第19話 肩透かし


 迷宮主ゴブリン・ジェネラルは強敵だ。特に不死身とも感じさせるタフネスは厄介の一言では済まされない。

 一人で戦っている時は、眼球を貫いたのを例外とすれば、ダメージらしいダメージは与えられなかった。だから、例え一対多数での戦闘となったとしても苦戦は免れない。そう思っていた。




 だが、結果を見れば……。




 力尽きゆっくりと両膝を突いて、前のめりに倒れ伏した小鬼将軍ゴブリン・ジェネラル

 革鎧は炭の塊に変わって久しく、剥き出しとなった皮膚の表面も真っ黒に焼け焦げ、胴体から四肢に至るまで、鋭利な刃で斬り刻まれたような傷跡が無数に確認できる。もはや、傷ついていない箇所の方が少ないとすら思えるほど満身創痍なその肉体は、これまでの激戦を物語っているように思えた。


 他方、それとは対照的に後衛の二人は例外としても、前衛のグレンすら擦り傷一つ付いてない。俺ですら多数で戦い始めてからは、外傷らしい外傷は全く増えていなかった。


 ……冷静に考えれば、アウトレンジで広域制圧、殲滅系の大規模魔術を雨の如く降らせる後衛が居るんだ。しかも、相手の視界は封じられ、反撃に打って出る事も儘ならない。例え作戦の根幹を担うカレンを潰そうと動き始めても、セリシアが精密な射撃で注意を惹きつけ、俺とグレンが徹底して妨害と攪乱に努める盤石な布陣……負けられない戦いというか、負けようのない戦いがそこにはあった。


 だからなのか、迷宮主ダンジョンボス戦、最大の立役者たるカレンに視線を向けると、魔力の大量消費による精神的な疲労を見せていると同時に、どこか釈然としない表情も浮かべている。

 予想ではもっと苦戦を強いられると想定していたらしい。……バトルシティの決勝戦だと思っていたら、ずっと俺のターン! だったみたいな顔をしている。


 まあ、戦前はあれだけ緊張し、未知の敵に怯えていたのに、実際に戦ってみたら、実質ただの案山子も同然だったのだ。肩透かしを食らった気持ちになるのも理解できる。


 如何に並外れた巨体と耐久性を誇ろうと遠距離攻撃手段を持たない相手では、一方的な集中砲火の展開になるのも仕方がない。無論、相手が死ぬまで高火力の大規模魔術を遠方から数十回単位で連発なんて芸当が、一〇歳そこそこで可能なのは人類でカレンとステラだけだが。


 それだけに、カレンの戦功はチーム内でも一際輝いていた。戦術級の迷宮主ダンジョンボスにすら距離を保ちつつ有効打を与えられるカレンの存在無くしては、他のメンバーがどんなに優れていても決定打に不足し、ここまでの短期決着はあり得なかったと容易に予想が付く。


 そもそも、例年では一線級の大規模魔術を習得している幼年学校の在学生は、学内でも最高学年の数人、それも連発出来ず、精々が数発だけしか行使できないのが殆どだ。

 もしカレンが例年によく見られる程度の秀才に過ぎなかったなら、戦闘の途中で魔力が枯渇し戦力外となり、残された俺達は決め手に欠いて否が応でも、あの巨躯を誇る迷宮主相手にリスクを覚悟で、勇猛果敢に白兵戦を挑むしか選択肢が無かっただろう。


 ただ拍子抜けするほど簡単に勝てたのは、カレンの特異性やチーム全体での奮闘も無視できないが、それ以上に運という不確定要素に恵まれた部分が大きい。


 戦闘過程を振り返れば、上手く意表を突き小鬼将軍ゴブリン・ジェネラルの片眼を奪えたのみならず、物理と精神の両面で視野が狭まっていた最高のタイミングで、意識の外から援軍として駆け付けたセリシアの芸術的な狙撃が上手く嵌り、健在であったもう片方の目まで奪えたのだ。あの一連の流れは意図的に狙えるものではなく、その僥倖が無ければあそこまで物事が上手く運ばなかったのは明白である。


 だから、決して俺の献身は無駄ではなかったのだ。一人だけ勝手に先走ってボロボロになった意味ねえじゃねえか、などと的外れな中傷はしてはいけない。いいね?




