第30話 ヴァンパイア



 丘の上に建てられた洋館とそれをぐるりと取り囲む城壁。

 地下迷宮ダンジョン一五階層ワンフロア全てを占領するそれは、挑戦者を待ち受けるが如く、遥か彼方から見下ろしている。


 峡谷の谷路が続くだけの一〇、一一階層。廃墟化した貧民街が広がる一二~一四階層も初めて見た時は、とても地下にあるとは思えない光景に圧倒されたが、幻想的で厳かな威容の城砦がそそり立つ最下一五層と比べると、文字通りスケールが違う。



「遂に最下層か……」



 中級地下迷宮ミドルダンジョン【秘められし亡者の楽園】に潜り始めてから、もうすぐ一年が経つ。これまでの攻略過程を思い出し、短くも情感にあふれた言葉が口を突く。


 しかし、それも束の間の出来事。


 直ぐに集中し直して周りに視線を走らせると、丘の頂上に続く長大な坂道を発見。

 丘の中腹でくの字に折れ曲がっているが、一本道であるらしく、道なりに歩いて行けば洋館まで辿り着けるようだ。


 念の為、他に道がないか丘の麓を探索してみたが、一瞥した限り別の選択肢は無いようで、仕方なくそちらに歩み寄り、道の両脇に生える木々や岩の物陰を警戒しながら、駆け足気味に昇っていく。


 仕様なのか偶然なのか不明だが、道中で魔物モンスターと遭遇する場面も無く、坂道を歩き続けて一〇分少しで、城壁付近まで到着。同時に、これまでの順調な道中が嘘だったかのように、歩みの強制停止を強いられる。



「城門か」



 視線の先には、身の丈の何倍にも届きそうな両開きの城門が行く手を阻んでいた。


 そして、城門があれば門番が存在するのも必然だとでも言いたいのか。何処からともなく血の霧が発生し始め、嫌悪感を催す二つの血の塊を形成したかと思えば、次の瞬間には人の姿を形作り顕現する。



『…………』



 軍服に似た共通の服と黒い外套を羽織り、剥き出しの牙と異常に吊り上がった真っ赤な両眼以外は、一見して普通の人間と大差ない、その魔物は高位の不死者アンデッド種として有名な【吸血鬼ヴァンパイア】であった。



「そうか……一五階層からは、本物オリジナルが出てくるんだよな」



 一二階層以降からは、【下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイア】と【半吸血鬼ハーフ・ヴァンパイア】が主に出没してきたが、正真正銘の【吸血鬼ヴァンパイア】と対峙するのはこれが初めて。

 推定位階レベルは六〇の一歩手前というところか。

 それを二体同時に、相手取らなければならないのだから、最近位階レベル五四に到達した俺でも気を抜ける相手ではない。


 すると、目の前に現れた男女それぞれの吸血鬼ヴァンパイアは、機械的な口調で淡々と告げる。



『――侵入者の接近を感知』

『警告、此処は我々の管理区域です。部外者は直ちに引き返しなさい』



 これまでの意味をなさない奇声を上げる事しか出来なかった紛い物とは異なり、本物の吸血鬼ヴァンパイアともなると、言語能力が備わっているらしく、ご丁寧にも警告を発してきた。

 此方を静かに見つめる無機質な四つの瞳からは感情が全く読み取れないが、もしかすると対話が可能かも知れない。



「やあ、久しぶり、二人とも。今も門番やってるんだね、ご苦労さま。……ん? なんだその顔は、もしかして俺のこと忘れたとか? 俺だよ俺、都会で一旗揚げてやるって言いながら、ここを飛び出していった八百屋の息子のクリスだよ。偶に二人は買い物に来ていたよね? アレ違う?」



 実は顔見知りだった設定で侵入を試みようと、俺は馴れ馴れしく彼らに近寄る。



「まあ、いいや……とにかく、偶々用事で近くまで帰って来たからさ、折角だから少しだけ実家に立ち寄らして『――敵対意思アリと判断。対象の排除を進言します』『同意。武力行使による排除を実行します』――いや、待て、待ってくれ。こういう詐欺もあるってデモンストレーションのつもりだったんだ! 悪気は無かった、話せばわか『武装解除に応じた時のみ降伏を認めます』問答無用かよッ!? お前ら人間じゃねぇ!!」



