第35話 城館内部
城館の内部は不気味なほど静かだった。
正面の玄関から侵入し、視界の隅に見えた木製階段を一段一段昇りながら、槍を小脇に抱え、急な襲撃に備える。
ただ、その警戒も杞憂に終わり、何事も無く階段を上り切る。
二階に立つと、堅牢そうな巨石を積み上げて構築された通路。相変わらず魔物の気配も無く、壁掛けの燭台に設置された蝋燭の灯火だけが時折揺らめいていた。
「よし、いくぞ」
薄闇に包まれた廊下を淡く照らす蝋燭の灯りを頼りに、通路の奥へ奥へと歩みを重ねていく。
カツン、カツンと自身の足音が廊下の奥まで反響。足音を殺そうとしても発生する、
――あれだけ薔薇庭園で大立ち回りをした以上、俺の侵入はバレているだろうが、だからと言って正確な現在地まで、ご丁寧に敵さんへ教えてやる必要も無いのだがな。
一五階層の
されど、そんな心配とは裏腹に、一向に現れない新手の魔物。
「なんで居ない?……外出している訳でもあるまいに」
城館の外では襲撃に次ぐ襲撃だっただけに、若干拍子抜けしてしまう。
感覚を研ぎ澄ませても魔物の気配すら感じられない現実に、もしかして薔薇庭園に出張ってきた敵が城館の戦力全てだったのか、と緊張感が弛緩しそうになる。
そう油断しかけたのも束の間。それが誤りだった事に気付く。
「……」
途中、廊下の右斜め前方にある扉の前で微かな気配を感じ取る。その部屋までの距離は一〇m弱。
廊下に足を踏み入れてからは遭遇戦を警戒し、常に神経を尖らせていた俺が、ここまで接近しなければ察知できなかった事実から、敵は息を殺して奇襲の機会を伺っていたのだろう。
「ふう……」
俺は戦闘を覚悟したが、歩幅の間隔を乱さないように努める。此方が気付いたことを相手側に悟らせる利点もないからだ。
内心の昂りを押さえつけ、表面上は今までと何ら変わらない態度で廊下を歩く。規則的な足音が静まり返った縦長の空間に響き渡る。ゆっくりと握り直した右手の魔兵仗に蒼炎を行き渡らせながら、ただその時を待ち構える。
そして、その部屋まで残り三mの距離に接近した直後、一息に床を蹴り抜く。
「フッ!」
電光石火を体現する加速力。変化の少ない通路である事情も相まって、主観的な視点でも瞬間移動したかのよう。
一瞬で扉の前まで躍り出ると、扉越しに属性付与された神速の刺突を繰り出す。
『ガッ!?』
グザッ、と肉を抉った手応え。
すぐに槍を引き抜くと、矛先に赤黒い血が付着していたが、気にせず扉を蹴破って部屋の中に突入する。
「……ッ!」
部屋の中には、二体の
部屋に潜んでいた敵の誰もが、こちらに不意を突かれ、咄嗟の行動に移せない。
そんな様子を尻目に、奇襲された衝撃から立ち直れていない、入口近くの
『!?』
蒼い焔にくるまれながら宙を舞い、地に落ちる敵の頭。
その光景を目撃して、ようやく一斉に
「ハァッ!!」
しかし、身体能力の差から、一歩俺の行動が勝る。
数に任せて突っ込んできた敵を一瞥し、上半身ではなく下半身を目掛けて薙ぎ払う。短剣と槍のリーチ差から防御は不可能。
こちらの殺傷距離に深く踏み込んだ二体の
『ギャアアアァァ!!』
足元から噴き出す蒼炎に呑まれ、断末魔を上げる彼等は既に関心の外。俺はその場を蹴って、運よく範囲外に逃れていた
もう不意打ちや奇襲は通用しないだろうが、一対一の戦闘になった時点でその必要もない。
「見せて貰おうか。吸血鬼のダンスの腕前とやらを!!」
どこぞの赤い彗星を真似た台詞を吐く余裕すら見せながら、掠り傷すら致命傷になる突きを牽制気味に幾度も放つ。相手は必死な形相で避けるが、密閉された部屋の中では、逃げ道もおのずと限られる。
『!!……ガハッ!?』
部屋の隅に追い詰められた
壁や槍を強く叩き逃れようとした瞬間、彼女は地獄の業火に巻かれて絶命。
――室内という地の利を活かす立ち回りをやられたら、苦戦したかも知れないが、逆奇襲が成功したお陰でスムーズに処理できたな。もしかすると、吸血鬼達の狙いもそれだったのか?
全滅した
薔薇庭園での戦闘過程を知っていたなら、多数で襲うにしろ開けた場所では勝ち筋を見出せないと判断してもおかしくは無い。
遠距離攻撃や広範囲を巻き込む魔術に、長物の槍を持つこちらの動きを制限する為、部屋に誘い込んで袋叩きにしようと目論んだのではないか。
その答えを知る相手は既にこの世にいないが、戦闘の結果を見る限り、彼等の思惑は外れたとしか言えない。
思考を断ち切り、再び城館の探索に戻る。
部屋を出て右を見ると、廊下の奥に薄っすらと三階へと続く石造りの大階段が見えた。道中にある他の扉も押し開け、部屋がもぬけの殻である事を確認しながら、上層を目指して歩みを速める。
二階の敵はあれで打ち止めだったのか、新手と遭遇する場面も無かった。
「……嵐の前の静けさ、か」
薔薇庭園での戦闘を含めてなお、城館の規模と部屋数の割に少ない遭遇戦。奇妙な違和感の正体は、口を突いたその呟きが、一番的を射た答えに感じられた。
煌めく蠟燭の灯りに導かれるように、階段の前まで辿り着く。
「鬼が出るか蛇が出るか……まあ、その二択なら
肌を刺すような冷気が発せられる三階フロア。それを一度だけ見上げ、詰まらない冗談を口にしながら、意を決して足を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます