人外歓迎!異世界宿屋

ディケー

第1話 騒がしい朝

第一話 騒がしい朝



ジリジリジリジリじりじりじりじりジリジリ!



 草の葉から雫が落ち地面に染み込み、鶏も太陽と共に鳴き叫ぶ。そんな当たり前が毎日やってくる朝、一人の女性が目覚まし時計を布団の中から手を伸ばして止める。寝相はお世辞にも良いとは言え無いし、金髪の毛もボサボサの上着ている浴衣もはだけている。しかし、顔はこれでもかと言うほどゆるふわ系で整っており、胸も平均的なサイズの女の子が束になっても勝てないほどでかい。



『むぁー、もう朝?寝てるのは好きなんだけど次の日が来るのは一番嫌い。ずっと私を気持ちいいままにしといてよ』



 仰向けに起き上がり、ふてくされながら天井を見る。薄らと目を開け、起きようとしていたのだが完全に瞼を閉じてしまった。



『雛野もう起てる?今日私は食材を取りに行ってくるからお風呂の掃除と玄関先の落ち葉集めをしておいて欲しいんだけど!!』


入り口の襖を開けることなく、元気な声が寝坊助にかけられる。



『分かった!もう起きてるから大丈夫。気をつけて行ってね!』



『分かった』



 寝起きの声とは比べものにならない程綺麗に澄んだ声。まるで小鳥が朝焼けの一瞬のうちに消えてしまいそうな声で返事をする。玄関が開き、建物の中から完全に足音がなくなるのを畳に耳を付けて慎重に聞き取る。完全に足音が遠のいたのを確認してからもう一度布団の中に入る。



 瞼が地蔵の様に重く、意識が途絶えかけたその瞬間、身体に鈍痛が走った。



『おい、お前!これは一体どういう了見だ?朝の身支度を完璧にこなしたフリをして二度寝を決め込むなんて良い度胸してるな』



 グリグリと腹部が有るであろう布団の上で、グリグリと足を沈み込ませる。最早それは寝苦しいというレベルを遥かに超えて危機迫るものがあった。



『あ、あの...!苦しいです。起きました!もう....目もパッチリ開いたので許してください。』



 今にも消え入りそうな声で、火の様に燃え盛る紅の髪の毛をポニーテールに纏め、八重歯がチャームポイントの女の子に切望する。板前の様な服を着ているのだが、大分自分流に弄っており下半身は細く綺麗な御御足が大胆に露わになっていた。



『何だってよく聞こえないな?もっと大きな声で言ってくれないかな?もう起きてるんでしょ?それとも何?ちゃんと仕事をするって条件で客間で寝させてもらってるのに、最低限の事すらできないっての?』



『だから〜、起きるって言ってるでしょ!』



 不意に少女の身体から何かが発せられ、足を乗せていた身体が吹き飛ぶ。しかし、広い廊下の空中で身を翻し見事に着地した。



『ね?雛菊、起きてるでしょ。さっさと食材調達に行っちゃって』



 あたかも最初から起きていたかの様に振る舞いさっさといかせようと催促する。普通であればキレても些か問題はない。



『それだけ目が開いてれば三度寝の心配は無いね。じゃあ、行ってくるよ。食事はもう全部部屋に運んだからサッと食べちゃって。有り合わせで作ったから文句は受け付けないよ』 



 後頭部をポリポリと掻き毟り、今度こそ本当に出て行った。



『偉そうに。朝ごはんにしょっと』



 手早く布団を畳み、それを丁寧に押し入れに入れる。八畳二間の部屋の戸を開き朝の風を部屋の中に入れる。部屋の外に置いてあった足付き膳を部屋の中に引き入れ近くに置いてあった漆塗りのお櫃を部屋の中に入れる。


 だらしのないはだけた浴衣を脱ぐ前に朝ごはんへと目は釘付けになった。



『さぁ、どんなに酷いありあわせのご飯か見てやろうじゃ無いの。』



 お膳に乗せられた竹で編まれたお膳のカバーを取り外し、無様だと予想した朝食を拝む。


中にはご飯を盛るようの茶碗にお吸い物のお碗、長細い皿に彩り用の若生姜と下に青紫蘇が敷かれた皿にサワラの西京焼きが乗り、桜の花を模した二つの肉饅頭、胡瓜の浅漬けが端っこに佇み、極め付けはキス一つないだし巻き卵が一本丸々切られる事なく置かれていた。その横には純白の大根おろしが添えられていて満点以上の朝食だった。 



『まぁ、及第点ってところかしらね。』 



 浴衣は胸元が大きくはだけだまま、脚を崩して座りぶっきら棒にそう呟くのだが、その目はキラキラと輝き、急いでご飯をよそる。



『私こんなに食べれないのに。』



 お櫃を開くと中には5合はあるのではないかと思えるほどの白米が入っていたのだが、どれも粒が立っていた。



『うふふ、こんなに立派に立っちゃってる』



 こんなに食べられ無いと言いながらもかき氷のようにふんわりと、それでいて豪快によそる。



『頂きます。先ずはお吸い物から頂こうかな。』 



 合わせた手をお吸い物に伸ばし、蓋をゆっくりと開ける。中からは湯気と共に、凝縮したハマグリの香りが漂ってくる。一口啜ると、塩気の強い出汁にお麩の優しさが相まって胃に染みる。



『んー。出汁が濃い!』



 名残惜しそうにお碗を離し、サワラに取り掛かる。身をほぐし口に含むと味噌の風味が脳天を貫くようにやってきて後から魚本来の甘みがやってくる。



『これにはご飯しか無いよね。』



 一口食べる毎にご飯をもりもりと口の中に放り込む。一体細い体のどこに入っていくのかは不明だが、時々サワラの横に置かれた骨の煎餅にも箸を滑らせどんどんと食べ進めていく。



『これは他と比べると少し殺風景だけど、何のお肉なんだろう?』



 肉を丸めて蒸したとしか思えない正真正銘の肉饅頭。桜の花を象った形にしているが色合いと言い、他の皿と比べてしまうと見劣りするし、何の肉かも分からない。なので、思いっきり齧ってみる。中も肉かと思いきや、ドロリと口の中で何かが主張をする。


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