 対話の姿勢を即刻切り捨てた吸血鬼ヴァンパイアに、罵倒にならない罵倒を浴びせながら、右手で握っていた魔兵仗を両手で構え直す。



『『――ッ!』』



 二人組の吸血鬼ヴァンパイアも腰の刺したサーベルを抜き放ち、それぞれ二手に別れて突っ込んでくる。一方が必ず此方の死角に回り込む立ち回り。初手から人間に近しい知性を感じさせる連携の動きに内心で唸る。



「!……フッ!!」



 数的優位を活かし、襲ってくる相手に待ちの姿勢は愚策。

 その結論に達すると、即座に付与魔術と肉体強化を行使。強化された脚で地面を蹴り抜き、先ずは斜め左前方の女型吸血鬼ヴァンパイアに狙いを絞る。


 吸血鬼ヴァンパイア系の魔物とは、これまでも戦闘を重ねてきたが、吸血鬼ヴァンパイアはその種類によって戦い方も大きく変わる。


 一二階層から一四階層に出現した、下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイア半吸血鬼ハーフ・ヴァンパイアは、主に鋭利な長爪や鋭い牙を使い、身体能力に任せた野性味に溢れた戦闘スタイルだった。その人間と獣が同化した様な変幻自在の戦闘スタイルに度々苦しめられたのは、記憶に新しい。


 されど、一五階層で遭遇した正真正銘の吸血鬼ヴァンパイアは、かなり人間に近い戦闘スタイルを見せる。

 先ず嚙みつきや素手で襲い掛かるような攻撃は無くなり、替わりに洋刀サーベルを武器とし、独自の剣術を収めているようだ。刃を交える都度、そこには明らかな武術の形跡が見え隠れする。


 だが、正直な感想として、その技量はお世辞にも高いとは言えなかった。無論、それでも白兵戦に秀でた魔導師並の技量はあるのだろう。


 とはいえ、その高い位階に準じた超人的な身体能力を除けば、単純な技の冴えや剣術の熟練度など、日頃手合わせする間柄のグレンを始めとする一握りの天才とは、比べるまでもない。

 そして、それはグレンと並び評される白兵戦に特化した才能の持ち主にとっても同じ。



「――遅い!」



 ましてや、俺の場合は、グレンより有利な条件が重なる。

 中級地下迷宮ミドルダンジョンの最下層に生息する魔物と俺の位階差は、既にほぼ変わらない。

 むしろ、持って生まれた素質の差から身体能力で劣るどころか、僅かに上回っている節すらある現在の俺は、対人戦の慣れの違いもあり、当初の予想に反して数的不利でありながら、優位に立ち回れていた。



「ッ!! そこッ!」

『――!?』



 女吸血鬼ヴァンパイアの拙い技量から繰り出される斬り付け。それを軽くあしらい、幾度目かの攻防の末に、大きく洋剣サーベルを跳ね上げる。

 必然、敵は態勢を崩し、無防備な隙を俺に晒す。絶好のチャンスを見逃す道理などない。螺旋の風を纏った神速の突きが、その細身な脇腹の肉を抉り取る。



『……ハガッ!』



 堪らず、女吸血鬼ヴァンパイアは、洋剣サーベルを杖にして片膝を突いた。こちらが止めを刺すべく近寄ると、威嚇するように双眼を吊り上げ凝視してくるが、今この瞬間も夥しい量の出血は続いている。


 ――下手に武術を齧っている魔物などカモでしかない。そう言ってしまえるだけの力関係が両者の間には存在した。


 これならば下層で闘ってきた下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイア半吸血鬼ハーフ・ヴァンパイアの方が、次に何をするか安易に予測が付かず、やりずらい相手だったというのが正直な感想。


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