第20話 古代魔道具



 誰もが各方面の天才だけに、お互いが依存関係に成りやすいのも仕方がない部分はある。だが、それを自覚せず放置するようでは、敵に付け込んでくれと言っているようなものだ。


 無自覚なら外から指摘する必要もあったが、その心配もなさそうなので、俺は外向きの仮面を張りつけ、どこか暗い雰囲気を吹き飛ばすように告げる。



「ふん、貴様らも力不足の自覚はあるようだな。そうだ……あの程度の相手など一人で打ち破るぐらいの意気込みで無ければ、この先が思いやられるぞ!」

「……私たちの中で一番ボロボロな貴方が何を言ってるのよ」



 セリシアが呆れ口調で言い返す。剣のある表情は緩んだものの、代わりと言わんばかりに注がれる冷たい眼差し。

 俺は彼女に向き直り、ニヒルな笑みを作る。



「だから、貴様は未熟だというのだよ、セリシア。なぜ、それは単に俺が手を抜いていたからだとは考えない?」

「……魔物に痛め付けられる趣味でもなければ、手を抜く必要なんてないからよ」

「まあ……貴様ではわからないか、俺の深慮遠謀は……」

「深慮遠謀どころか、何も考えてないだけでしょうに……」

「いいだろう、察しの悪い貴様に教えてやる! 何故なら俺様は、ただ勝つだけでは飽き足らず、常に自分を追い込み、自身とチーム全体の成長を促すため――」



 真実と嘘を混ぜた架空の設定を語り始めようとした、その時。




「あ、おい、ちょっと来てくれ! 古代魔道具アーティファクトが落ちてるぞ!」



 広間の端から端まで響く、驚愕と歓喜が入り交じったグレンの呼びかけ。

 セリシアとのやり取りを中断し声の源に視線を向けると、知らぬ間にグレンとカレンが灰となった小鬼将軍ゴブリン・ジェネラルの亡骸の傍らに突っ立っていた。

 自然体で無視された事実に納得しかねる気持ちを抱きながらも、俺とセリシアの二人はひとまずグレンのもとに向かう。


 すると、グレンの肩越しに覗き込んでいたカレンが顔を上げ、近寄った俺達を見つめて問うた。



「私、初めて見た。これがそうなの?」



 しゃがみ込んだグレンが灰の中から拾い上げた、一見何の変哲もない縁だけが黒い灰色の腕輪。

 迷宮主ダンジョンボスを討伐した際にのみドロップするそれは、古代の時代に様々な理由から実用化されなかった軍用品や軍事技術を民生用に落とし込んだ試作品だと云われ、数千年余りが経過した今も、再現不可能なロストテクノロジーの結晶であった。


 原作ゲームでは全ダンジョンを通して、ドロップ率五パーセント前後のレア物で、全ての古代魔道具を収集するのに苦労した記憶がある。

 こちらで調べた限り、現実世界となってもその辺りの事情は変わらず、むしろ迷宮主ダンジョンボス戦などゲーム程安易に挑戦できない分だけ、学内の上級生でも持っていないのが当たり前と聞く。



「そういえば、初めての迷宮主ダンジョンボス戦だと、少しは拾いやすくなるって、不確かな噂があったな」

「ただの迷信かと思っていたけど、実際にその場面に遭遇してみると真実だったのかも知れないわね」



 なお、ゲームではその噂は正しかった。公式も初のダンジョン攻略時には、古代魔道具が出現しやすいと認めていた。


 ちなみに、他の魔物は魔鉱石以外を落とさないのに、なぜ迷宮主ダンジョンボス戦だけでは人工的なアイテムが手に入るのか。

 その疑問については現代に至るまで幾度も議論されてきた結果、ある古代学者が唱えた、低コストで少しでも多くの迷宮制覇者と周回者を増やしたい思惑から、製作者達が迷宮主ダンジョンボスだけは低確率で古代魔導具ドロップアイテムを落とす仕様にしたのではないか? という一説が有力であるとか。……古代人達まで乱数に支配されていたとか、もう終わりだよこの世界。



「えっと、小鬼将軍ゴブリン・ジェネラルが落とす腕輪って、持ち主の魔力を消費して敵の物理攻撃や魔術攻撃から身を守る魔力防護膜を半自動的に展開する自衛機能付きの装身具だったよね?」



