第2話 忙しい朝②

第二話 忙しい朝②


 豪快に齧り付いた部分を茶碗の中に入れて見てみるとなめ茸と彩り豊かな蒸し野菜が静かに佇んでいた。



『何これ!美味しい!』



 ミンチにされ蒸されたもちっとした食感の肉に、シャキシャキとした手作りのなめ茸、それを裏で支える野菜たちが見事に調和していた。



 見る見るうちにご飯が無くなり、どんどんお代わりをしていく。



『ご飯がなくなっちゃう前に卵焼きを食べとこ。』



 こんがりと焼け、箸が吸い込まれる様に入っていき、中の出汁が溢れ出るその姿は最早官能的であった。中には人参やホウレンソウなど彩に富んだ具材が小さく刻まれて入っていた。



『これも美味しい!私が小さい時から苦手な野菜を食べられる様にこうして工夫してくれる所、優しいな。』



『どう?有り合わせにしては美味しい?』

 

 大きく開かれた窓を見るとそこにはニマニマと薄ら笑いを浮かべる雛菊の姿があった。



 見られた。誰もいないと思って大きな独り言を吐きながら食べてる所を一番見られたくない人に見られた。



急に恥ずかしさが胸の内から湧き出てきて、耳まで赤く染め上げる。



『あんた!?食材取りにいったんじゃなかったの!?』



 飛び起き、窓に齧り付く。



『そうだよー。で、もー、蔵で作ってる醤油の熟成加減が最高の塩梅だったから、一番最初に海苔をご飯に巻いて食べる誉をあげようと思ったら、こんな現場に出くわすとはおもわなかったの。』



 ベロを可愛く出し、海苔の缶と醤油の瓶を前に差し出すのだが、絶対にそんな訳ない。わざとこの現場を見にきたという確証が長年培われた友情の中であった。



『醤油はありがたく受け取るから、今見た事は忘れて!』



『今見たことを忘れても、お吸い物を飲んでる時の高揚した顔は忘れられないかもー。』



『もう!』



 海苔を渡し、身を翻して4階の高さから地面に着地する。それからは物凄い勢いで、食材を探しに消えていった。



『はぁー、朝から最悪。もう一生のトラウマだよ。』



 窓から見える空には竜が大きな翼を広げ火を吐いている真っ最中で、遠くの山の中には山菜を集める二人のエルフの姉妹が見えた。



『そんなことより、急いで準備しちゃわなきゃ。』 



そう言って、はだけた浴衣のまま急いで朝食を食べ始めた。



 海苔の缶と熟成した醤油を受け取り再び座る。ご飯に醤油をかけ、それを短冊状の海苔で巻いてパクッと食べると海苔の豊かな風味と、大豆がプチッと弾けた様な芳醇な香りが口の中いっぱいに広がる。



『何これ?凄い美味しい!』



 そう言って、おかずや海苔を肴にどんどんと白飯を食べ進めていくのだが、あらかたおかずがなくなった所であってはならない事態に直面する。



『そんな?嘘だよね?...おかずが先になくなっちゃうなんて!何で?』 



 手にはお代わりしたばかりの白米がこんもりとよそられた茶碗が携えられていたのだが、おかずはほとんどない。というか、お吸い物も飲み終わり卵焼きに付いていた大根おろしと、魚の骨を香ばしく揚げた骨煎餅、それに加えて胡瓜の浅漬けしかない。こんなし貧相なおかずでは白米を美味しく食べ切ることなど無理に等しい。



『こうなったら!』



 部屋に備えてある急須に多めの茶葉とお湯をポットでお湯を入れる。ご飯をお吸い物のお碗に半分ほど移し中央を凹ませる。そこに浅漬けと骨煎餅、西京焼きの皮を入れてお茶を回しかけ、海苔を手で崩す。



『できた。ハグハグ。』



 料理の才能がない雛野が作れる最大の料理。それがお茶漬けなのだが、元の料理が旨ければ何でも旨い。



 魚の残りからは味噌の風味と旨味が染み出しほんのりと浅漬けからは山葵の風味がする。そして、すべてを包む海苔の風味がなんとも言えない。



『美味しい〜。これなら幾らでも食べられる!』



 そう言ってお櫃の全てのご飯を食べ尽くしてから食べ過ぎたとも思うのだが、沢山動けば良いと妥協する雛野であった。





『さて、急がなきゃ』



 全てのご飯を綺麗に平らげたのも束の間、朝の準備に取り掛かる。歯を磨き、顔を洗い、浴衣を脱ぎ捨て桃の色を基調とした春を表す様な着物を着込む。黒い帯には金刺繍で鶯が象られていた。



 次に、鏡台で髪の毛を櫛で溶かす。寝癖があっという間に整えられ、艶やかな髪質が取り戻される。



『今日はどの簪にしようかな?』



 飾り気の少ない簪を二本選び口に加える。腰以上にある髪の毛を髪の後ろでまとめ、クロスさせる様に簪で留める。朱と蒼の二つの藤の花が黒髪に映える。うなじも際立ち色気を彷彿とさせる。



『こんなもんかな?』



 全身を鏡台で確認すると先程までの自堕落な少女らしさが抜けきらない人はもういない。旅館を切り盛りする女将の姿がそこにある。



『さて、洗い物しなきゃ。』



 食べ終わった食器を一階の調理室まで運ぶ。返却された食器が大きな流しに山積みになっていて、普通ならば洗う気は削がれるのだが、此処では些細な問題だ。



 流しに自分が食べたものを置き、膳を拭き端っこに寄せていく。みんな綺麗に食べているので汚れもそれほど気にならない。



『あれ?ザルがない?』



 食器を洗おうと袖をたくし上げた所までは良かったのだが、ある筈の物が無い。時間がないと言うのに嫌な予感が脳裏を過ぎる。




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