第10話 2日目の悲劇

第10話 2日目の惨劇



 そこまでが鮮明な記憶だ。


『昨日の夜飲みすぎちゃったかな?雛野はもう朝食の準備してるかな?』


 頭を押さえながら部屋に備え付けられた時計を見ると時間は八時半を過ぎている。急いで身支度を整えて仕事に取り掛からねば今日のうちに仕事が終わらない。


 しかし、昨晩アルコールを飲みすぎたせいか起きるのがおっくうだった。


 そもそもが寝坊なので現実を直視したくない。


『ん!?』


 下に行こうと部屋から出ようとすると不自然な布団の膨らみを見つける。抱き合うように寝ているエルフの姉妹をを見るとほっこりした気持ちになるが、それは別の布団の話。


 ここで問題が発生する。自分が寝ている布団にも誰かがいるのだ。恐る恐る布団を剥ぐ。


 二枚重なっていた布団が剥がれ出てきたのは全裸の少女。見覚えのある艶のある髪に締まりのある筋肉。無駄な肉はあまり付いていない。


 そして、今一つのアイディアが頭を過ぎる。今日に限っては朝食を作る心配がなくなったのだ。なぜなら、雛菊も思い切り寝坊し、全裸で寝ているからだ!


『ひ〜な〜ぎ〜く。何してるの?もう朝食を作り終えてる時間だよね?』


『うん?おはよう。もう朝食できたの?雛野にしては早いね。ファー。』


 のっそりと体を起こし、酒臭いあくびを浴びせる。


『随分良い身分ね。朝食を作るのは雛野の仕事でしょ?』


 時計を見て何かを思い出したようなのだが頭が回っていないせいかいまいちピンとこない。そして、話も噛み合わない。


『昨日寝る時に朝食は私が作るって言ってたじゃん。忘れちゃったの雛野?』


 そう聞いて血の気が引く。定かではないがそんな事を言ったような気もしなくも無い。


『大変!?このままじゃ暴動が起こる!』


 雛菊と姉妹に一枚ずつ布団を掛け、台所に走っていく。


 エルフの姉妹は布団を調節し、寝返りを打つ。


『バカね。そんな訳ないじゃ無い。さてもう一眠りしよ』


 そう言って離れていく足音を子守唄に二度寝を決める。


台所

 勢いよく階段を降り、台所の戸を開ける。そこに居たのは朝ごはんが出されなくて暴動を起こす宿泊者ではなく、朝の日の光を一身に受けた淡い緑の長髪のリンがいた。


 一瞬、昨日の様に何も着ていないのかと目を疑ったのだが、薄く純白のワンピースを着ている。


『あ、遅ようございます〜。朝ごはんできてますので良かったら食べてください。』


『あ、うん。ありがとう。作っといてくれたの?頂きます?』


『召し上がれ』


 そう言って自信満々に出されたのは白い二つのテーブルロールに野菜がたっぷりと入ったコンソメスープ、半熟加減が絶妙ならスクランブルエッグと分厚く切られ表面にじんわりと焼き色が付いたハム、小さな鉢にギュウギュウに詰まった新鮮なレタスのツナサラダ、それにヨーグルトが手早く台所の机に出され、自然と椅子に座る。


『頂きます』


 静かにそう呟くと大量の洗い物をせっせとこなしていくリンを間近で見ながら出された朝食を頂く。何気ない普通の朝食なのだが料理から立ちのぼる湯気に香りが異様に胃を刺激する。


 スープカップに口をつけ啜る。中にはキャベツに小さく切られたジャガイモ、玉葱、ソーセージが入っている。至って普通の具材なのだが、食べた瞬間に分かる。


 キャベツは形がギリギリで保たれるぐらいホロホロに煮込まれており口に入れた瞬間無くなる。


 ジャガイモは柔らかくホクホクしているのに、全く煮崩れせず形を保っている。


 薄くスライスされ、飴色になるまでじっくりと炒められて一口噛み締めるごとに甘みが口いっぱいに広がる。


 程よく燻されたプリップリのソーセージは口で噛み締めると中の肉が暴れだし口いっぱいに旨味をぶちまける。


 具材もさることながら、一番はスープ自体の調和性だ。全ての具材を口の中で噛むことによって生じる出汁をまとめ上げ考えられない程の旨味をもたらしているのだ。



『美味しい!こっちは?』


 スープの余韻が冷めない内にクスランブルエッグにスプーンを滑らせる。抵抗なくスプーンが入っていきぷるんとした感触を感じる。ベーコンを切り卵と共に口に含む。


 ジュワッとベーコンから旨味が滲み出てそれに卵本来の甘さが絡まる。それだけだと濃すぎる塩気が卵と混ざると良い塩梅になる。


 パンに思いっきりかぶりつきモチッと引きちぎる。ほのかな甘みとモチッとした食感が更なる食欲を引き出す。


 サラダも食べるとシャオっと瑞々しいレタスがツナと相まって口の中で旨味を引き出す。


『美味しいですかー?』


『はい!とても!!』


 声をかけられた先を見るとリンがいるのだが、皿洗いはとっくに終わり、椅子に座って頬杖を付きながら首を傾げてこちらを見つめていた。ニカニカと笑う様から察するにしばらくの間食べる様子を見られていたようだ。


『あ、あの...』


 急に恥ずかしさがこみ上げてくる。テーブルマナーも無視した雑な食べ方をまさか凝視されていたとは思っても見なかった。


『大丈夫ですよー。美味しい物は自分が好きな様に食べるのが一番ですから』


 雛野の口についたパンの食べかすをヒョイと拾うと自分の口に投げ入れ、席を立つ。


『過ぎたことかと思ったんですけど、他のお客様にもこれと同じ朝食を出してあります〜。ヨーグルトも自家製ですので良かったら食べてみて下さいね』


『あ、ありがとうございます。でも、何で?』



『昨日、ドンちゃん騒ぎが聞こえたんで寝坊するだろうなって思って私が作りました〜』



『ご迷惑をお掛けしました....』


 しかし、そんな食事も長くは続かない。雛野がやる仕事はまだある。


 蔵にいるシルも起こさなくてはいけない。


 寝起きはかなり悪いので、自発的に起きる事はまずないのだ。


 不思議ちゃんかと思いきや丁寧なのに意外としっかりしていたリンが作った朝食を食べ終えると、足早に台所から出る。草履を履き、外に出ようと戸を開こうとするとその前に勢いよく戸が開く。


『あ、おはよう雛野!今日、寝坊したでしょ?』


『え!?あ、うん』


 上下を黒い施術着に身を包んだシルが居たのだが、どことなく昨日と違うのだ。


『どうかした?私の顔に何か付いてる?』


『ん!?いや、そう言う訳じゃ無いんだけど...なんて言うか、顔変わった?』


 たった1日で顔が変わるなど聞いたことがない。


 しかし、目の前にいるのは昨日よりも明らかに胴回りが締まり太腿や二の腕が引き締まっているシルがそこに居た。

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