第7話 エルフ姉妹の温泉事情 すれ違い③

第7話 エルフ姉妹の温泉事情 すれ違い③



『何コレ?』


 板で仕切られた箱の中に籠が置いてある。何の変哲もない温泉の脱衣所なのだが、何も知らない人から見れば未知のものに見える。


『この籠の中には服を入れるの。脱いじゃお。』


 カンナがそう言って手にかけた服は妹のナズナの服だった。


『ちょっと姉さん、自分で脱ぐから...』


『恥ずかしがってるの?小さい時は脱がせてあげたのに。』


『いつの話してるの!?』


 などど言い合っているうちにあっという間に服が籠の中に入ってしまった。


『女の同士なんだし、タオルなんて巻かなくても良いじゃん〜。お姉さんに、成長した体見せてよ〜』


『姉さんは恥じらいが無さすぎ!それに、私お姉ちゃんみたいにスタイル良くないし。』


『そんな事気にしちゃって可愛い。』


『からかわないで!私は本気で悩んでるんだからね!』


 何も身体に巻き付けない姉とガッチリとキツくタオルを身体に巻き付けている対照的な妹だが、一般的に見れば二人とも抜群にスタイルが良い。


『じゃあ、行きましょうか?』


『行くってどこに?脱いだは良いけど、温泉なんて見当たらないよ。まさか、この格好で外とかに出て移動するようなの!?』


『ナズナはそういう趣味だったんだ〜。意外だなー』


『ちょっと!違うよ。違うからねー!』


 脱衣所で、叫んだ声は響き渡り宿中に響き渡ったという。


台所

『相変わらずカンナさんのペースなのかな?さてと、私はこっちをどうにかしなきゃ』


 イワナを、氷水で締め鮮度を保たせる。川魚には泥が残っているため、こうやって処理しないと臭くなってしまう。しかし、この処理にはもう一段階上があるのだ。


『よし!やるぞ!』


 不慣れな手つきで包丁を持ち、左手を氷水が張った桶へと突っ込む。魚に触れると十分に締まりきっていないからか体温で息を吹き返した魚が掌で暴れる。


『私がやらなきゃ、私がやらなきゃ』


 自分に言い聞かせる様に呟き覚悟を決めるのだが、ピチピチと掌の中でサカナが動くたびにその決心が鈍る。


『包丁持ってどうしたの?私の真似事?怪我しないうちに辞めておきなさいよ。』


 振り向くとそこには全身ボロボロで満身創痍であるはずの雛菊が堂々と立っていた。


『ウワーン、雛菊〜』


 涙を流しながら雛菊に抱き付く。着物に泥がつく事などお構い無しだ。予期していなかった抱きつきを支えることもできなく床へとひっくり返った。


『ちょっと!私身体泥でドロドロ何だけど...どうしたの?』


 嗚咽を感じ取ったのか背中をトントンさすりながら話を聞く。


『カンナさん達が、山菜と魚を持ってきてくれたんだけど、魚の下処理をしようとしたら怖くてできなくて...』


 そう訴えかけるでは小刻みに震えていた。さっきまで気丈に振る舞っていた女将とは思えない。


『よし、分かった。じゃあ、私が嫌な所捌くからお茶請けの柿の種持ってきて。ちゃんとあんたにも手伝って貰うから覚悟しな!』


 雛野を抱き起こし、桶の前に立つ。包丁を持ち俎板に魚を乗せ、尻尾から包丁の刃を当て頭の方まで鱗を削る。両面鱗を剥ぎゆっくりとエラゴを切り離す。


『お皿と塩を貸して』


 頭を落とし、腹部に斜めに切り口を入れて魚の内臓を露出させる。それを包丁の先端で綺麗に取り出し、三枚に卸す。捌けた切り身はお皿の上に乗せ、菊野が塩を荒く振る。


『臭みが取れたら一緒に料理しよ。大丈夫、料理は慣れだから』


『うん!』


勢いよく返事をし、緑茶を入れる。

  