 誰が見ているわけでもないのに、内心で軽挙の言い訳を繰り返していると、グレンが戦闘態勢を解きながら呟きをこぼした。



「……完勝と言っていい勝利だな」

「ええ。でも、チームとしても、一個人としても反省すべきことばかりだわ」



 セリシアが微かに眉を顰めて返答する。

 一見すると迷宮主ダンジョンボス戦の初陣ながらに文句なしの大勝利。

 しかし、彼女には何やら懸念があるようで、不満そうにその先を口にした。



「戦闘全体を通してカレンの火力に依存し過ぎよ。これでは、チームの中でもカレンだけ極端に負担が偏り過ぎてしまうわ」

「否定は出来ないか……初めてだったから、リスクを嫌って自然とカレンの力に頼り切りになった印象は確かにある」



 憂いを帯びたセリシアの言葉に、グレンが肯定を示すように大きく頷く。


 役割分担と言えば聞こえはいいが、現実は殆どカレンが小鬼将軍ゴブリン・ジェネラルを斃したようなものだ。

 ゲーム脳じゃあるまいし、魔力タンクだからお前ずっと固定砲台な? ではチーム全体の人間関係や柔軟性に支障をきたす。今回みたいな一戦限りなら、それでも問題ないだろうが、より実戦的な戦闘を想定した場合、戦場で一部の者だけに、火力役や魔力消費が偏るという状況は極めてよろしくない。チームの最大火力役であるカレンを戦術の中心に据えるのはいいとしても、敵は視覚を失っているのだし、相手からの反撃リスクを考慮してでも、カレンの負担を軽減するために他のメンバーも更に積極的な攻勢に出るべきだった。

 初の迷宮主ダンジョンボス戦という側面もあり、どこかチーム内の思考が保守的になっていた事実は否めない。


 そんな内心の想いを余所に、カレンが唇を尖らせ心外そうに口を挟む。



「依存って……二人は大袈裟だと思うけど……」

「私たちがまだ魔力に余裕があるのに対して、一番保有魔力の多い貴方が枯渇寸前になっているのよ……負担が偏っているのは明らかだし、攻勢のバランスや対応力などで見直すべき点は多いわ。そもそもの問題点は、迷宮主ダンジョンボス級の相手に常時痛打を与えられる魔術師がカレン以外に居なかったことね。安易に勝てたからと言って、今回と同じく不甲斐ない戦闘内容のままでは、近いうちに位階の上昇以上の成長は見込めなくなるでしょう」



 淡々とした説明口調とは裏腹に目を伏せて、悔し気な表情を隠さないセリシア。

 実際、リスクを冒さずとも時間を稼いでいれば勝てるなんて消極的で凝り固まった単調な戦闘を繰り返すばかりでは、自ずと成長が停滞していくのは明らかだ。

 その会話を見ていたグレンが、なるべく言葉を選びながら言う。



「俺達が今より成長するためにも、カレンの特異性に依存した様な戦い方は極力避けるべきなのは間違いない。前衛だから、火力が足りないから、なんて言い訳にもならないだろう……士官学校に進んで正式な魔術師として任官されれば、常に理想的なメンバーで戦えるはずもないんだ」



 彼の言葉に内心で同意する。

 カレンは切り札であり、伝家の宝刀だ。しかも、仲間内の誰よりも早熟で、他の英才たちと比較しても頭一つ飛び抜けている。


 一年前、ほぼ千年ぶりに皇国歴代最高の初期魔力保有量を更新し、中級上位相当の大規模魔術を早期習得しているカレンが、偉大な才能を持つのは誰の目にも一目瞭然。

 対して、魔導銃による銃撃戦が何かと地味に見えるセリシアや現時点では身体が未熟で白兵戦の才を発揮し切れていない俺やグレンは、今一つ万人にその凄みが伝わりにくい。


 けれども、何れもカレンに劣らぬ逸材揃いなのは疑いようもない事実だ。それぞれが史に名を刻む英雄に成り得る破格の潜在才能を秘めている。にも拘らず、彼らがカレンありきな戦い方を覚えてしまった場合、その才能を曇らせる事なく順調に伸ばすことが出来るだろうか。

 ましてや、未完の大器のままで打ち勝てるほど、グレン達の今後は甘く優しい薔薇色の未来だっただろうか。


 勿論、否だ。どんな天才でも所詮は一個人に過ぎず、その実力を十全に活かし切れていない者が簡単に勝てるほど魔人は――魔帝は容易な相手ではない。

 それは既に原作のグレンがその身を持って証明している。


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