある為、専門的な車を世話する整備士や運転手が必須なのだ。


 続いてエイダも俺の隣に乗り込むのを確認した運転手が、クランク棒を回しエンジンを始動させる。やがて、幾度目かの挑戦の末に、内燃機関エンジンの駆動音が前方から響き始め、自動車が緩慢に動き始めた。


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