第26話 お迎え
第26話 お迎え
「あら、私とした事が。草履の鼻緒が切れてるなんて!お見苦しい姿を見せて申し訳ありません」
恥ずかしそうに足元を見つめているのだが、鼻緒しか目に入っていない様だ。
「いや、その下!その下を見てください!何か事件の香りがしますよ!しかも、かなり血生臭そう」
その言葉を聞いて改めて鼻緒の下を注視する。暫く黙ってじっと見つめる。漸く足元の存在に気がついた。
「あら?お客様の前で何してるの?早く起きなさいな?」
華奢な両脚を退けてツンツンと触るのだが、全く動かない。それどころか生きているのかどうかさえ怪しいものだ。
「ねぇ?本当に大丈夫?あ、そっか。太陽か」
指を鳴らし、太陽を見上げる。すると大きな灰色のレンズのが太陽と三人の間に入り込み、その周りだけが夜の様に暗くなる。
三人がいる真上だけ星まで見える始末だ。
「あ、あああ!痛い〜!馬鹿なんじゃないの!?普通の者なら死んでるよ?」
「えー、勝手に契約を強要して私から代償を採取した。その結果がこれでしょ?それにお客様の前なんだから」
ゆっくりと身体を起こしキョロキョロと見回すとリザードマンの女性が目に入る。
「これはお客様大変失礼致しました。お見苦しい姿で申し訳ありません。体調が優れない様ですしお荷物をお部屋までお運びしましょうか?」
雛菊はだけた浴衣から控えめな胸が見え隠れしていたのだが、それを手早く整え完璧な接客をする。
「え?あの貴方こそ身体大丈夫なんですか?」
「はい。私は問題ございません」
その言葉を聞いた途端、雛野が指を鳴らすと辺りに訪れた夜の帷が一瞬にして晴れて行った。
「私は大丈夫ですよ。体調も悪く無いですし」
「ではなぜそんなに汗をかかれているのですか?」
「え?」
雛野にそう言われて外套の中からはみ出る髪の毛を触る。するとぐっしょりと汗が滴っており顎の方にまで垂れている。足元を見ると地面に赤黒い斑点が汗染みとなっていた。
「何これ?何でこんなに汗かいてるの?しかも、血が混ざってる?」
顔から汗が滝の様に流れ落ちる。いくら太陽が登っているとはいえ気温はそこまで高くない。それどころか、そよ風が吹き少量の汗であればあっという間に乾いてしまいそうな天気なのだ。
「私は一体どうなってるの?ねえ!教えてよ!」
真前にいた雛菊に食い掛かり、胸元を掴んで取り乱した。
「ねぇ?何で?何で私はこんなに汗をかいて血を流してるの?ねぇ?何で?」
自分の現状を客観的に知ったからか、取り乱す。
「気づいてませんでした?」
「気づかないよ!私の体どうなったちゃってるの?」
「先ずは少し落ち着きませんか?」
雛野が雛菊の胸ぐらを掴む手首を力強く握りそれ以上力を込めない様に静止させる。
「見て下さい、自分の手の跡をそして今の自分自身を知って下さいね」
雛野の言葉を聞き自分の手の跡を見るべくゆっくりと握っていた拳を解く。握りしめていた浴衣の部分は黒く焼け焦げ、焼け爛れた胸元の皮膚から伝わる鈍い痛みで顔を歪ませていた。
「何これ?どうなってるの!?」
指を握った内側の手にもびっしりと紅鱗が生えており人と言うよりは爬虫類に近いのだ。
「魔漏症。体の魔力が体外へと漏れ出てしまうとお聞き致しました。我々と一刻も早く...」
「ねぇ!?どうなっちゃうんだよ!私!」
感情が昂った矢先だった。身長の数倍はあろうかと言う大きさの火球がリザードマンの女の子から突然迸る。そして爆発した。
三人の間は大して離れておらず、全員がその爆発に巻き込まれた。
地面は焼け焦げ、周りの木々の表面は控えめに言っても消し炭状態。
背負子の荷物も燃えてはいないものの、背中からこぼれ落ち、辺りに散乱する。
積まれていた高さが相当なものだったので、一つ一つが隕石のように落ち、地面を抉る。
「何...これ?」
焼け焦げた匂いが鼻を擽る。いつも隣にあるはずの生死の境がはっきりと分かれ、目に映る。そんな当たり前の風景がキリキリと胃を圧迫してくるのだ。
「思いっきり、重症ですね。荒療治で行きますか?」
聴こえるはずのない雛野の丁寧な声。物腰が柔らかくそれだけでも二人の命を奪ってしまった自分の醜い心が洗われる。
脳が作り出した罪滅ぼしの陽炎だとしてもそこを振り返らずには居られない。
振り向いた先には着物を着たまま凛と表情の女性が涼しい顔をして佇んでいた。
「なんで生きてるの?あんな爆発に巻き込まれたのに...」
「貴方や貴方の鞄だって燃えてませんし、それと同じ理由ではないですか?」
「私は種族上火は効かないし、背負子の荷物だって私の鱗を混ぜているから!なのになんで貴方は無事なの?」
「無事では無かったですよ。現に雛菊はこんな姿になってますし...」
宙にフワフワと浮かぶ布地の燃え滓を拾うとそれを彼女の手の中に差し出す。しかし、それをマジマジと見る前に手に触れた瞬間にゆっくりと燃え尽きてしまった。
「なんで!?一体私はどうなっちゃうの!?」
オロオロと大粒の涙を流すリザードマンの方に優しく手を置く。
「少しうるさいよ。黙ろうか?それとも黙らせようか?」
「え?」
さっきまで菩薩のように優しい言葉を使っていたのが嘘のように豹変し、肩に置いた手をツーと外套を滑らせ首を覆う。
「え?」
「2回目のえは否定とみなそうか」
首に添えた手に力を込めて握りしめる。あっという間に視界の端が白くぼやけていき、そのまま意識を失った。
「じゃあ、お客さんの荷物運んでおいてね。雛菊」
肩にリザードマンの女性を軽々しく背負い、フワフワと浮かぶ灰にそう声を掛けると道の端っこの方に転がっていたずんぐりとしたお地蔵様に手を翳す。
一瞬にして白い光に包まれ消えていく。
後には、閑散とした静けさと鼻を擽る焦げた硝煙のような香りが黒い灰と共に舞っていた。
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