第32話 城下町



『侵入者を発「――はいはい、今日もお邪魔してますよ、と!」』



 城館へと続く城下町の大通りを駆け抜け、すれ違いざまに路地裏から現れた女型吸血鬼ヴァンパイアを蒼い炎が渦巻く槍で一閃。


 初めて一五階層に足を踏み入れた日から数えて、約一月半。

 幼年学校は夏季休暇に突入し、在学生の多くは実家に帰省した中、俺はといえば今日も今日とて【秘められし亡者の楽園】最下層の城壁内部に潜入していた。

 当然、戦闘相手となるのは、階層全域の住人である吸血鬼ヴァンパイア


 中級魔物の中でもトップクラスの身体能力以外に、凶悪な二つの特性の合わせ技が悪趣味極まりない。傷付けば傷付く程、血液操作で多様な攻撃を繰り出してきたかと思えば、一方で中途半端な攻撃は超回復よって無力化する不死性まで併せ持っている。


 中級地下迷宮ミドルダンジョンの最下層で挑戦者の真価を試す強敵中の強敵。


 しかも、それが三体以上の集団で襲い掛かってきた日には悪夢に等しいだろう。現に、初めて城壁の内側に侵入したあの日。無謀にも一〇体を超えて集まった集団と真正面からの交戦を選んだが、斬り払っても叩き伏せても襲うのを止めない吸血鬼ヴァンパイアの不死性と数の暴力に屈する他なかった。


 結局、唯一有効だった【溶岩津波】を乱発するだけ乱発し、魔力切れ寸前になって包囲網を強行突破すると、這う這うの体で戦場から離脱したのは、今でも苦い思い出である。


 なので本来であれば、一太刀浴びせたぐらいで、追撃の手を緩めるなど愚策でしかない。

 少なくとも、半月前は余裕をかましている暇など無かったのだが――。



「…………」



 出会い頭に一息に斬り伏せた吸血鬼ヴァンパイアを見ると、焼け爛れた肩口から股下までの傷跡が徐々にあるが塞がり始めている。吸血鬼ヴァンパイアの持つ特有の能力の一つ、超回復だ。

 やがて、うつ伏せに倒れた敵は、再び立ち上がり襲い掛からんと、腕に力を込める。



「……残念だが、無駄な足掻きだ」



 その姿を冷徹に観察し、無感動に言い捨てた。

 瞬間、傷口から青い焔の舌が全身を嘗めるように燃え広がり、回復量を上回る速度でその躯体を燃やし尽くす。



『ああ、あァァ!!』



 対象を灰にするまで燃え続ける異次元の超火力。まるで、地獄で罪人を燃やし尽くす業火を彷彿とさせる。瞬く間に灰塵と化していく女型の吸血鬼ヴァンパイア


 そんな澄んだ蒼の煌めきに誘われたのか、次々と裏路地の奥や建物の中から、新手の吸血鬼ヴァンパイアが姿を現す。


 その数三、いや四体か。これまでの経験から、直に一〇体を超える数が集まるだろう。


 俺は蒼炎を纏う槍を無造作に構えて、一番身近な吸血鬼ヴァンパイアに、数歩で急接近。



『なッ――?!』



 相手は目を丸くして硬直。

 一五階層で幾度も死闘を繰り広げた俺の位階は五八を超えるまでに成長した。推定位階レベル六〇近い吸血鬼ヴァンパイアとも、既に数値レベル上は横並び状態だ。


 そして、位階レベルが同じであれば、俺の方が遥かに力強く素早い。相手に洋刀サーベルすらも抜かせない速度で、踏み込みの斬り上げ。吸血鬼ヴァンパイアの胸板に刻まれた傷に沿って幻想的な炎がたちまち噴き出した。



『がっ、は……あ、ああァァァッ!』



 蒼炎からの死の抱擁。断末魔の悲鳴を上げ、地面でのたうち回る吸血鬼ヴァンパイアを一瞥すらせず、次の獲物を吟味する。

 一頻り視線を巡らせると、ただただ驚愕し呆然とする個体、目尻を吊り上げて警戒する個体、冷静沈着に戦力差を見極める個体など、同種の吸血鬼ヴァンパイアと言えども反応は様々。

 間を置かず、次に狙いを定めた唖然と立ち尽くす吸血鬼ヴァンパイアに、地面を蹴って肉薄。

 一陣の颯となって大通りを駆ける。



「――ッ!」



 道中、残りの二体に向けて牽制の【三日月の刃風】を放つ。

 俺を始点に飛び去っていく、鎌鼬のような衝撃波。突如として、荒れ狂う暴風が発生し、街路一帯の混乱が頂点に達した。


 その最中、二体目の吸血鬼ヴァンパイアの間近に迫り、無造作に槍を薙ぎ払う。

 刹那、力なくその場に崩れ落ちる吸血鬼ヴァンパイア



「次ッ!!」



 再び背後で青白い花火が咲いた時には、次なる標的との間合いを喰らい潰していた。

 敵に超越する身体能力と新たに手にした蒼炎の付与魔術。この二つの力によって、あれ程苦戦を強いられた吸血鬼ヴァンパイアの集団を一方的に駆逐出来ている。


 ――流石は、吸血鬼ヴァンパイア特攻とも言われただけの事はある。


 一振りで沈んでいく吸血鬼ヴァンパイアの集団。相手は誰一人として、此方の攻撃を咎める事すら出来ない。

 身体能力どころか、技量でも魔術でも相性でも劣る、吸血鬼ヴァンパイアに対して憐憫の情すら生まれてしまう。


 ――圧倒的じゃないか、我が付与魔術は!


 それは敗北フラグなので口にはしなかったが、内心の気分はまさにそんな感じ。


 半月前から一五階層の探索が劇的に向上し、俺を吸血鬼ヴァンパイアにとっての死神に変えた最大の要因こそが、槍に纏わせている蒼炎である。


 火、風、光の三種の複合属性にして、付与系統の魔術でありながら上級中位という作中トップクラスに習得難度の高かった大技。


属性付与エンチャント三重トリプル/渦巻く蒼竜の息吹】



「――これで、最後だッ!」



 何時の間にか最後の一体となった吸血鬼ヴァンパイアが、洋刀サーベルを眼前に構えて防御態勢を取る。能力で劣るだけに先手は譲り、返す刀でのカウンターに全てを賭けるつもりなのだろう。

 敵の意図を察しながらも、俺は迷わず全力の刺突を選択。

 ギリギリ吸血鬼ヴァンパイアが目で追える一撃が、洋刀サーベルの腹を捉えようとした寸前に、もう一段槍の矛先が加速した。



『ッ!?』



 これまでより、明らかに一つ上の次元で放たれた突きに、吸血鬼ヴァンパイアは戦慄したかの如く言葉を喪う。

 次の瞬間。



『カハァッッ!!』



 硬い鉄を粉々に砕く感触と、一転して柔らかい腹肉を裂く手応え。


 吸血鬼ヴァンパイアは、決定的に見誤っていた。これまでの戦闘で俺が本気を出している、と。

 だが、それは違った。本気を出したのは、最後の一瞬だけで、それ以外は準備運動レベルの挙動に過ぎない。


 それを誤解していた代償を、吸血鬼ヴァンパイアは命という対価で払ったのだ。

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