第34話 薔薇庭園



『良くやりました。貴方の献身にご主人様もお喜びでしょう』



 俺を中心に三角形の構図で包囲する三体の女中吸血鬼ヴァンパイア・メイド達。その中で、既に全身が真っ黒に焼け焦げた同胞を挟んで対峙した、一際背の高い女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドが、その言葉とは裏腹に無感動な眼差しで告げる。


 城館に侵入して以来、幾度も目にした、生存への無頓着さと獲物に対する執着心は、ご主人様とやらへの忠誠心の賜物なのか。

 肉体の強度や短剣の技量以上に、捨て身で襲い掛かる姿勢や同胞の犠牲を最大限に活かそうと冷徹に立ち回ってきた女中吸血鬼ヴァンパイア・メイド達の散りざまが脳裏を過る。


 ――いずれにせよ、もはや悠長に悩んでいられないッ!


 彼女達が一斉に襲い掛かってきたのと、ほぼ同時にこちらも動き出す。


 ここまで共に激戦を戦い抜いてきた、使い慣れた槍を手放し、女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドが放棄した、足元の短剣ダガーの柄を蹴り上げる。

 宙に浮いたそれを逆手で掴むと、地面を蹴飛ばし正面の敵に突っ込む。慣れない短剣ダガーに魔力を注ぎながら内心で一言。


属性付与エンチャント三重トリプル/渦巻く蒼竜の息吹】!


 短剣の刃先に蒼炎を這わせて、真正面から迫る敵の短剣を迎撃。

 超高速で衝突する刃と刃。されど、均衡は一瞬だった。

 鍔迫り合いの瞬間。渦巻く炎が勢いを増し、敵の手を舐めるように掠めると、短剣を握る力が弱まり、その隙を見逃さずに弾き飛ばす。

 だが、追撃するまでの余裕は無く、一旦そのまますれ違い即座に反転。



「ッ!!」



 そして、視界に飛び込んできた、背後から強襲中だった二人組の女中吸血鬼ヴァンパイア・メイド

 此方から見て左から振るわれる一閃を独楽の如く右回転しながら間一髪で回避。その回転を利用し、右手から一直線に差し迫っていた白銀の刃より、数舜素早く一閃。


 これまでは、これで勝敗が決した。しかし、今回ばかりは事情が異なる。


 ――やはり、短剣ダガーでは本来の力が出ないかッ!


 視線の先では、右斜め下に斬り払った傷口に沿って、瞬間的に燃え上がった蒼の焔。

 しかし、徐々にその勢いが弱まったかと思えば、吸血鬼ヴァンパイアの特性である自己修復能力に上書きされる形で傷が塞がり始めていく。

 いつもの槍であれば魔兵杖故の高い魔力伝導率もあって致命の一撃となった。されど、敵から鹵獲した短剣ダガーでは、蒼炎が本来の力を発揮できず、吸血鬼ヴァンパイアの不死性を凌駕する火力を発揮できなかったのだ。


 とはいえ、足止めにはそれで十分――。


 俺はもう一方の敵にターゲットを移す。

 左手からの強襲を回避した結果、こちらに対し背中を向ける形となった女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドが着地するなり振り返る――寸前に風の如く疾走し急迫すると、背中から一刺し。



「――先ずは、一人目ッ!」



 短剣で敵を背中らか深く抉り、蒼炎を体内から噴出させる。これには超回復の特性を持つ吸血鬼ヴァンパイアと言えども、耐える術などない。

 火葬された敵からすぐさま離れると、次は最初に刃を交えた女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドに狙いを絞り、気配がする方に身体を翻す。



「――ッ!」



 すると、相手も今度こそこちらの命を刈り取らん、とすぐ傍まで接近していた。それを向き直る途中に視界の端で捉えた俺は、振り向きざまに短剣ダガーを投擲。

 死角から忍び寄っていたつもりの敵が、逆に奇襲された事実に瞠目する。



『ッ!? フンッ!』



 数舜の間、動きを止めた背の高い女中吸血鬼ヴァンパイア・メイド

 しかし、瞬時に我に返り、目元に飛んできた刃を短剣ダガーで難なく打ち払う。

 そのほんの僅かに、こちらから意識を逸らした隙を突く形で、己の躯体を砲弾に見立てた体当たりを喰らわせる。



『がはッ!?』



 狙った訳では無かったが、身長差からか俺の頭が相手の顎を捉え、脳震盪でも起こしたらしく敵は短剣を手放した。


 ――絶好の機会だ、押し切れる!


