第33話 二者択一



「――鬱陶しい!」



 城下町での遭遇戦を幾度となく重ね、やっとの想いで大通りの終着点に辿り着いた俺は、息つく暇もなく再び戦闘を強いられていた。


 終着点とは、中腹にある街を見下ろせる、丘の頂上付近に建つ城館。その周囲を囲む石塀を乗り越え、建物の中に侵入を試みた直後に、何処からともなく現れた吸血鬼ヴァンパイアの集団に包囲されたのだ。


 紅い薔薇の花が咲き誇る中庭。

 芸術的なまでに手入れされた庭園を気にする余裕もない俺は、迷わず溶岩津波を発動。唐突に大地が蜘蛛の巣状にひび割れ、そこから噴出した溶岩流に薔薇の茂みが無惨にも呑み込まれていく。



『!? ァァァッッ!!』



 侍女メイド服と執事服に身を包み、短剣を片手に襲い掛かってきた城館の吸血鬼ヴァンパイア達は、荒れ狂う溶岩の奔流に押し流され、あっという間に全滅。


 現在戦闘中の吸血鬼ヴァンパイアは、その服装が示す通り、【女中吸血鬼ヴァンパイア・メイド】【執事吸血鬼ヴァンパイア・バトラー】の名で呼ばれる吸血鬼ヴァンパイアの亜種だ。城下町で遭遇した吸血鬼ヴァンパイアより、位階レベルも高く身体能力や短剣の技量でも凌駕している。



「またか、キリが無いな……」



 そして、取りこぼした最後の執事吸血鬼ヴァンパイア・バトラーを処理したのと同時に、俺は新たな増援が城館の方から押し寄せてくる様子を捉えた。いい加減うんざりとした気持ちになり、深い溜め息が零れる。


 女中吸血鬼ヴァンパイア・メイド執事吸血鬼ヴァンパイア・バトラーは、単純な上位互換という意味以上に城下町の吸血鬼ヴァンパイアより、ずっと戦い難い相手だった。


 萎えそうな心を奮い立たし、俺は蒼炎を槍に纏わせながら、脚力に物を言わせて地面を蹴る。



「喰らえッ!!」



 爆ぜるような猛スピードで薔薇庭園を突っ切り、こちらを睨みながら敵集団の先頭を駆ける女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドに強襲。


 対して、それを目撃した彼女も短剣を逆手に握ると、迎撃の態勢を取る。

 こちらの刺突を弾いてのカウンターが狙いなのか。大通りで遭遇した吸血鬼ヴァンパイアと同様の対処方法。もっとも、リーチ差でも劣り、肉体的な性能でも劣る以上、一つの正解セオリーであるのは間違いない。

 ただ、反応すらできなかった先程の吸血鬼ヴァンパイアとは異なり、此度の相手はひと味違った。全力の刺突にも全く臆せずに、矛先から目を逸らさず悠々と迎撃の機会を伺う。



『――ハッ!!』



 蒼い炎を置き去りにし、残像すら捉えるのが困難な一撃。

 これまでの敵に対しては必殺に等しかったそれを、女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドは、洗礼された無駄のない動きで短剣を振るい応じる。


 槍の切っ先に吸い込まれるような最短距離の軌跡。


 そのタイミングはまさに完璧と言う他ない。本来なら、そのまま槍の矛先を殴りつけ、胸元を穿つ軌道から逃れられただろう。

 身体能力の差を顧みると、かろうじて目で追えただけだろうに見事な技量だ、と内心で称賛すらしてしまう。



「――だが、才能そこで負けてやる訳にはいけないので、なッ!」



 濃縮された時間の中、焦燥を欠片も感じさせない声音でそう吠える。


 クリス・ナイトレイ女中吸血鬼ヴァンパイア・メイド位階レベルは完全に横並びだが、持って生まれた素質の違いから個体性能、特に動体視力と武術全般の才能には決して埋められない差が存在する。

 故に、予備動作の段階から敵の迎撃パリィが成功すると確信した瞬間に、俺はそれを上回る行動を起こしていた。



『ッ!?』



 刺突を繰り出す過程で、肘を浅く曲げ手首で捻りを加える。言葉にすると、ただそれだけの一連の動作。されど、それによって生まれた効果は絶大だった。



「――フッ!」



 短剣が槍の矛先に叩き込まれる、寸前。ただ愚直に真っ直ぐ突き出されるだけであった槍の軌道が急激に斜め下方向へと折れ曲がり、直撃するかに思われた短剣の一振りが虚しく空を切る。

 技量の限りを尽くした迎撃を掻い潜ると、今度こそ蒼炎を纏った矛先が相手の鳩尾を鋭く穿つ。



「……ッ!」



 肉を喰い破った衝撃で、周囲に飛び散った鮮血。朱く染まる女侍メイド服の中心から、蒼白い焔を纏った槍が生えた光景に勝利を確信する。


 風に加え、火と光の吸血鬼ヴァンパイア種の弱点たる両属性を複合して完成する蒼炎。同位階レベル帯の吸血鬼ヴァンパイアで深手を負った状態なら、超回復の特性を凌駕し、即座に絶命まで至らせる。その事実を把握していた俺は、眼前の炎に焼かれた敵ではなく次の敵へと意識が向いていた。


 だからこそ、次に彼女が取った行動は、想定外で驚愕を隠せなかった。



『――生存は絶望的と判断。対象の戦闘力低下に目的を変更します』



 それを聞いて、まさか、と咄嗟に両腕に力を込めるが、槍が抜けない。

 女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドは全身を焼かれながらも、短剣を捨てこちらの槍を掴んで離さなくなったのだ。


 ――こいつ、命懸けで足止めを!


 その直ぐ後ろには、更に三体の女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドの姿。相手が燃え尽きれば槍も取り戻せるが、そんな猶予は何処をどう見てもありそうにない。

 結局、俺は槍を諦めて即座に窮地から脱するか、武器を回収できるまでは徒手空拳で耐え凌ぐか、の過酷な二者択一を強いられる。

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