第24話 オースランド総督



「賊徒に対する掣肘が狙いですか?」



 歴史的経緯もあって、オースランド住民の反皇国感情はかなり強く武力蜂起が多発する土地柄なのは有名な話だ。



「父上はオースランドで過去に何度か起きた独立主義者の大規模な武装蜂起の鎮圧作戦に従軍し、高位魔術師としてひと際目立つ戦果を残したとか」

「否定はしない。無論、この人事にはオースランドの治安回復、反乱抑止の狙いもあるだろうな」

「つまり、それだけでない、と……では、魔帝国の方で動きがありましたか?」



 どこか含みのあるフレデリックの言葉に、思い当たる節があった俺はそう尋ねた。

 オースランド領は、魔帝国と隣接している関係上、国境が定まっていない係争地帯で総督府の駐留軍と魔帝国を構成する諸邦国家の諸侯軍、双方で時折小規模な衝突が起きているという。



「ああ、最近は係争地帯での緊張感が今まで以上に高まり続けている状況らしい。今年に入ってから、国境沿いでの領土侵犯が多発し、紛争も本格化し始めていると聞く」

「なるほど、それで皇国上層部が万が一の事態を警戒し、東部出身の帯剣貴族や高級将校にも顔が効く父上がオースランド総督に推薦されたのですね」



 フレデリックは、ホルスバーク周辺の地を統治し、皇国の東部地域一帯に一大勢力を築いた過去を持つナイトレイ侯爵家の現当主であり、軍人としても反乱の鎮圧などで評価に値する活躍を残してきた経歴の持ち主。その肩書と実績によって東部地域出身の貴族と軍人を中心に小さくない支持がある。

 多少若くとも、魔帝国との開戦となれば、管轄区域内の陸海軍を統率し、敵の侵略に対処するのに不足ない人材と皇国政府からは評価されているわけだ。



「それにしても、紛争の本格化とは穏やかな話ではないですね。魔帝国側の国境地帯一帯を統治する構成国の何処かで代替わりでもありましたか?……これまで国境地帯を統治していたのは、比較的穏健派寄りの領邦君主でしたよね?」



 魔帝国は大陸の半分を超える広大な版図を持つだけあり、魔帝の権威は戴きつつ領邦国家に近い自立性をもった帝国内勢力が数多存在。それらは主に強力な軍事力を有する魔人諸侯が直接統治し、強大な支配者が君臨する時代は、大人しく頭を垂れて従属を選んだ。

 ただ同時に、魔人社会は人類社会以上の実力主義で魔帝の血統による世襲を認める者は多くない。後継者の不在や実力に疑問符が付いた場合は、中央の統制から外れて各々が治める領地で主権国家的に振舞う傾向にある。その意味で、皇国やオースランドと領土を接する魔人諸侯の思惑次第では、魔帝国中枢の意思に関係なく武力衝突に発展する危険性は常にあった。



「いや、此方でも皇国と国土を接する魔帝国の構成国で代替わりあったとの情報は入っていない。無論、現在のオースランド総督も文官上がりの穏健派で、内閣の不拡大方針を重んじ、総督府直属の陸海軍に慎重な行動を厳命しているのも変わりない」



 基本的には帝国主義的に植民地や従属国を獲得してきた歴史もあって、侵略や戦争に躊躇しないエリウス皇国。

 しかし、人類国家との戦争では悉く勝ち続け、大陸の三分の二近くを支配するに至った魔帝国との全面対決には、流石に国内の政治家や世論も極めて及び腰であった。

 他方、魔帝国は皇国以上に侵略性が強く、歴史的背景からも人類国家の皇国に対して強気だ。

 ただ、それは魔帝国全体の話であり、魔帝国の一領邦国家として見た場合は、話が変わってくる。



「如何に傲慢な魔人諸侯でも、自身が治める領邦国家単体と皇国の国力差は隔絶し過ぎて、勝ち目がない事は理解しているでしょう。事実、両国の勢力圏が直接接して、二五年近く経ちますが、人類を公然と見下し、対決姿勢を隠してない魔人勢力でありながら、紛争が小競り合いの範疇に収まっていた事実こそ、相手も理性的であった何よりの証拠。援軍の見込みもない中、安易な皇国との武力衝突は、自身の破滅に直結する現実を理解していたはずの魔帝国諸侯が、唐突に紛争の激化に舵を切ったとなると、外からの干渉があったとしか思えません」

「……一国の主である領邦君主に、それも一手間違えると滅びに直結する前線国家の意思決定に介入が可能な人物は、私が知る限り一人だ」

「――魔帝ですね」



 フレデリックは同意を示すように頷くと、その先を紡ぐ。



「先代魔帝が討たれた前大戦から、もう四半世紀が経つ。帝位継承戦争が終結し、魔帝国諸侯が認めざるを得ない支配者が誕生していてもおかしくはない、か……少なくとも、魔帝国内で拡大誘発を恐れなくなった何かがあったのは間違いない」

