第31話 還元
第31話 還元
「え?これって私の魔力?え!え?」
「この湯船はシイナさんの凝り固まった魔力で充満しています。それを分解して浄化した魔力を柚子として戻しているんです。ちゃんと補給されてないのにその供給を絶ったら一気に魔力が抜けてそれこそゴーストになっちゃいますからね」
「まぁ、このまま湯船に浸かっていてもいつかはゴーストになっちゃうんですけどね」
リンの言葉に雛野が一言を加える。
「じゃあ、どうすれば良いの!?もう!」
「まぁ、取り敢えずはゆっくり晩酌でもしましょう〜。さぁさぁ、ぐいっと!」
リンが徳利に柚子の果汁を搾り、お猪口に注いだ。
「この際ヤケだ!」
リンから受け取ったお猪口と徳利の中身を一気に飲み込んだ。
「だから、仕上げしちゃいますよ〜」
パンパン
『『『『メェェェェェェー!』』』』
リンの手拍子で勢いよく羊が泣き出し、シイナの周りに集まって体をなすり付けていく。
「え?ちょっとちょっと〜?」
戸惑っている内に羊にもみくちゃにされていき一頭がシイナの身体へと吸い込まれていく。
一頭が終わるとまたその次が。あっという間に数十頭が入って行ったのだ。
「どうなってるの?」
「魔力を戻してます〜魔力凝りを治して浄化した魔力を戻したので気分が良いんじゃ無いですか?これで魔力が体内で暴発することもないですよ」
「本当だ。じゃあ。もう湯船から上がっても大丈夫なんですか?」
「あ、ダメダメ。でも、出たいなら出ても良いよ」
「出ませんよ!何か雛野さん意地悪ですね」
「え?そうですかね?意地悪ついでにこんなのはどうですか?後、凝り固まっていた魔力はまだありますけど後で渡しますね。迷惑料として少し貰います」
シイナの後ろに空間が裂け青い扉が開かれた。
「ごゅっくり」
そう言い放った途端にその扉の前からシイナが消えて扉も共に消えた。
「ふぅ〜!疲れたー。今日魔力使いまくり」
「お疲れ様です。でもひと段落しましたねー」
「そうですねー。防御魔法の代償は大丈夫ですか?」
「微妙ですね。中々魔力が回復しません〜。でも、私もシイナさんの魔力に触れれば治りが早くなりますかね?」
左腕を一回撫でると稲妻の様に黒く焼け焦げた傷が浮かび上がる。
「試してみる価値はありますよ」
「ですよねー」
柚子の木の下まで行くと怪我をしている腕を前に出す。葉に付いた水滴が傷に滴ると緑色の炎が燃えあっという間に傷が無くなっていった。
「これが答えですね。因みにこの魔力は回収して保管しときましょ」
柚子の木に向かって息を吹きかけると小さな種に戻っていった。
「ん...?ここってどこ...?」
冷ややかな浮遊感にシイナの身体が包まれた後に目をゆっくりと開ける。視界は一寸先ですら見渡すことのできない霧に包まれ、素足で感じる地面からは生きているかの様にじんわりと熱を感じた。
「温泉はどうだった?」
声が聞こえてきた方を振り向く。服も着ていない中で言葉を喋る魔物に襲われてしまったらひとたまりもない。体をかがめ、地面を武器になる様な石が無いかと探すのだが、それらしき物は見つからない。
(早くどっか行って...)
今、自分が何処に居るのか分からない中で優先されるのは身の安全。幸い、体は暖かく体温が奪われていく心配は無いのだがそれ以上に魔物に襲われる恐怖が身を支配した。
「そんなところでしゃがんでどうかした?」
「うっひゃぁ!」
警戒していた方向とは全く別の背後から耳元で囁かれる。
霧にもだいぶ目が慣れてくるとそれが黒い施術着に身を包んだシルだと一眼でわかる。
「ちょっと、脅かさないでよ!もう〜!」
「驚いたのはこっちだよ。風呂上がりとは言え、まさかそんな攻めた格好で来るとは思ってなかった。鱗が所々剥がれて白い肌が見えるけど逆に唆るね」
シルが人差し指に小さな火を灯し、シイナの身体が良く見えるように照らす。
「ちょっと!どこ見てるの!?急にこっちに運ばれてきたんだよ!」
さっきまでは気にも留めなかった事だが、温泉から出た途端にいくら同じ性別の者に見られているとは言え、羞恥心が込み上げてくる。
それどころか部分的に鱗が剥がれたせいで悶えるほど恥ずかしいのだ。
「ってことはあの二人、ちゃんと説明しなかった訳か。ちょっと口開いて」
「え!?ちょっ...」
言葉の後、間を開けずにシルがシイナの口に指を突っ込む。もうそれは少し口の中に触れるというレベルではなく、強引に入れえずく程だ。
「アルコールは抜けてるし、大丈夫かな。このまま施術しちゃお」
「いきなり何するの!?オェッ」
「ん?確認。マッサージの前にアルコールが体に入ってると危ないからね。指にアルコールが付着したら発火するぐらいの魔力を流して燃えるか見てみた」
「もし、アルコールが抜けてなかったら?」
「口の中は火傷じゃ済まなかったかもね。良くて全身こんがりコース?」
「火だるまじゃん!しかも、首を傾げるぐらい定かじゃない火力でアルコール検査した訳!?」
「まぁ、何ともなかったしいいでしょ。じゃあ、いくよ」
シイナの頭に浮かんだのは不安という二言。しかし、そんなことを理解しているはずもなくシルがキリの中を進み、人差し指の小さな明かりを頼りにその後を追いかけていく。
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