第9話 エルフ姉妹の温泉事情 無礼講②

第9話 エルフ姉妹の温泉事情 無礼講②


パンパン


 二回てを鳴らすと机の上に菊野と雛菊の分の食事が現れ、四人分のワイングラスが出現する。


『じゃあ、ワイン注いじゃうね』


 机の下からカンナがワインの入ったボトルを取り出す。ラベルは無くゴツゴツと岩から切り出して作られたかの様な無骨なボトルだったのだが、栓を開けるとその目を疑う。


トバッ


 勢いよく中身が吹き出し、それぞれのグラスに注がれる。光にかざすと僅かばかり赤みを帯びるそんな完璧なワインで部屋いっぱいに香りが広がる。


『じゃあ、頂きましょう。』


『『『頂きます!』』』


 カンナの声に、三人の声が部屋の中で木霊した。菊野と雛菊は先ずはワインに口を付ける。キリッと澄んだ天然水の様なスッキリさに加えて、葡萄の豊潤な香りが口いっぱいに広がっていった。


『美味しい!』


『ありがとうございます〜。この山菜のお吸い物もすごく美味しいです。まさか私達が持ってきた山菜がこんな素敵に化けるなんて。』


 雛菊のその言葉にカンナはうっとりとした表情で箸を進める。こごみとアサツキが具として入っており、それでいて青臭さを全く感じさせないお吸い物を作るには並大抵の努力ではなし得ない。適度な塩気と食感が胃にじんわりと届いて食欲の扉を紐解いていった。


『本当!この蕗の薹の炊き込みご飯も凄く美味しい!これはサカナの出汁?』



 ナズナも元気いっぱいに橋を進めていく。


『そう。二人が持ってきてくれた岩魚を私の機転でおかき揚げにしたんだけど、あらで出汁を取ってみたの。ナズナは舌が敏感なんだね。おかき揚げも食べてみて』


 そう言われてナズナは三枚に下されたおかき揚げを頬張る。バリバリとおかきを砕く音と共にふっくらとした魚の食感が歯を通じて伝わってきて何とも言えない幸福感に包まれる。素揚げのタラの芽の苦味とも良く合う。


『美味しい!このバリバリ感が堪らない。癖になっちゃう』


『良かったね、雛野。美味しいって。アンタが初めて揚げて、美味しくなかったらどうしようってずっと心配してたもんね。』


『言わないでよ!恥ずかしいじゃん。』


『え!?これ菊野さんが作ったんですか?この前来た時は目玉焼きもできていなかったのに?凄く美味しい〜』


『何も知らない妹さんの前でいらない情報言うのやめて!でも良かった。』


 安心したせいか、雛野の頬が赤くなる。酔とはまた違った赤みであった。


『このワインも美味しい!和食だからワインはどうかと思ったんだけど天ぷらにも合うし、和食だからこそ会う感じがする。』


『そう言ってもらえて良かった。この優しい味のお鍋とも合うよね』


 雛野はサクサクホクホクとした食感が特徴のウドの天ぷらをハフハフと食べ、ワインをグッと流し込む。喉元の熱さが一気に解放されていくその瞬間は何事にも変えがたい快感であった。


 カンナは鍋を取り分け出汁を啜り、丸々一個入った椎茸や山で取れたキノコを口に運びゆっくりとワインを飲む。鍋の暖かさとワインのアルコールがじんわりと胃に染み渡っていった。


『でも、山で取れた素材で作ったワインには山菜やキノコも合うけど私のお気に入りは鹿肉かな?』


 そう言うとナズナは箸で簡単に切ることができるほど柔らかく焼かれた鹿のステーキをゆっくりと切り分ける。身から零れ落ちる良質な脂が鉄板に触れ小さな焼き音を立てて最高の温度を保つ。それを口に入れワインを飲むのは至高の瞬間と言えよう。


『エルフの人ってあんまりお肉を食べる様なイメージが無かったからおひたしと冷奴を付けたんだけど、余計なお世話だったかな?』


『あー、よくそう言われる。エルフは古来から山や森で生活していたから獣はよく食べるんだけどね。もちろん、畑を荒らしたり手を付けられない奴とお友達は区別してたよ!』



 雛菊の気遣いはナズナの指摘で不要なものだと分かった。


『えー、でも、ナズナ、友達食べちゃダメってゆってたじゃない』


『あれは小さい時!しかも、鹿を食べたのは友達になった次の日だったんだし仕方ないでしょ!』




『この駆使に付いた灰色のつぶつぶしたやつは何ですか?あんまり馴染みがなくて』



 ふわふわとした口調でカンナが雛野に質問する。


『それは蒟蒻って言って芋を裏ごしで作った物。蕗の薹の新芽を和えた甘味噌で食べてみて』


 雛菊にそう言われ、たっぷりの甘味噌を付けて田楽を頬張るカンナ。予想外に熱かったのか、もがく様が愛くるしい。一口噛むとモチッとしていてそれでなお、歯切れが良い独特な食感を感じる。ザラザラとした表面に甘味噌がよく絡み合い旨さを倍増させている。


『美味しい!これ家でも作れないかな?』


『専用のお芋があれば比較的簡単だから後で分けるよ。』


『本当?楽しみ!』


『姉さんは料理を作っている時が一番楽しそうな顔してるよね。』


『ナズナは食べてる時が一番幸せそうだよね』


『それは、姉さんがたくさん作ってくれるから仕方なくって感じで...別に私が食いしん坊って訳じゃ無い...と思うよ!』


 どう弁解しても山菜の天ぷらを頬張りながらそれを言っても説得力がない。サキサクと音を立てながら胃へと吸い込まれていった。


『それと雛菊、この竹のやつは何が入ってるの?我が子の様に大事に作ってたけど。』


『開けてみてからのお・た・の・し・み❣️』


 雛野に聞かれるもプルンと弾力のある唇の前で指を添えて勿体ぶる。それを無視しつつも3人は竹の葉で包まれた竹の入れ物を開ける。


 料理が提供されてからしばらく経つのにモワッと白い湯気が立ち込める。中を見ると黄金色に輝いていた。


『山菜を茶碗蒸しにしてみました。みんな食べて、食べて』


 よっぽど自信作なのか催促する。備え付けられていた木のスプーンで少量掬い口の中に入れる。プルプルとした食感でいてシャキシャキとした山菜、極め付けは魚から取った出汁の強さで全てを抱擁する。


『美味しい!流石自信作!』



 お客さんよりも早く、宿や随一の雛野が言葉を漏らす。


『本当!家に帰ったら鶏の卵で作ってみましょうか?』


『毎朝食べたい味。こんな複雑なの姉さんちゃんと作れるの?』


『ポイントを抑えれば簡単だから大丈夫だよ。蒟蒻芋と一緒にポイントを書いたメモも渡すから。』


『助かります』


 その後、ワインを飲みながら四人で色々な話をした。好きな人の話、山での生活の話、たわいないガールズトークをした所までは覚えているのだが、酒を煽りすぎたのかいつ着替えて此処で眠ってしまったのかどうしても思い出せなかった。


そして、まさかそれが次の日に響くなどとはおもいもしなかった。

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