 カレンの思い出したような言葉に、その場の誰もが頷き返す。

 古代魔道具には、討伐した迷宮主の特性や能力の一側面が宿っている場合が多い。今回の装身具アイテム――『小鬼将軍ゴブリン・ジェネラルの腕輪』をゲーム的な言葉で言い換えるなら『魔術攻撃、物理攻撃の被ダメージ軽減』といったところか。



チーム全体で公平に配分するなら、お金に換えるのが一番だが……」



 グレンが悩ましげに思案しながら、そう口にした。

 古代魔道具は迷宮主ダンジョンボス戦で低確率でしか入手できない仕様もあって、市場では常に供給不足が続いている。

 無論、売れば相当の買取額が付くだろうが、古代魔道具は手放すともう一度手に入る幸運に恵まれる可能性は限りなく低いという。実用性もあり、お金に困ってないのならば、軽々しく売るべきで無いのは明らかだ。



「俺はチームの誰かが使用する方がいいと思う。指輪の性質を考えたら、カレンに相性が良さそうだが……皆はどうだ?」

「私もそれが一番無難だと思うわ。ただ誰か一人でも反対するようなら、惜しくてもお金に換えてしまえばいいと思うけど……」



 そうやってグレンとセリシアは頷き合うと、二人の視線が此方に集まる。



「ふん、古代魔道具などどうでもいいわ。今回の戦闘で最も活躍したのが、カレンであることは俺も認めている。カレンにくれてやればよかろう」



 個人的に古代魔道具に他人ほど稀少性を見出していない事情もあり、強がりでも無く本音でそう返した……俺にとって古代魔道具は、頭にある原作知識が通用するなら、腐る程手に入れられる現代魔道具の延長上でしかないからだ。



「それともなんだ? 貴様らには、俺がカレンを押しのけて戦利品の所有権を主張する程、空気の読めない男にでも見えたのか?」

「「「…………」」」

「何故そこで黙るッ!!」



 三人の心外な評価に憤慨していると、グレンが苦笑いしながら返答する。



「ハハハ、冗談だよ、クリス。俺はお前が恥を晒す事はあっても、恥知らずな行為をする奴だとは一度も思った事はないよ……」

「フハハハハ、グレンよ、分かっているではないか。もっと褒め称えていいのだぞ!」

「……今の言う程、誉め言葉だったかしら?」



 俺とグレンのやり取りを見て、何か言いたげな視線を送ってくるセリシアだったが、話が上手く纏まりそうな流れもあり、それ以上口を挟むことは無かった。



「とにかく、これで満場一致だな。迷宮主ダンジョンボス戦では誰よりもクリスが前に出て戦ってくれたのに悪いな。セリシアもあれだけ援護射撃してくれたのに、快く譲ってくれて感謝しかない。ただ今回はカレンに古代魔道具を譲って、俺達三人は迷宮主の魔晶石を換金したお金を三等分するってことで」



 三人の同意を得たグレンが、締める様にそう言う。



「え、でも本当にいいのかな……こんなに貴重なもの。むしろ、前衛で危険の多いグレン君やクリス君が持っている方がいいんじゃ……」

「俺やクリスは前衛だからこそ、道具に頼らなくても身を守る術は持っているんだ。それにその性能は強力だが、使えば使う程魔力消費も激しいと聞くからな。そうした意味でも、カレンにこそ相応しいと思うよ」



 そう言いながら、グレンは腕輪を手渡し、カレンの両手で優しく握らせる。


 一番数が多く入手難易度も低い初級地下迷宮ビギナーダンジョン迷宮主ダンジョンボスからの戦利品といえど、間違いなく一財産となる価値がある故に、古参のチームが解散危機になる事すら珍しくない古代魔道具の所有権。

 その価値を正しく理解するからこそ、他のメンバーから伝わる信頼と期待に体を震わせて、彼女は三人の仲間と向かい合う。



「み、みんな……本当にありがとう! 私も今まで以上に頑張るから!」



 胸の前で大切そうに腕輪を握り締め、カレンは潤んだ瞳で向日葵のような笑顔を咲かせたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る