再び脱衣所


『それで、姉さん!これから私たちはどうすれば良いの?いつまでもこのままって訳にはいかないし...』


『そうね。はい、これ。』


 先程女将が作り出した鍵をナズナに渡す。辺りを見回すがその鍵を使う様な場所が見当たらない。


『ほら、早く行きましょ』


『あ、ちょっと!』


 背中を押され鍵が壁に突き刺さる。


『ちょっと、姉さん鍵が壁に刺さっちゃった!急に押すから!』


『それでいいのよ。そのまま自分が思うように回して見て』


 笑顔でそう言われても到底そんな気にはなれない。常識的に考えて壁に突き刺さった鍵を回すなどやってはいけない。


 恐る恐る鍵に触れ、引き抜こうとするのだが指で掴んだ部分が滲み純白の鍵を紺色に染め上げる。


『え!?錆びた?』


そして気が付いた時にはその鍵を回す。鍵穴に 刺した時のようにガチャリと音を立てて、頭の中に響いた。


『この鍵はね。回した人の心を映す鏡になるの。見てて、周りが溶け出すから』


 その言葉通りに周りの壁が無くなる。あれよあれよという内にどんどんと消えて行って気がついたら青っぽい石造りの温泉がそこにある。辺りを見回すが脱衣所はなく、温泉を取り囲む塀すらない。辺りはすっかりと暗くなり、石灯籠に灯る淡い光が湯気に反射しているのがまた幻想的であった。


 自然の中に露天風呂があり、そこに身一つで飛び込んだ。そうなれば取る行動は一つ。


『キャーーーー!』


『急に大きい声出してどうしたの?何があった?』


『何があったじゃないでしょ姉さん!ここ外じゃん。誰に見られているか分からないよ。何でそんな生まれた時の姿で平然としていられるの?』


『あ、大丈夫。ここには私たち以外いないから安心して』


『どういう事?』


『説明してあげるから来て。流石にお姉ちゃん、このままで居たら風邪引いちゃう』


 白い肌を擦り、少し震える。姉に手招きされた先には木でできた椅子と小さな桶、それに壁からは突起が付いており、そこから蛇のように長く銀色の菅が伸びていた。


『何コレ?』


『使い方を教えてあげるから座って。こうやって使うのよ』


 突起についたレバーを手前引くと蛇口から勢いよくお湯が出る。桶に出てきたお湯を張り、顔を洗う。


『凄い、私もやってみよ』


 姉の真似をしてレバーを奥に倒す。すると、銀色の管からお湯が吹き出してきた。


『アッツ!何コレ?』


『これはシャワーって言って身体を洗い終わった後に流すものなの。最初は、レバーを手前に引くのよ。』


 飛び跳ねた妹が戻ってこられるようにレバーを手前に戻す。なんだかんだで二人仲良く顔を洗った。


『次は体ね。タオル取っちゃいなさいなー。』


『ち、ちょっと!?』  


 半ば強引に剥ぎ取る形でタオルを強奪した。顔は見る見る内に林檎のように赤くなっていった。


『何で、そんなに恥ずかしがってるの?女同士なんだし良いじゃない。』


『女同士だからだよ!私は姉さんみたいにスタイル良くないし』


『大丈夫!胸で負けててもくびれではナズナが勝ってるから気にしないで。それに、そこまで貧相じゃ無いし』


『一番気にしてる所言わないでよ!』


 ズバズバと気にしていた部分を言い当てられ、やるせない気持ちで戻る。


『はい、コレ、ナズナの分ね』


『どこにしまってたのコレ?』


 肌触りの良い小さなタオルとケースに入った白い塊を手渡される。


『こうやって使うの。タオルを桶のお湯で湿らせて、そこでこの白い塊を擦ってみて』


 言われた通りに、やってみる。軽い力で擦っているだけなのに、見る見るうちに泡立って来た。


『何コレ?これ大丈夫なの?』


『心配症ね〜、これは石鹸って言って身体を綺麗にするものだから大丈夫よー』


 泡立てたタオルでゴシゴシ身体を洗う姿をみて安全を確認してから、恐る恐る使ってみる。キメの細かい泡が肌に触れ、こそばゆいのだが独特な気持ち良さが伝わってくる。


『気持ちぃ。しかも、汚れが凄い落ちる!こんな魔法見た事無い』


『驚いた?人間のもので魔法じゃ無いの。でも、逆に魔法じゃないって所が凄いわよね?』


『そっか、人間が作ったんだ』


 悲しいような嬉しい様な表情を浮かべ、身体に付いては消えていく泡を見つめていた。


『ひゃう!姉さん!?何してるの?』


『ん?背中流してあげようと思って。』


『ってか、背中以外も触ってるじゃん!』


『お姉ちゃんが、妹の成長を調べちゃダメ?』


『だめ!逆に何で良いと思ったの?』


『姉だから?』


『理由になってないー!』



 そんなかんだで、身体中を隈なく洗われ髪の毛を流した頃にはグデンと身体中の力が抜けきっていた。

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