第14話 飢餓
第14話 飢餓
ばりばりとホーネットを食べる姿。
内臓を美味しそうに食らい、体液を上等なワインを飲み干すのかのようにゴクゴクと喉を鳴らしながら体に入れていく。
日常からすれば目も当てられない衝撃的で生臭い状況なのだが、砂漠という極限状態の中では目を奪う甘美な毒のように鮮やかだった。
『さっきからみんなこっち向いてるけど、目の前の蠍やホーネットはいいの?』
口から一筋赤い液体が顎の方まで流れ、それを外套で野生的に拭う。
『しまった!いつの間にか囲まれてる!』
その言葉で我に帰ったように体から毒が消えた二人が見回すと正面には大蠍が鎮座し、四方八方にホーネットが飛び、逃げ場が無い。
『仕方ない。一暴れしますか...』
口では威勢の良い事を言うのだが、一目散に岩陰に隠れる。
『虫野郎ども!この方にかかればお前らなんて一撃でなんですぜ!早く逃げた方が良いんじゃ無いんかー?』
『何やってんだよ!?お前たちも戦いやがれ!』
『非常に言いにくいんですが、この場で懺悔させて頂きます』
二人とは長い付き合いなのだが、これまでに真剣な顔つきは見たことがない。
『まさか!ホーネットの攻撃を受けたときに武器も壊れたのか!?』
もし、荷物を背負いホーネットの針を受けた時に武器が破壊されていたのなら納得できる。
外套に血液が滲むほどの大怪我なのだから、破壊されていない方がおかしい。
二人は丸腰なのだ。
三人の力を合わせれば蠍を討伐できる計算だったのだが、その計算が頭の中でガラガラと音を立てて綺麗に崩れ去る。
『言わなくていい。俺の考えが甘かった。お前たちは何も悪くない。そんな痛手を受けていたら武器なんて粉々だよな?)
『いや、あの...そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、実は俺たち武器が重かったんで、パックバックに入れてたんです。あの背負ってもらっていたやつの中に...』
『因みに、この傷深く見えますけど中に入れていた食材が爆ぜただけで、軽傷でさあー』
真剣な顔つきで懺悔するのだが、もう笑うしかない。
『そうか。じゃあ、頑張って一人で倒すかな?って...馬鹿野郎!あの大さそり俺一人で倒すの!?逆に食べられちゃいそうなんだけど?』
ウフフフフフフ
ノリッツコミが終わった所で甲高い笑い声が聞こえて来る。
『貴方達面白いね。特別に助けてあげるよ』
齧り付いていたホーネットの最後の一口を放り込む。
次の瞬間、赤い外套がその場に残る。
中身である着る者が無くなったと言うのに、そこに形を留めていた。
しかし、背中の部分が大きく破れ蝉の抜け殻のようになり、キラキラと火の粉が鱗粉のように舞っていた。
キンキンキン!
