第4話 忙しい朝④

第四話 忙しい朝④


『さてと』



 自分の近くにあった小さめの壺を自分の方に寄せ、腕に生えた銀色の鱗を一枚一枚指で取って壺の中に入れる。



『何してるの?』



 何かを始めたシルの手元を後ろから覗き込む。



『ん?鱗の除去。私は種族的に体に鉄の鱗が生えちまう。だから、毎朝こうやって壺に自分の鱗を入れて周りを傷つけない様にしてんだ。それに、この鱗は周りの鉄を吸収して成長する。これを粉に挽いて布袋に入れて、醤油樽にプカプカ浮かべると色の綺麗な醤油ができるんだよ。まぁ、毎日やるのは大変なんだけどな。私、不器用で肉を傷つけちゃうしな。』



『そうなんだ』



そうゆうと、シルの後ろに座り背中の鱗取りを始める。



『おい!何してんだ!?』



『何って鱗取り?背中はとっちゃダメだった?』



『いや取るけど、柔い肌で触ったら指がばっくり裂けるぞ!』



『大丈夫だよ。肌は強いから』



一枚鱗を取るとそれを人差し指と親指で割って見せる。



『凄いな。じゃあ、怪我しない程度にお願い』



 言葉の最後の方は少し弱々しい。



『シル照れてる。可愛い』


火の準備をしながらシルと雛野のやりとりを見守る。



『うるせーぞ!リン!照れてねーし、可愛くもねーよ。早くお前は火起こしをしろ!』



『ほいほーい』



 鱗を取るとしっとりとした肌が露わになる。コツを掴むとベリベリと向けていきだんだん楽しくなっていく。



『後ろ側全部剥けたよ』



『ありがとう。前側も大体剥けた。じゃあ、浮かべてくるわ』



 壺の中身を布袋に入れ、口を閉める。



『少し危ないからあんまり私に近寄るなよ』



 そう言うと雛野から離れ、体に力を入れる。最初に背中から立派な翼が生え、体が鈍色に変化し、あっという間に全長5メートル近くの竜になる。髪の毛で隠れていた方の目の周りは錆のように腐食していたがそれで居ても美しい。



大きな翼を広げ飛び立って行った。



『凄い。綺麗』



『シルバードラゴン、本来は鉄を多く含む火山付近に生息してるみたいだけど、綺麗だよね。それと指見せて』



 リンに半ば強引に手首を掴まれ掌を見せる。よく見ると、右手の人差指から血が出ていた。



『さっき鱗でちょっと引っ掛けちゃったみたい。でも、このぐらいならすぐ治るから。』 



 そう言ったのだが、聞く耳を持たずに口の中へと人差し指を運ぶ。



チュー



『はい。もう治った』



 口から出された指を見ると、先程の小さかった傷が無くなっていた。



『ありがとう』



『あの子言葉遣いとかは荒いけど、自分のせいで誰かが傷つくのを見ると凄い凹む子だから気をつけてね。鱗取り手伝ってくれてありがとう』



 おっとりとしているのだが、意外にハキハキと物を語る。



『はい。わかりました』



『じゃあ、網もあったまったからお肉の方、手伝って』



 そう言われてトングが渡される。七輪に近づいて中を見ると、緑色の優しい炎が煌々と音もなく燃えていた。



 肉を網の上に置いても肉の焼ける音がしない。



『これでいいの?』


雛野が首を傾げていると戻ってきたらシルの言葉が聞こえてきた。



『このトロいやつはグリーンドラゴン。こいつが吐く緑色の炎には生命を活性化させる力があって、肉を再生させながら優しい炎で焼くから美味しいよ』



 少し上を見上げると羽だけを残し、人型に戻って宙からシュタっと降りてきた。



『私はあんたが羨ましいよ。誰かを助る力なんてね』



『別に私は好きな花を育てていたいだけだし、こんな力何とも思わない』



 二人とも少しいじけながらトングで肉をひっくり返していく。返された面はしっかりと茶色くなり焼けていた。



『私からしてみれば、お二人とも素敵な力だと思いますよ。お二人とはあまりお話したこと有りませんけど、あの人から旅館で使われている包丁とかは全部シルさんから作られたって聞きますし、リンさんが育てて持ってきてくれる野菜もどれも美味しいです。だから、使い方なんじゃ無いですかね?生まれ持った容姿や能力は否定するもんじゃありませんよ?』



 空気が少しピリつく。さっきまでは和やかな食事だったのだが、少しだけ重くなった。



『それは、綺麗事。実際そう言う力を持ってると色々考えちゃうんだよ』



『私も野菜を作るのは友達との約束を守る為にやっているだけですし....お肉焼き上がりだしましたから難しい話は後にしてだべよ』



 肉が焼けた香りが鼻腔をくすぐる。箸と受け皿をもらうとみんな一斉に豪快に食いついた。一口噛み締める度に、甘い油が口の中いっぱいに広がり旨味がベロにまとわりつく。さっき言っていたように今まで食べた肉の中で一番美味しいかもしれない。



『美味しい!なんかお肉食べると幸せになって細かい事とかどうでも良くなりますね。』



『お、分かる口だね!小さな事なんてどうでも良くなるよ。毎日肉を食べてると服を着るのも小さな事に入るようになるよ!』



『いや、それは着てくださいよ。間違えてお客さんがこっちに来たらびっくりしますよ』



『サービスって事でどうにか。竜族には服をを着る風習ってあまりなくて窮屈で嫌い』



 ふんわりとした言葉と表情でとんでもないパワーワードを口走る。



『それだと夜の怪しいお店になっちゃうからダメ!』



『朝から元気だね。今更だけど、私達とお話してて大丈夫なの?』



『うん。全然ダメなんだ。』



 シルからの問いかけにそう言って適度に肉を貪り、入り口の方へとかけていった。

 

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