第42話 決着


『ベエエエエェェッ!!』



 槍を引き抜いて身構えると、最後に残った山羊の頭部が威嚇じみた咆哮を浴びせかけてくる。

 その叫び声に呼応するように、戦闘過程で広間の床に飛散した鮮血が蠢く。

 空中に浮遊した深紅の塊が、近接武器の輪郭を描いて刃先を此方へと向ける。


 直後、大小それぞれの朱い短剣や槍が、風を切り裂いて続々と飛来。



「ッ!?」



 全方位から殺到する朱い弾幕は、数十を超え百に近い。

 超人的な身体能力を以てしても、全てを回避するのは困難。単純に攻撃を凌ぐだけなら、過去の戦闘と同じく【溶岩津波】を発動し、盾代わりとするべき。だが、最終的に俺が選んだ選択は真っ向からの吶喊であった。


 視界を埋め尽くす、鮮血の刃の暴風雨。その中を加速と急停止を繰り返しながら駆け抜け、縦横無尽に槍を振う。

 捌き切れなかった一部の刃が、薄皮を浅く削り、血飛沫を散らせる。されど、致命傷となる深手は一つも貰わない。

 全身に裂傷を負いながらも肉薄する俺に、合成怪物キマイラは山羊の表情を強張らせた。


 射出される刀身の数は多いが、全自動で追尾してくる訳では無い。攻撃の軌道そのものは至って直線的で見切りは容易。


 戦闘活動に支障のある軌道の刃だけを冷静に打ち払い、少しずつ着実に前進していく。多少の掠り傷は奥歯を食いしばって耐え、防御よりも接近を優先。



『ッ!? ……べエゥァッ!』



 愚直なまでに白兵戦を挑もうとする此方の姿勢に、何か想うところがあったのか。

 折れ曲がった角を震わせて、眼下の小さな獲物に猛々しく吼える合成怪物キマイラ

 続いて、激情のままに獣の爪を握り締め、拳撃を放つ。

 瞬時に前進を中断し、その場から大きく後退。標的である俺を捉える事無く、地面に猛烈な速度の剛拳が激突。鼓膜を殴りつけるような粉砕音が広間に響き渡り、眼前の床が跡形もなく掘り返される。



「くッ!?」



 しかし、戦慄する間もなく、敵は人外の膂力で左右の前肢を交互に振り落とす拳打を繰り出した。地面を耕す乱撃を必死に身体を翻して躱す。相手はそんな此方の小癪な対応など知った事ではない、と言わんばかりに一切追撃の手を緩めない。


 振り下ろされる度に発生する衝撃波が全身を殴り付け、砕かれた大理石が散弾となって四肢を切り裂く。無数に刻まれた傷跡からは出血が止まらず、隔絶した怪力に翻弄される現状に、体力と精神が著しく削られる。


 ただし、敵の猛攻に防戦一方ながらも、反撃に転じる機会は常に伺っていた。

 相手も既に満身創痍。必ずどこかで息を入れるか、体力が尽きて反撃の隙が生まれる、と確信に似た憶測だけを拠り所に苦難に耐え忍ぶ。


 そして、それは己の願望が生み出した幻想では無かったらしい。

 敵の攻撃をやり過ごし続けて数分後。

 これまで途切れる事の無かった剛拳の暴風が唐突に止んだ。



『っ! ……メェッ!?』



 これまでに蓄積されたダメージと拳を打ち抜いた反動で、ふとした拍子に後肢の膝の力が抜け、数歩横滑りするが如くよろめいたのだ。

 それを目撃したと同時に、腰を深く沈ませて床を蹴り、電光石火の勢いで突進。



「おおおおおおぉぉぉッ!!」

『――ッ!!』



 迷わず突っ込んでくる俺に対し、合成怪物キマイラも目障りな小動物を薙ぎ払わん、と大蛇のしっぽを振るって応戦した。

 猛烈な速度で此方の横っ腹に迫る、漆黒の巨鞭。

 体勢を崩した状態でも放てる攻撃手段が存在した事実に、内心冷や水を浴びせられたような感覚を覚える。


 長大な尻尾は、広間の大半を射程距離に収める。従って、水平方向への回避は無意味。

 加えて進行方向に存在する柱や瓦礫を容赦なく粉砕する埒外の破壊力は、下手な防御など軽く捻じ伏せるだろう。



「――!!」



 俺は走り高跳びの要領で空中高く飛翔。宙を舞いながら紙一重で合成怪物キマイラが繰り出した薙ぎ払いの一撃を回避。

 瞬間、山羊の頭部が片頬を歪めて嗤う。それを見て、今更ながらに空中に誘い出された事実に気付く。



『ヴゥ、エエエエォォォォ!!』



 合成怪物キマイラは、尻尾の遠心力を利用して体勢を強引に立て直す。そして間髪入れず、上空に漂う哀れな獲物を握り潰そうと両前肢で掴みかかってきた。



「ッ!? ――ッ!!」



 万力の如き握力で握り潰されては一巻の終わり。

 俺は反射的に【三日月の刃風】を射出した。

 ただし、急襲する怪物の腕では無く、真下の地面目掛けて。



『!?』



 合成怪物キマイラの驚愕した様子が目を見張る。その時、俺は分の悪い賭けに勝ったのだと直感的に察した。

 撃ち出された衝撃波が暴風を発生させると、風に乗ってより高く舞い上がる事に成功。結果、標的を見失った獣の両手は、虚空を掴むだけ。


 俺は交差させた状態で虚しく空中を彷徨う右前肢に膝をついて着地。刹那、敵の肢を足場にして山羊の顔面へと突っ込んでいく。

 疾走しながら右肩を引いて、槍の切っ先を敵に向ける。

 瞬く間に、見開かれた深紅の双眸に映る俺の姿が大きくなる。


 放つは、己が最も得意とし、最速を誇る渾身の刺突。槍の矛先に蒼炎が渦を巻いて火の粉を散らした。



「ハアァッッ!!」



 眉間を穿つ一閃。

 眉骨を喰い破った槍は、減速する事無くそのまま突き進んで、山羊の頭部を貫通した。最早出し惜しみする必要もない魔力を全力解放し、貫通部分から濁流に似た蒼の奔流が迸る。


 そして、遂に合成怪物キマイラの自己修復能力が臨界点に達した。

 山羊の顔面が猛烈な勢いで炎上すると、燎原の火の如く蒼炎が相手の全身に蒼炎が燃え広がっていく。



「……」



 激戦によって荒れ果てた広間の床に着地し、改めて顔を上げる。視線の先で、断末魔を上げながら膝から崩れ落ちる合成怪物キマイラ

 俺は瞬き一つせずに、強敵の末路を食い入るように見つめる。

 一頻り蒼炎が燃え盛った後には、黒焦げになった巨躯が地に横たわっていた。

 やがて、尻尾の先や四肢の端から多量の灰に変わっていく。



「ッ!? ―――――!!」



 その光景を何処か現実感もなく眺めていると、ガチャンと部屋のロックが解除された音が耳に届く。

 我に返った俺は、眼下の光景が意味するところを理解し、天を仰いで勝利の雄叫びを轟かせた。





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 第一部はこれで完結です。

 ダンジョンパートは、第二部以降では少なくなり、本格的な原作介入と暗躍がメインになるかと。ある程度書き溜めしたら、来月中に一気に投稿します。


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方舟大戦 〜ディストピアエンドが約束された終末世界で人類の管理者になる〜 八咫ハルト @yataharuto

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