第29話 マリオン・ビギンズ



「でも、まあ、クリスの言いたいことも分からなくはないか。あそこまで余裕のある勝ち方を見ると、これが初の迷宮主ダンジョンボス戦である事を忘れて、ステラに更なる出来を求めてしまう気持ちは俺にもあるから。そういう意味では、せっかく仲間も居るし、もう少し連携を意識した闘い方でも良かったかもな……マリオンはどう思う?」



 グレンは小鬼ゴブリンの魔晶石を回収し終え、近寄ってきた人物に声をかける。


 金髪のショートボブにステラと然程変わらない華奢な体格に透き通る白い肌。初対面では中性的な美貌も相まって少女なのかと誤解する者も多いが、これでも立派な少年である。


 彼マリオン・ビギンズは常日頃からステラと地下迷宮ダンジョン探索を共にしているメンバーの一人。今回の迷宮主ダンジョンボス戦も、厳密にはステラとマリオンの二人組での攻略だった。



「……えっと、やっぱり、ぼくじゃまだ迷宮主ダンジョンボスは荷が重かったみたいです……一応、雑兵の小鬼ゴブリンを処理し終えた後には、ステラさんと小鬼騎士ゴブリン・ナイトの戦闘に介入する機会を伺ったのですが、余りの迫力に足が震えてしまって……」

「……そうか」

「たぶん、無理にぼくと併せようとしても、ステラさんの邪魔にしかならなかったかな、って」



 規格外のステラに次ぐ次席であっても秀才の域を出ないマリオンに迷宮主ダンジョン・ボスとの戦闘はまだ早かったらしい。

 もっとも、本来は半年余りで迷宮主ダンジョンボス討伐など、出来ないのが当たり前なのだが、ステラの戦闘を間近で見届けたマリオンは、思っていた以上のステラとの実力差に深いショックを受けたようで、見るからに落ち込んでいた。


 何と言っていいのか分からず誰もが口を閉ざす中、俺は暗くなった雰囲気を敢えて無視して言い放つ。



「ふん、ステラの足など幾らでも引っ張ってやればいいだろう」



 予想外の言葉だったのか、マリオンは顔を上げ、ぎょっとした表情を向けてくる。その彼が口を開くのを待たずに、そのまま言葉を続けた。



「初めのうちはステラに尻拭いさせてでも貴様が強くなることに集中すればいい。むしろ、どんどん迷惑をかけてやれ」

「はあ!? 何好き勝手なこと、言ってくれちゃってるんですか!?」



 その発言にステラが噛みついてきたが、少し思案した後、一度頷いてグレンも言葉を紡いだ。



「……ふむ、一理あるか」

「ええ!? 兄さんまで、どうしてですか!?」

「ステラ、幾ら強かったって一人で出来る事には限界がある。特に背中を預けられる仲間の存在は、時に強力な魔術や戦技より心強い。今回だってマリオンが雑兵を担当してくれなければ、もう少し苦戦したはずだろう?」

「……私は接近戦しか出来ない訳じゃありません。雑兵を一掃する広域制圧系の大規模魔術も戦闘の合間に隙を見て放てる余裕はありました」

「ステラの無尽蔵な魔力があれば、一対多数の戦闘も難なく遂行で出来たかもしれないけど、複数の役割を同時にこなすのは、二人の時より遥かに負担が大きい。それに直接的な力の強さだけが戦闘の勝敗を決定づける全てじゃない。マリオンとステラの強みをお互いに活かせる連携を身に付けた方が、取れる選択肢も増えて今後の役にも立つだろう。その為には、今はステラがサポートに回ってでも、マリオンに経験を積ませて重点的に鍛え上げた方がいい、と俺も思う」

「どのみち、貴様の実力だと、既に初級地下迷宮ビギナーダンジョンでの戦闘など、楽勝過ぎて位階上げ以上の意味を持たないだろうがッ! そのぐらいなら、マリオンのサポートに回ってやれ!」



 グレンを盾の如く扱い正論を重ねる俺に、唇を噛みながら此方を睨めつけるステラ。

 その様子を見ていたマリオンは、三人に向き直って口を挟む。



「しかし、グレン先輩、クリス先輩……流石にそれは……ステラさんに申し訳ないです。自力で強くなるぐらいじゃないと、ステラさんにも見捨てられてしまうでしょうから」

「ハハハ、それはおかしな話だな。……このステラは、実力が破格の代償に性格も傲慢極まりないもので同級生にも除け者にされているらしいではないか! それこそ、未だにこやつと組んでいるのは、マリオンの如きお人好しだけなのだろう? それでは貴様が見捨てる事はあっても、貴様が見捨てられることは無かろうよ!」

「それは自己紹介ですか? お前だけには死んでも言われたくないです。お前こそ兄さんに見捨てられないよう精々気を付けるんですね!」



 真横で繰り広げられる低次元の争いに、グレンは溜め息を吐きながらマリオンに視線を合わせる。



「マリオン、俺からもお願いだ。どうか、ステラの事を支えてやってくれないか?」

「兄さん! 戦闘でサポートするのは、私ですよ!!」

「……クリスの言ではないが、そういうのならせめて、マリオン以外の友人を一人でも多く作ってから言ってくれ……」



 不満げに言い募るステラに、グレンは額に手を当てて言い返す。

 そのやり取りを見て、この場で一番実力の劣る自覚がある後輩の少年は、自信なさげにグレンを仰いで言う。



「努力はしますが……彼女の背中すら見えないぼく程度がステラさんと肩を並べる事が許されるのか、正直不安で……」

「さっきも言ったが、実力が近しくなければ助け合えないという訳じゃない。それに、もう半年を超えてマリオンを見てきたが、ステラを超える座学成績や幅広い知識に、戦闘時の冷静な判断力は一目も二目も置かれて然るべきものだ。もっと自信を持ってくれ。同級生の中で、ステラ唯一の友達という理由だけで頼んでいるんじゃない」



 グレンの力強い訴えかけに応えて、マリオンも真っ直ぐに見つめ返す。



「分かりました。そこまで期待されて応えられない程、男を捨てたつもりはないです。自分の出来る事を精一杯やらせていただきます」

「ありがとう! 心強いよ、マリオン!」



 力強く握手を交わし合う二人を遠い目で眺めて、ステラはふてくされた様子で最後に呟いた。



「……ここまで私の意見無しですか……別に良いんですけど」

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