金属同士が馴れ合う様に鋭い金属音が辺りに響き渡る。
その先には外套の中身がいた。
『おい!あそこ!』
そう言った時にはもう遅い。
空中で姿を留めていた者は動物の皮で作られた茶色い胸当てにショートパンツを履き、まるで浜辺にバカンスできている様な格好であった。
髪は赤い火の様に燃え上がる長髪をポニーテイルで束ね、脚には鱗の様な物がびっしりと生えていた。
肩甲骨あたりから炎が吹き出し、大蠍に突撃する。
豪炎が周りに溢れ、次の瞬間には充分すぎる硬度を持つ大蠍がひしゃげていた。
火薬でも傷一つ付かなかったのが嘘の様だ。
『ねぇ?みんな怪我はない?』
大蠍を一瞬で焼き殺したその姿以上の驚きが身体中を 駆け巡る。
その身体中に生えた赤い鱗。その女性から目が離せなくなっていた。
『女だったのか?』
『うん?私?男だと思ったの?』
軽い雰囲気で赤い髪を靡かせながら首を捻る。
彼女の足元ではひしゃげた蠍が今にも動きだしそうなほど生々しく存在するのだが、全く意に介していない。
『私は取り敢えず逃げるけど、あんたたちはどうする?』
我に帰って辺りを見回すと主人を失ったホーネットがブンブンと空を飛び回り、今にも襲ってきそうなほど興奮していた。
『約束は覚えてるか!?果たしたら安全な道まで案内する筈だったろ?』
『でも、結果的に助け出したのは私だからなー』
ニマニマと困り果てる三人に笑いかけ、小悪魔の様にこんな状況を楽しんでいた。
『お願いします。助けて〜』
『なんでもしやすから〜。ほらアニキも頭下げて』
『え?俺も?』
『ほらほらー、子分二人に頭を下げさせておいてアニキは何もしないのー?そんな腑抜けじゃないよね?』
ポップな声であざとく可愛さをアピールするのだが、最後の一言は地声で低く心を抉る。
『おい!約束が...』
『あれれいいのかなー?唯一案内人の私の機嫌を損ねたらそれこそ一貫の終わりなんじゃない?』
『くっ...』
言葉を唾と共に言葉を飲み込み灼熱の砂に膝を折って額を近付ける。
『安全な逃げ道を教えて下さい。お願い致します』
自分の額を砂に擦り付け、子分と共に額を砂に擦り付けた。
暫く経っても反応が無いのでゆっくりと顔だけを上げた。
すると、そこには大蠍の上で脚を組み何かの透き通ったパチンコ玉程の無色透明の液体をゴクゴクと飲み込む女の姿があった。
『いや〜、プライドも何もかも捨て去った肴で飲む水は美味しいな〜』
『安全な逃げ道は〜!?』
小柄ながらアニキ格の砂の平原を震わせる魂の叫びが辺りに響く。
それでホーネットの機嫌を損ねてしまったのか大群が向かってくる。
『大丈夫。心配ないよ。ちゃんと助けるから』
女の子に向かってくる針むき出しのホーネット。
それを右腕で受け止める。
顔一つ歪めることなく、力任せに腕を振るとホーネットの胴体が千切れ胴体から下の身体が腕に引っ付いていた。
『私の食事はいつもこれ。まぁまぁな好物だからまずくは無いんだけど、流石に飽きちゃった。この砂漠で腹一杯ご馳走してくれるなら悪い様にはしないよ』
『分かった!ご馳走しよう!』
『はい。じゃあ、決まり!』
その言葉と共に、地面から生えてきた鱗で出来た花弁の様な壁に四方を囲まれ、砂の上に四輪の蕾が咲く。
ホーネットが針を飛ばしたりそのまま突撃してくる攻撃が蕾に刺さるのだが、全く影響もない様に地面の中へと引きずられていった。
ずるずると砂の中に入っていく感覚。
次第に花弁の間から差し込まれていた光も届かなくなり、心細くなる。
光もなく、音も聞こえない。今地中の中を進んでいるのか止まっているのかすら分からない孤独感に駆られる。
そんな頭の中が真っ白になろうかという塩梅で体に鈍痛が走り、非常に硬い地面に体が叩きつけられ、我に帰った。
花弁がひび割れてそこから溢れ出る光。
仄かな期待を込めてその割れ目に手を伸ばすとあんなに頑丈であった花弁がひび割れて目の前には地底洞窟が広がる。
光は届かない筈なのに、苔むした岩が淡く緑色に発光しているせいか昼間の様に明るくかった。
しかし、逆に静かすぎる。
さっきまでの喧騒が嘘の様に心の中には孤独で開いた穴を感じていた。
『おーーーーい!誰かいないかー!?シュロウー、セシンー!』
二人の子分の名前を呼ぶのだが、反響するだけで返事は返ってこない。
ふと違和感を感じ、天井を見る。
そこには今にも崩れてきそうなぐらいパンパンに膨らんだ丸みを帯びた砂の塊があり、そこからパラパラと砂が頭に降りかかってくるのだ。
『これ?もしかしてヤバいやつ?』
そう問いかけても返事などくるはずがなく、なすすべなく砂の中から出てきた何かに押しつぶされた。
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