第3話 忙しい朝③

第3話 忙しい朝③


『まさか?』



 立派すぎる業務用の冷蔵庫を開くと大きなザルに乗せられた牛肉の塊がラップされ置かれたままになっていた。



 それを見なかったことにして勢いよく扉を閉める。暫く頭を抱え考えた後、息を思い切り吐いて決心する。



『時間ないし、使っちゃうか。』



戸棚の奥に収納されていた古ぼけたクッキー缶を取り出す。中から一枚人の形をした丸みが帯びている紙を取り出した。



『私はこのお肉を届けてくるので、食器洗いと男性の方のお風呂掃除お願いします。』



 床にはらりと落とすとムクムク大きくなり、人の形になって立体になる。細かい部分はデルフォメされているせいか少し愛らしい。



 完全に実体化するや否や洗い物を始めた。



『急がなきゃ。』



 部屋に備え付けられていた時計を見ると現在七時半。まだまだ食べ終わった食器は運ばれてくるし、朝風呂が終わったら風呂掃除もしなくてはいけない。



 冷蔵庫のザルを持ち、草履を履いて急ぎ足で外に出る。旅館の裏には酒や醤油、みりん、味噌などの基本調味料を作る蔵があり、この肉はそこに住んで作っている者の朝ごはんでいつもは本人が取りに来ているのだが今日は来ていない。様々な理由があるのだが、これを食べないとしっかり食べないと働いてくれないのでこうして届ける事もしばしばある。

蔵の扉は10メートル近くあり、建物の高さも5階建ての旅館と同じぐらいある為、押して開く事はできない。



 裾から6枚のお札を取り出し、一定の間隔で円形で結ばれる様に貼っていく。するとそこだけ、壁が無くった。そこを通り中に入ると薄暗く少し先も見えない。



『朝ごはんもってきましたよー』



 シーンとした空間に雛野の声が鳴り響くのだが、返事はない。仕方なく暗闇の中を進もうとすると左右の壁に一直線に並んでいる松明に明かりが灯る。右側は緑、左側は銀色のなのだが、なんとも言えない不気味さを醸し出す。 



『もう!』



 覚悟を決めて歩き出す。暗闇はぼんやりと松明で照らされているせいか先程よりも恐怖心はない。それどころかちょっとだけ、冒険している様な気になり、楽しかった。



 所狭しと並んだ熟成用の樽の中をずんずんと進んでいく。



 奥までくると干し草が敷かれた床の上で二人の女性が寝ている。片方は銀色の長い髪の毛で腕には銀色の鱗が所々あり、仰向けに。もう一人は緑色の長い髪の毛で日本酒らしき一升瓶を抱えながら寝ているのだが、二人とも何も着ていない。



『起きろー!あ、さ、で、す、ー、よー。』



 大声で叫び、二人の瞼がうっすら開くのだが見なかったことにして目を瞑る。



『あっ、そう。そう言う事しちゃうんだ。』



 肉のザルを置き、掌を合わせ、空間を作る。その中に息を吹き込み、手をそっと開ける。白い鳳蝶が蔵の天井までひらひらと舞いながら上昇し、弾ける。尋常じゃない程、発光し蔵の中を明るく照らす。



『『ぎゃーーーー』』



パチン



 何も見えないほど眩しかった光が指を鳴らした音とともにちょうど良い明るさに調整される。



『どう?二人とも起きた?』



 顔色を変えずに雛野だけが笑顔を見せる。しかし、その笑顔は悪魔的に恐ろしくも感じられた。



『何するんだよ、雛野!?目が焼けるかと思ったわ!』



 銀色の硬そうな長い髪を体に纏わせながら飛び起きる。左目は完全に隠れていたが右目はしっかりとヘアピンで留められており、宝石の様な青の瞳が煌めく。



『だって、中々起きてくれないんだもーん。お肉は早く食べないと腐っちゃうし、私にしては優しく起こしたんだぞ❤️』



 わざとカマトトぶって、腰に手を当て可愛らしいポーズを取るのだがそれが腹立たしくも感じる。



『え?もうそんな時間?今何時?』



『8時20分前』



『やべ、昨日深酒し過ぎた。朝一番で醤油の上澄を掬おうと思ってたのに!このままじゃ醤油が死ぬ。あの量を無駄にしたら私が醤油漬けにされてアイツに喰われちまう。』



 生まれたままの姿で、樽の方に走り出すのだが先ほど起きたばかりとは思えないほどのスピードだった。



『雛菊が鉄分吸収シートを取ったから大丈夫だよー。』



 猛烈な勢いで走り去っていった背中に一声かけるとまた、猛烈な勢いで帰ってきた。



『本当か!?良かったー。』



 よっぽど心配だったのか足の力が抜け、地面に座り込む。



『取り敢えず、一緒に朝ご飯食べていけよ。いつもリンと二人じゃ味気ないし。』



『いいの?』



『勿論、偶にこっちの仕事手伝ってもらってるし、お礼も兼ねて。リン、起きろ!リン!』



 醤油のやりとりをしているうちに三度寝てしまった緑色の髪の毛のリンを起こす。



『はぁーい、あれ、シルがいる。もう朝?』



 柔らかい緑色の長い髪に微睡んだ声で返事をし、のっそりと起きる。



『朝飯にするから火を起こせ』



 そう言われて、藁で埋もれていた七輪を出してきて中に木炭を入れる。



『すぐに準備するから適当にくつろいでなよ。』



『じゃあ、そうさせてもらおうかな?』



 草履を脱ぎ、藁の布団にちょこんと座る。この藁は二人にしてみれば家であり、寝室なのだから粗相をするわけにはいかない。



 シルは笑の中から布のケースに収納された鼠色に光る立派な包丁を取り出す。それを振りかざし、一瞬のうちに肉を一口サイズに下ろしていった。



『火はもう少し待ってね。もう少ししたら出るから』



『ああ。そっちはお前に任せる。自分のタイミングでいいからな。』



『はーい』



 ハキハキと喋る姉御肌の銀髪の女性とどちらかと言うと不思議ちゃんで天然キャラの緑髪の対照的な二人なのだが、何故か馬があっている。


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