第22話 産業構造と資源
運転手の運転に従い、ホルスバークの街路を北上。
主道路ですれ違うのは、魔導列車と同じ仕組みな重圧感あるボイラー室と煙突付きの特徴ある外観に、外燃機関を用いて駆動する大型バスやトラック。それらの耐え難い騒音と青みがかった煙に眉を顰めながら、ただひたすらに目的地の実家に向かってひた走る。
途中、歩道を歩く買い物帰りの主婦や帰宅途中の工場労働者が足を止め、視線という視線を向けてくる。
貴族や富豪以外には所有する者が皆無に近い自動車は、まだまだそれ自体の存在が物珍しくはあった。
ただそれだけでは、これ程の注目を浴びることは無い。やはり、ここまで群衆の視線を集めるのは、以前までの自動車の常識である、かさばって重いボイラーや煙突が外付けされておらず、地球世界の近代的な車両に近しい洗練されたデザインにあるのだろう。
何故ここまで他の車両とデザインも機能性も何もかも違うのか。その秘密は車体の前方に収納された動力機にある。
小型化、軽量化を実現し、近代的な設計思想を実現した、去年発売されたばかりな魔油を燃料にした内燃機関車。
魔素質分が多い油田から産出される原油を精製すると、重油や灯油、軽油、ガソリンなどの石油資源の他に魔油と呼称される液体燃料が採れた。通常、石油資源において、不純物が含まれるほど発揮成分が少なく、精製工程で手間もコストもかかる使い勝手の悪い低品質の油と見なされる事が多い。
しかし、方舟世界では魔導的工程で石油を発火させると、精製が甘く不純物が多い低品質の燃料でも、魔素の含有量が多ければ、防汚効果や燃焼効率が飛躍し、稼働率が向上する特徴があった。
そこに目を付けた発明家や技術者たちが、幅広い分野に利用価値が高そうな魔油を次世代の主力燃料と見なし、近年ではそれらを燃焼して駆動する内燃機関搭載の工業製品が普及の兆しを見せ始めていた。
「もう街灯が点灯する時間か……」
後方に流れては消えていく街並みを眺めていたが、外が暗くなりつつあるからか、街路の脇に点在するガス灯が点灯。
ガス灯の気体燃料も魔炎石の
魔力や魔素が化学工学に深く根を張っている為に、資源さえも基本的に魔素由来の資源が重宝されている現状。
――だからこそ、大気や天然資源に含まれる魔素が急速に枯渇する【終末】に襲われると、現代社会は大混乱に陥り、人類が滅亡の瀬戸際まで追い詰められたわけだ。
ほどなくして自動車は大通りから、高級住宅街の通りに入る。
区画を超えると夜の街並みが一転し、ガスマントルに覆われた炎の照明とは異なる、青白い強烈な光を放つ放電灯の路地に移り変わった。四、五階建ての縦に長い富裕層向けの集合住宅からも、室内照明の光が明々と外の闇を照らしている。
その光景を何気なく見つめていると、隣に座るエイダが口を開いた。
「どうです? 以前と比べてホルスバークの街並みは?」
「なんというか、前より何もかもが明るくなった印象だな……前はベルネクスとそこまで違いが無かった筈なのに」
「……そうですね。謂われてみれば、この街の街灯も、ガス灯がめっきり減って電灯が増えましたね」
その返答を聞いて、俺はふとある事実を思い出す。左隣に座るエイダに顔だけ向き直り、記憶の奥を探りながら問うた。
「……そういえば、エイダの兄は、ガス事業を経営しているのだったよな?」
「確かにそうですが……どうかしましたか?」
「いや、ベルネクスはそこまででもないが、ホルスバークなどの大都市は、近年急速に電気が普及して生活様式も様変わりしただろう?……大都市に拠点を置くガス事業は割を喰っているんじゃないか?」
その質問に、一瞬だけエイダは顔を曇らせる。そして、道路脇の放電灯を一瞥し、何処か複雑そうな声音で後を続けた。
「ええ、街灯がガス灯から電気で光る電灯に変わり始めたのは、今に始まったことではないですが、最近はホルスバークにも続けざまに大規模な発電所が建設されたお蔭で、個人住宅にも白熱電球が広まり、照明分野でガスや
まあ、使用人の立場からすると、家事の危険もなく壁も汚さない電気の方が有難いですけどね、とエイダは最後に複雑げな顔で付け加える。
魔人との戦争を想定しなければならない軍需産業を除くと、産業構造それ自体は、地球世界と然程変わらない為、方舟世界でも電気事業は順調に発展し、実用化されていた。
明確な違いがあるとすれば、自然界に存在するエネルギー源に魔力と魔素由来の資源があり、それらを燃料や熱源として利用し、力学的エネルギーに変換する原動機――魔導力機関があるぐらいだ。
なので、電力の集中生産が可能となった、これからの時代は、地球世界と同じく照明分野では電気事業がガス事業のシェアを奪う流れは避けられないのだろう。
「ところで、そんな話を振るぐらいなのです。幼年学校で誉れ高い英才と称えられると聞くクリスお坊ちゃまは、何か兄の経営に役立つお話などはありませんか?」
「そこはかとなく馬鹿にされている気もするが……そうだなぁ」
俺は目を伏せて、しばし思案する。
実は、エイダの兄が経営するガス会社は、業界では中小規模に過ぎないこともあり、電気事業の拡大と大戦勃発による原料価格高騰で経営危機に陥り、エイダとそして、
変えてしまっても原作の基幹に影響がないかどうか、現時点では判断が付かなかった俺は、エイダには悪いと思いながらも、当たり障りのない言葉を選ぶ。
「……悪いが、やはり経営の素人に過ぎない俺では、そう簡単に良い案は思いつかないな」
そんな曖昧な返事を返した俺から目線を逸らし、エイダはこれ見よがしに舌打ちする。
「チッ、使えねーですね」
「……」
富裕層の中でも一握りの名家が数多く住む、この区画には、近年流行中な赤と白の縞模様で派手に飾られた外装の大規模な邸宅が建ち並ぶ。更にその奥へと車を進めると、一際大きなスタッコ仕上げで塗り固められ、きめ細やかな装飾を持つ白亜の宮殿の如き二階建ての大邸宅が視界に飛び込んできた。
中心区画にありながら、自然豊かな庭園まで完備しており、富裕層の中でも別格な富と家柄を誇る事が初めて目にした者にも一目で理解出来よう。
そんな豪邸が、自分にとっては見慣れた懐かしき我が家。見る者を感嘆させる柵門を潜り抜け、規則正しく植えられた庭木の間を通り、道の終着点たる玄関前で車が停車する。
運転手が車庫に走り去る後ろ姿を見届けてから、降車した俺とエイダは高級感漂う赤褐色の扉を開け放ち、屋内へと足を踏み入れた。
「――今戻りました。ご当主様と奥様はどちらにおられるの?」
お帰りなさいませ、と畏まって一礼した若い侍女に、エイダは俺の手荷物を手渡しながら、そう問うた。
その疑問に応えようと、侍女が口を開きかけた、その寸前。絢爛豪華な玄関ホール中央から二階へと続く階段の最上段に、ブラウンの髪を後ろで束ねた壮年の男性が足音を響かせながら現れる。
「――久しいな、クリス。窓の外から自動車の駆動音が聞こえたので、お前が帰ってきた頃合いだと思っていたぞ」
威厳のある声音で出迎えの言葉を発したのは、皇国建国以来の名門ナイトレイ家の現当主フレデリック・ナイトレイだった。
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