第32話 高級マッサージスパ
第32話 高級マッサージスパ
「この霧の中何処にいくの!?」
「さぁ?何処だろうね?」
懐から何かを取り出し、ドラゴンや竜特有の鋭利な歯を鳴らし火花を立てる。掌のそれが小さな火の玉になって飛び散り、辺りをぼんやりと鬼灯の様に照らした。
霧の中でも僅かにそれが見え、見失わない様に必死に追いかけていった。
「ハァハァハァハァハァハァ!歩くの早すぎ!」
腕を振って脚を上げ、必死に前へと足を踏み出す。砂漠で鍛えた健脚には誰にも負けない自信があったのだが、火の玉との差はどんどんと広がっていった。
「どんな脚してんだ!?もう汗びっしょり」
「シイナは遅いねー。智の紹介で初めて来た時の方が動きが早かったよ?」
額から滴る汗を手の甲で拭い、濡れた手をぷらぷらと振り汗を落とす。
普段髪の毛を纏めている髪にも汗が染み込み、重さが増す。少しでも軽くするためにブンブン髪を振り前を向くと不意に火の玉が大きく瞳に映り、壁の様なものにぶつかった。
「痛〜い!何もう?」
「止まっただけだけど?良くついてこれたね。...いつまで私の胸に顔を埋めてるつもり?」
「え〜!?」
壁にぶつかったと思って強打した鼻を押さえていたのだが、痛みに耐えて一二歩下り眉間に皺を寄せながら目を開く。そこには壁などはなく、シルの適度な胸にぶつかっただけだった。
「壁みたいに硬かったんだけど...硬いのに私より胸あるとかありえないんだけど...」
「それは種族柄だし仕方ないでしょ。まぁ。いくら柔らかい種属でも無くて硬いのもいるからそれよりはマシだと思うけどね。ま、オッパイお化けのリンも居るし」
「マウント取ってる!?私の機嫌損ねると怖いんだよ?」
「私の方が強いから怖くないかも。それに、本調子じゃないでしょ?」
「ちゃんと体内に溜まってた魔素は分解したし、絶好調だよ」
「はーい、それでは問題です!テ、デーン!」
急にシルがクイズを始める。
「シイナの魔漏症の原因は、体内で固まった魔素を体外に出す為に精孔が広くなって小さな魔力が自然に出てしまうのが原因でした。魔素を溶かしただけで治ったと思う?」
「治ったんじゃないの?だって、調子良いし」
「はーい。不正解!いつも通りの安定の不正解ぶり。試しに私を殺そうと思って、腕に鱗鎧を発現させてみなよ」
その言い方にムカッとして右手の爪先に力を込める。人間と同じような指先から鉄さえも引き裂く鋭さを持った黒い爪がいつもなら生えるのだが今回は全く代わり映えしない。
「何で!?鱗鎧がでない!?」
「この霧は高濃度の魔力で、これより低い魔力保有者の精孔を強制的に塞いでるの。だから、シイナの魔力量じゃ、幾ら頑張っても顕現しないよ。じゃあ、この霧を少しだけ払ってあげよう」
サーっと霧が晴れていき、ゆっくりと周辺の情報が目に見えてきた。
赤土の様な素材で作られた温かみのある部屋。殺風景な長方形でサウナと同じぐらいの部屋なのだが、入り口に戸はついておらず走って来た道が見えるのだがその先は遥か遠くで見えない。
霧が晴れたと言うのに先が見えないほど暗闇に染まっていた。
視界はどんどん晴れていくのだが、急に心臓が暴れ出し、動悸がバクバクと頭の中で鳴り響き、耳がキーンとしてくる。膝を折り、真っ直ぐ立つことを諦めた。
「何で?どういうこと?どうなってるの?」
「さぁ?どうしてだろうね?事あるごとに暴力に頼って私の機嫌を損ねちゃったからじゃ無い?」
力を振り絞って顔を上げると、シルの表情に薄っすら笑みが張り付き、シルの周りで浮かぶ火の玉はカラカラと笑っているのもいれば心配そうに見下している物など様々だ。
吸っても吸っても酸素が肺をすり抜け全身に回らない虚無感から、ひたすらに空気を吸い満たそうとするのだが、心臓だけが小刻みに走るだけで身体から力が失われていく。
この感覚は何度も体験した。砂漠で戦闘中に沢山の鱗鎧を失った時、連戦で魔力の補給ができなかった時。魔力が枯渇しかけているサインなのだ。
「私に何をしたの?...魔漏症は治ったんじゃ...?」
「まだ、根本は解決していよ。魔素が分解されて身体を蝕んでいた原因がなくなっただけ。それだけでも血流が良くなるし魔力の流れが良くなって視界がクリアになるから治ったと勘違いしやすいんだよね。今ならさっきみたいに暴発することも無いし、鱗鎧の着脱もスムーズにできる」
「でも、じゃあ何でこんなに苦しいの?ここ最近調子悪かったけど魔素が分解される前より調子悪いんだけど?」
「私さ、前にシイナがこの旅館に来た時定期的にじゃ無くても体調が悪くなったら来てって言ったよね?不調を感じていたのに来なかったのは何で?」
リンの口からポロッと嘆きの言葉。それを聞いた途端に自分が墓穴を掘ったことに気がつくのだが、止まらない。
「弱いところを見せたくなかった。シルは美人だし、器量もいい。なのに、私だけこんなちんちくりんな見た目だし頼りたくなかった...シルは私の事をこんなにも心配してくれるのに、私嫌な子だ」
頭ではこんな事口にしてはいけないと分かっているのだが、一度決壊すると最早止まらない。
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