第27話 三日月の刃風



「俺を舐めるなァァァッ!!【吠え狂う三日月の刃風】ッ!!!」



 激情の発露に続いて槍に旋風を纏わせると、正面に円弧を描く横薙ぎの一閃。

 瞬間、槍から放たれた鎌状の衝撃波が、一直線に飛び去っていく。

 疾風の如く加速する魔術と突撃中の首無し騎士デュラハンは、一秒と掛らず邂逅。

 砂塵を巻き上げて石畳の道を這うように直進したそれは、馬の脛辺りに直撃した。



『ヒヒィィィ――――ッ!?』



 唐突な激痛に悶絶した様子で絶叫を上げ、突撃を中断して暴れ始めた馬。

 しかし、脚を止めてしまえば、後は動かない的でしかない。手を緩める理由も無く、更に二閃、三閃と槍を振い、次々と鎌鼬のような暴風が、馬と首無し騎士デュラハンに向かって殺到。その立派な躯体の至る所に斬傷を刻み込んでいく。



【吠え狂う三日月の刃風】とは、中級下位の風魔術【三日月の刃風】を連続で放ち続ける中級上位の放出系統風魔術。

 クリスのような槍使いや剣士が扱える数少ない遠距離攻撃手段として方舟大戦シリーズでも有名メジャーな魔術だった。

 なお、ゲームの頃だと習得にはレベル制限があり、クリスの場合はレベル三七。


 ただし、現実となった方舟世界では、ゲームと違って本人の魔術センスと魔力保有量の条件さえ満たしていれば、厳密な位階レベル制限はない。放出系統魔術に適性がある側面を差し引いても、低位階レベルで強力な放出系魔術を使いこなしているカレンなどが、まさにその古典的な例。

 現に俺自身、剣士、槍使いスタイルで扱える汎用性の高い遠距離攻撃手段の【三日月の刃風】とその発展系の【吠え狂う三日月の刃風】は、早い時期から習得を試みていた。

 もっとも、放出系統の魔術に大した適性が無い俺では、低位階レベルの段階で連続行使すると、魔力消費や精神の疲弊が大き過ぎ、以後の戦闘に多大な問題を引き起こした事から、緊急時以外では使いどころが滅多に無かった。

 なので、【三日月の刃風】や【吠え狂う三日月の刃風】を本格的に戦闘で解禁したのは、つい最近の話に過ぎない。


 そして、これまで温存してきた魔力と魔術を、後先考えない思考で連射。



「最初に騎乗戦闘を仕掛けておいて、飛び道具が卑怯だとは言ってくれるなよ、首無し騎士デュラハンッ!」



 一〇を超えて数えるの止めてからしばらく。敵の周囲には濃い砂煙が舞って、その姿が見えなくなる。

 視界が遮られ、挑発的な言葉を吐き捨てたところで、脳死同然の魔術射出を中断。


 そして、モクモクと立ち込めた砂塵を凝視していると、その中から猛スピードで黒い影が真上に飛び上がった。



 ――本体の方は生き残ったか……!



 飛び出してきた影の正体は、馬に騎乗していた首無し騎士デュラハン

 後方に視線を移すと、黒の巨躯を鮮血の朱で染めた馬が息絶えて横たわっている。【三日月の刃風】に全身を切り刻まれ、傷が無い場所の表面積の方が少ない有様。

 されど、本体たる首無し騎士デュラハンは、愛馬が盾代わりとなったからか、甲冑をボロボロにされながらも生き残っていた。



「はあっ、はあっ……っ!」



 一方、俺も慣れない放出系統魔術の連続射出に、精神的に酷く消耗。

 ただし、此方の戦意が衰えていない事実を示すかのように、首無し騎士デュラハンが、小脇に抱えたヘルムを鋭く睨む。

 敵は敵で愛馬を無惨に虐殺され、怒りが頂点に達しているのだろうか。暗闇の奥から覗く二つの瞳には、ハッキリとした憤怒の感情が迸っている。


 必然と視線が交錯し、お互いの激情をぶつけ合う。


 空気に触れる肌が痛いほどの緊迫感。

 やがて、大剣を頭上で突き出すように構えた漆黒の騎士は、態勢を低くし足裏に力を込めたかと思うと、一呼吸の間を置いた――次の瞬間に石の床を蹴り抜いた。



「ッ!?」



 身に纏う重装備からは想像できない埒外の速度。

 だが、冷静に先程までの人馬一体な猛進と比較すれば、威圧感も加速力も見劣りする感は否めない。

 そう分析したと同時に、脇目も振らずに連続のバックステップを断行。

 続いて、後ろに逃げながら相手に見せ付けるように、横薙ぎの予備動作を行なう。その行動は、これまで幾度となく繰り返してきた【三日月の刃風】射出の前兆に他ならない。



『ッ! ァァァァァッ!!!』



 瞬間、全身から更なる怒気を立ち昇らせる首無し騎士デュラハン。何処までもアウトレンジに徹しようとする俺に対し、風が吹き荒ぶような怒声を上げ、激情を叩き付けてくる。


 その声に押されるように、視界に映る敵の姿が一段と大きくなった。

 純粋な俊敏性は、馬を喪った首無し騎士デュラハンより俺が上回っているのは間違いない。

 されど、前進と後退の差から、直線の加速では著しく不利。当然ながら、段々と相対距離が零に近付いていく。

 しかし、そんな事は端から理解していた。徐々に間合いが詰められる中、俺は焦らずタイミングを見計らう。


 そして、あと数秒もあれば、首無し騎士デュラハンの有程距離に入る――そのタイミングで地面を削ってブレーキを踏む。



「ッ! うおおおおおおおォ!!!」



 膝に恐ろしい負荷。顔が歪みそうな激痛を、腹の底からの咆哮で誤魔化す。

 次いで脇に槍を抱え直しながら、流れる動作で膝を折り曲げ、溜めたエネルギーを一気に解放。



「泣いて喜べ! お望みの通り、白兵戦だッ!」

『ッ!?』



 敵が左腕で抱き抱えたヘルムだけを見据え、電撃的に吶喊。

 両者が全力で距離を詰めた結果、あっという間に肉薄する。

 こちらの奇襲的方向転換に、首無し騎士デュラハンは目測を誤り、慌てて大剣を振り下ろそうとした。


 しかし、全てはもう手遅れ。


 神速の刺突が、首無し騎士デュラハンヘルム共々胴体を串刺しにする。

 その強烈な衝撃で大剣が手放され、回転しながら宙を舞う。

 一呼吸の間を置いて、背後で振動を生む轟音。



『ァ……ァァ……』



 されど、明らかに瀕死の重傷を負ってなお、抵抗の意思は無くならないらしい。右手の掌を固く握り締めて、俺の脳天を殴りつけようとする。

 だが、それより僅かに早く、俺は残り少ない魔力を槍の柄に注ぎ込んだ。



『……――ッ!?』



 すると、貫通部分から炎の竜巻が発生。

 瞬く間に、漆黒の甲冑が緋色のカーテンに包まれる。

 同時に、それが残りわずかであった首無し騎士デュラハンの生命力を削り切る止めとなったのだろう。

 敵はだらりと握り締めた拳を降ろし、永遠に沈黙したのだ。



「…………」



 やがて、身体の端から灰と移り変わり、崩壊していく騎士の亡骸。それが峡谷に吹いた風に乗って散っていくのを確認し、魔兵仗を引き戻す。

 そして、灰の中に埋もれた、これまでで最大サイズの魔珠石を回収した後、疲れ切った身体に引きずるようにして、その場を後にした。


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