第21話 食うか食われるか?
第21話 食うか食われるか?
「これに殺されかけていた奴もいるのにそんなに食べたいの?」
リザードマンの少女が意地悪そうに聞く。
「食べたい!本当にそれがホーネットなのかを確かめたい!」
「セシンは少し黙っとけ!俺は痛い目を見たからこそ、一刻も早くそれを体験したい!人の話を鵜呑みにするのではなく、体験を消化したいんだ!」
「はいはい。じゃあ、好きなやつ取っちゃって」
自分の身に危害が及ばないと知った途端に警戒を解く。そんな二人に半分呆れたように脚を手渡した。
「取らないの?」
そんな中、リザードマンの女の子からの誘惑に乗らない者がいた。リーダー格の男は一人だけ手を伸ばそうとしない。
「俺はさ、リザードマンのあんたが居なきゃ仲間を助けられ無かったどころか、逃げようとして蠍に殺されていた。こんなに施しばかり受けていていいのかなって思ってさ」
パン
そんな事を言っているうちに、鋭い痛みが額を走る。
「バーカ。弱いからこそ、食べて力を付けるんでしょ?もう一発デコピン食いたくないなら食べなさい!」
半ば強引に手渡され、みるみるうちに涎が口の中から滲み出て溺れてしまいそうだ。
「私はあんたが弱いながらも仲間を助けようとした姿に心を打たれて助けただけ。そう考えれば少しは楽になるでしょ?」
「方便が上手いね。じゃあ、そう言う事にさせといて貰う」
冷静にそう言ったと思いきや、次の瞬間には脚の端っこの部分に口を付け、思いっきり息を吸う。
瞬く間にホーネットの外殻に詰まっていた白い身が口の中へと吸い込まれていき、外殻には薄らと旨味である油が残り、少し上を向いてそれすらもゴクリと飲み込んでいく。
「何これ?ウマ!」
シュロウが叫ぶ。到底歯では砕けないような硬さの外殻の中には程よく引き締まった無駄のない肉体が所狭しと詰まっており、一口噛むごとに弾力のある身が歯を押し返して口の中で繊維がホロホロと解けていくのだ。
噛めば噛むほど自分の体の血肉になっていくようなそんな感覚。それは、命を狙われてでも身体に入れたい。そんな欲望をさらけ出すに充分値する味であった。
「俺も食べよう!」
セシンが身を啜ろうとするのだが、吸う力が弱いのか中々身が外殻から外れようとしない。身の上に載っているこんがりと焼けた合わせ調味料だけが口の中に入ってしまったのだが、それだけでも顔色が変わる。
本来であれば脚の身と一緒に食べる事を想定し、味を濃く作る合わせ調味料。その旨味は到底分泌されるだけの唾液だけでは洗い流されない。
「うっま!上のやつうっま!」
凝縮したホーネットの旨味成分がプチプチと口の中で弾けて脳天を突く!
直様、身を求めて身を思いっきり吸うと身から滲み出る液体の旨味が口の中に広がり、形容できない程の味が生まれていった。
「もっと綺麗に食えよ。勿体ない」
シュロウは冷静に一度身を小さなナイフで器用に解し、それを頬張る。
またこれもこんがりと焼かれた旨味がまばらに身の層へと浸透していって美味い。
しかし、それを口に運ぶ当の本人はそれを言葉にする余裕などあるはずも無く、身を解しそれを口に書き込むだけの単純作業しかできなくなっていた。
身の上に敷かれた合わせ調味料により焼いても身の水分が失われずに旨味成分が凝縮した身を一口含むと溺れ死にそうな程の出汁が出てくる。
むせっ返りそうになるのだが、それを必死に咀嚼して名残惜しく飲み込み胃に送る様は色々な意味で癖になってしまいそうになる程優美で自分の脳味噌が蕩けそうになる。
しばらくの間、喋る事も忘れホーネットの脚にかぶり付きまくり、辺りには香辛料に近い独特の香りが広がっていった。
「この煮込んだ料理も美味しいね!って....聞いてないか?」
ホーネットの焼き物の上にスパイス香る煮物を少々掛けリザードマンの女の子が口一杯にそれを大きな口で頬張る。
口に含んだ途端に鼻腔に多様なスパイスの香りが広がる。リザードマンの女の子が作った自家製の調味料がホーネットの焼き物に塗られている。調味料に混ぜたホーネットの脳味噌の仄かな苦味がドワーフが作ったスパイス煮込みの味を更に引き立たせていた。
どっちか単体。それだけでも充分美味なのだが、追い討ちを掛けるように肉汁が口の中にこびり付いた旨味成分を洗い流し、胃へと流し込んでいきさらにもう一口と欲しくなってしまうのであった。
最早、いつも食べているホーネットと似て非なる物。新たな味覚の扉がゆっくりと一人の女の子の中で開拓されて行った。
その独特な美味しさを伝えたかったのだが、そんな暇なく小さな身体から出されるとてつもない程に強力な食欲だけがどんどんと先行していく。
なんだかんだで各々好きなように食べホーネットパーティーが進んで行った。パーティに勤しむ者達の間には言葉はない。いや、言葉はいらない。ただ美味しそうに食べているその姿を互いが見れば何を言いたいのかが手に取るように自然と伝わってしまうのであった。
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