第29話 魔力循環方

第29話 魔力循環方


「さて、体も良い感じに冷えてきたからそろそろ話します。シイナさんはどこまで覚えてますか〜?」


「はい!センセェー、私はちゃんと生まれた時から今まで覚えてやすよー。もう子供の頃は神童だなんだって言われてまひテー」


「あ、いやそう言う意味じゃなくてですね。今日、自分が何をしたか覚えてます?」


「えー!?何だっけなー?」


 森を一瞬にして消し炭にした当の本人はケラケラと喉を鳴らして笑い、とても正常な判断を下せるとは思えなかった。


 普段からポンヤリとしているリンも流石にこのままでは不味いと思ったのか、湯船にそっと浸かり直すとプカプカと浮かぶ自分の胸を押さえ込みながらそっとシイナに近づいた。


「リンさん、大丈夫です。本当はちゃんと自分のやってる事を覚えてます」


 泥酔しているとは思えないほど綺麗な声が聞こえてきて、伸ばした手を縮める。


「持病の魔力漏れとは言え私が森を吹っ飛ばした事、また他の者を殺めた事しっかり覚えてるよ。こんな甘ったるいお酒じゃ忘れられないぐらい脳裏にくっきりね」


 胸の内に溜め込んだ言葉をそっと吐いて行った。


 そして、お猪口に残った酒を勢いよく口の中に入れて行く。


「じゃあ、何で聞こえてないフリしたんですか?」


 責めるわけではなく、ただ湧いてきた質問が口からこぼれ落ちて行った。


「本当にお酒で忘れたかったからです。嫌なことは酒を飲めば忘れられる。でも、お酒には弱い癖にいくら呑んでも忘れられることなんて無かった。だから、忘れたフリをしたかったんですかね?」


「そんなに忘れたいですか?」


「忘れたいに決まってるでしょ!?小さい時に魔力に飢えて両親を殺して、その上、未来ある若者や私を慕ってくれていた者たちを悪戯に掻き回すぐらい私は堕ちていった。こんなにも自分の体質を呪ったことは無いんだよ!私はもう今にでも自分を殺してやりたい!」


 そう聞いた途端に次の言葉が見つからなくなる。


「いくら罪滅ぼしをしたって結局は自分を勝手に満足させて、また自分を苦しめるだけ!だからせめて、私から酔う事を奪わないで。少しでも楽でいたいの」


 その言葉を吐いた途端にリンが思いっきりシイナに抱きついた。


 そんな事をしてくるとは全く考えていなかったのか、咄嗟に動けなかった。


「辛かったよね?寂しかったよね?産まれた体質のせいで苦しめられて大変だったよね?って上辺だけの同情だったら誰でもできる」


「だから何?私にはその上部だけの同情で充分だって言いたいの?」


「違うよ。いくら身の上話をした所で全てを理解してくれる他人なんていない。だって、その人は自分じゃ無いんだから。まして、悠久の時を生きているドラゴンは感情が薄いの」


「喧嘩売ってるでしょ?」


「だって。ドラゴンの寿命から見てみると他の種族なんて瞬く間に死んじゃうんですもん。その中で何があっだって聞いてもどうとも思わないんだもん〜」


 今にも殴ってやろうかと思って抱きつかれた体を無理やり引き剥がし、顔を見ると一瞬にして力が抜けてまたさっきよりも深々と抱きつかれる。


 ふざけた事を言ってると思っていたのだが、その表情は真剣そのもので嘲笑するような笑いなど微塵も感じられ無かった。


「だから、これから話すことは落ち着いて聞いて下さい」


 これが偽らない本当の素の性格なのかは分からないが気持ちの入っていない抜け殻のような声がリンから出てきた。


「私には他の人の気持ちを汲み取る感情はありません。だけど、私の周りで誰かが傷付くのは嫌なんです。でも、それは今をしっかり生きてるから感じられる傷。私みたいに生きてる体を持たない者にとっては羨ましくもあるけど、痛みに打ち負けて死を選ぶ当事者は見たくない」


 ギュッと腕の力が強くなる。


「だって、生きてる証で死んでしまうところなんて見たく無い。だから、貴方が受けた傷はここに来てくれればいくらでも私が癒します。だから生きる事を辞めないで」


「簡単に言ってくれるね。その言葉の重さを分かってるの?」


 少しよろけながらも立ち上がりリンの豊満な胸に埋もれて顔をゆっくり名残惜しそうに離す。


「私が身勝手に生きたせいでそれに縛られた奴が後一歩で死ぬところだったんだよ!」



 リンも立ち上がり、足を引っ掛け後ろに転ばせる。



 勢いよく水飛沫を立てるのだが、頭は先ほど出した羊が枕のようになり痛みは感じない。


「でも、死ななかった。体を張って守ったんですよね?それに、身勝手に生きてたとしても最終的にその生き方を選択したのは本人なんですし、シイナさんはそれを助けた。逆にそれが無かったら自分らしくその者達は自分達らしく生きられ無かったかも知れない。過程がどうであれ結果は素晴らしいと思います。もっと胸を張って下さい」


 言いたい事を言い終わると掴んでいた手首を、ゆっくりと離し立ち上がると大きく手を開く。


「他に褒められなくても構わない。大切なのは自分で選択して生きる事なんですからね」


「そんなの狡いよ。本当にズルい」



 今度はシイナから抱きつくと力強く抱きしめて思いっきり泣いた。



 体に残る大部分の鱗の色も涙と共に色褪せ灰色になっていった。

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