 体重の乗った体当たりの威力で、無様に地面を転がる敵に容赦なく追撃。

 途中、走りながら相手が打ち払った短剣ダガーを回収し、立ち上がりざまの女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドを再び押し倒すと、その頸を一思いに刎ねた。



「ッ!……ッッ!?」



 瞬間、どす黒い殺気を感じて、即座にその場から退避。

 数秒前まで俺が居た場所には、浅く斬られ蒼炎に焼かれていた女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドが完全回復した姿で飛び掛かってきた。


 彼女は着地の態勢からすぐさま方向転換し、猛スピードで短剣ダガーが届く間合いまで肉薄。続けざまに腕を振るい、力任せの一撃を繰り出す。

 仲間をあっという間に殺された怒りか焦りか。

 先程より粗暴な剣筋ながらも心持ち鋭さは増している。



『ハァ!!』

「ッ!」



 風を纏う渾身の振り下ろしを、敵に対して真横を向くことで回避。鼻先を通過する白銀の刃が、痛みすら感じられる剣圧で肌を殴る。

 女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドは、次こそ仕留めると言わんばかりに興奮した様子で二手、三手と新たな連撃を放つ。


 ――一撃で仕留められないなら、吸血鬼ヴァンパイアと短剣の間合いで剣戟に付き合う意味は無い。


 一先ず攻撃の見切りに専念し、飛来する剣閃の嵐を紙一重で避け続けた。敵の攻撃が緩んだところで、短剣ダガーの間合いを嫌いバックステップで後退する。


 無論、敵は再接近を試みるが、時に往なし、時に受け止め、時に回避しながら、機会を見てバックステップで距離を稼ぐ。


 一見して敵の猛攻に手も足も出ず逃げ回っている構図。


 だが、それこそが此方の狙い。捕えられそうで捕えられないその現実に、敵は手数と剣速だけを追い求め、剣筋そのものは単調な軌跡を描き始めている。

 俺は荒れ果てた薔薇庭園に躓かないよう注意しながら、視野が狭くなった敵をある地点まで誘導。



『ハァ――!』

「……!」



 直後、痺れを切らしたように、敵は大振り気味で横薙ぎの前兆。その初動が大きくなった隙を見逃さず、戦闘が始まって以来、初めて一歩前に出る。



『ッ!?』



 女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドが振るう短剣ダガーが最高速に達する前に、右手で持つ短剣で出掛かりを押さえるのに成功。何度も観察してきただけあって、大振りのタイミングで出鼻を挫くのは最早造作もなかった。


 突然の反撃に相手は目に見えて動揺。

 間髪入れず、残る左手のカウンターストレートをその端整な顔面に叩き付けた。



『ぐッ!!』



 女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドがよろけながら数歩の後ずさり。

 口の中を切ったのか唇から一筋の血を流しながら、双眸を吊り上げ殺気を飛ばしてくる敵へ、短剣ダガーの刀身を軸に渦巻く風を解き放つ。



「――【三日月の刃風】ッ!」



 刹那、女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドを中心に暴風が発生。砂埃と共に吸血鬼の死骸である多量の灰が巻き上げられる。

 突然出来た砂塵の壁を見据えながら、俺は短剣ダガーを捨て去り足元に手を伸ばした。



「……ッ!」



 次の瞬間。濃厚な砂煙の中から、ボロボロに切り刻まれた女中メイド服の敵が飛び出した。見た目とは裏腹に、魔術で負った服の下の傷は再生しているようだ。

 無論、俺も超回復の特性を持つ女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドが、この程度で死ぬなどあり得ないと端から理解している。


 ――本命はこっちだ。


 女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドが、ある事に気付いて驚愕。

 敵の視線の先、こちらの右手には短剣ダガーの代わりに本来の武器である槍が握られているからだろう。相手の立場だと何時の間に回収したのか、と疑問に思うのも無理はない。


 ただ答えは単純だ。

 敵の猛攻を凌ぎながら、戦場に視線を巡らせていた俺は、焼け死んだ女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドの成れの果てである灰の中に埋まった槍の切先を発見。後は戦闘中に上手く立ち回りながら、意図的にこの場所まで移動してきたのだ。


 そうして、使い慣れた相棒に一撃必殺の属性付与を行使しながら、力強く宣言する。



「さあ、これで幕引きだ!!」



 俺が槍を回収しているとは思わず、無防備に飛び掛かってきた女中吸血鬼ヴァンパイア・メイドの胴体目掛け、蒼天を思わせる澄んだ焔が一筋の軌跡を描いた。

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