「ええ、上位者の意向により、係争地帯の紛争が活発化している可能性はあるかと」

「仮にそうだとして、それの意図するところは何だと思う?」



 挑発的な金色の双眸を向けられ、俺は慎重に言葉を探しならが口を開く。



「人類国家同士ならば、何らかの外交的成果を得ようと軍事圧力をかけている可能性もありますが……」

「魔帝国とは国交が結ばれていないからな。対魔帝国融和派の議員は、幾度となく話し合いの場を持とうと足掻いているが、相変わらず梨の礫らしい」

「向こうのイデオロギー的に人類国家との国交樹立など言語道断でしょうね」

「ああ、それでも政治家と財界を中心に魔帝国とは融和を目指そうとの声は小さくない。人類を劣等人種だと見做し、農奴として使い潰すのを当然としている国に、一体何を期待しているのかッ!」



 対魔帝国融和派の活動に思う事があるのか、フレデリックは底知れぬ憤怒を込めた声音で吐き捨てる。


 魔帝国は閉鎖的な国家なだけに、内部情報は入手しずらいが、魔人こそが誰よりも優れた人種だと謳い、人類を過酷な労働に使役している、との噂は届いていた。なので、歴史的背景を除いても魔帝国に対して嫌悪感を覚えている者は多い。

 ただ歴史的に人類が戦争で魔帝国に勝った試しはないだけに、超文明が滅びて以降、人類最大の版図を築いた皇国でも全面戦争となれば勝利するのは極めて難しいのではないか、と内心そう思い込んでいる人間はそれ以上に多かった。

 従って、政界や軍民問わず、魔人との共存共栄こそが、皇国唯一の未来だと公言し支持を得ている対魔帝国融和派が国政の場でも多数派を形成していた。


 ただし、フレデリックは、現時点では少数派な対魔帝国強硬派議員の一人である。



「そもそも、外交関係も国交も無い侵略性の強い国など仮想敵なのではなく明確な敵なのだ。第一、広大な版図を抱える多民族国家の超大国など、帝国臣民全てに民族主義を思い出させるような共通の敵を創り出すことでしか、分裂を回避する術がないのに魔帝国と融和してどうする……現に魔帝国が分裂状態で、近年の皇国は対外戦争をせずに済み平和の恩恵を享受したと言うが、皇国の勢力圏では反乱が激化の一途を辿るばかりではないかッ!」



 ここには居ない誰かに向けての怒りが収まらない様子のフレデリック。



「そして、魔帝国も同じ問題を抱えているのは、外から観ていても窺い知れる。仮に人種差別問題が無かったとしても、これ以上の分裂を避けるべく国内の内戦が終結次第、魔帝国は必ず対決姿勢を鮮明にするのは明らかだろうにッ!」

「……」

「ならばこそ、魔帝国の内戦が激化した段階で予防戦争を仕掛けるべきだったのだ……何時までも存在しない幻想に囚われ続けた結果、ただ時間を無駄にするだけに留まらず、我々は激動の時代を駆け抜けた高位階な魔術師と軍人を喪い、この二五年で戦力の著しい弱体化を招いてしまった……」



 嘆くようなフレデリックの独白に、俺は何とも言えない複雑な表情をしてしまう。


 確かにフレデリックの言う事は間違っていない。間違っていないのだが、いかにも国粋主義的過ぎて、史実と原作の知識を持つ者からすると、素直に賛同できないんだよな……。

 事実、フレデリックは魔帝国との開戦後に、主要な戦地となった皇国東部地域の支持を得て、対魔帝国強硬派の首魁として一大政党を築き上げていく。

 しかも、魔帝国の攻勢をどうにか凌いだ後は、政界に進出したグレンを党の旗頭に選んでしまい、後戻りの出来ない地獄に彼を突き落とす大きな一因となった。



「――紛争の激化が外交交渉の材料でない以上、父上の仰る通り、対皇国全面戦争を視野に入れた威力偵察と判断せざるを得ないかと」

「お前も同意見か」



 予防戦争的な過激思想は別にして、俺も魔帝国が対決姿勢を鮮明にし始めた推論には同調する。

 すると、心なしか嬉しそうに表情を綻ばせるフレデリック。その顔は息子が同じ意見で居てくれることを純粋に喜んでいるようだ……生粋の国粋主義ファシストでさえなければ、普通に良い父親なのだが。



「私と志を同じくする議員の主張が届いたのか、陛下も内閣も魔帝国との全面戦争を意識し始めたようだ。今回の人事は、東の脅威に備える為、オースランドの前線基地化と戦争準備を整える必要性が認められたからでもある」

「なるほど」

「正式決定は調整の時間も併せて来年の春頃になるだろう。来年はホーエンベルクから妻と一緒にオースランドに赴任する筈だ。心しておくように」

「承知しました。私も父上の名に恥じないよう、ベルネクスでより一層の努力を重ねてまいります」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る