第25話 リザードマンの身体
第25話 リザードマンの体
「相変わらず、深々と噛んでくれたのね。もう少し優しくしてくれても良いんじゃ無い?」
噛まれた首横の跡を手探りで触ると鋭い牙で咬まれた跡があった。
しかし、痛々しい跡は不思議なことに見る見るうちに小さくなりあっという間に塞がってしまった。
はだけた着物を手早く直し、血を吸った当人の方を見ると悶えている。
「ねぇ?早くぅ〜」
動けないのを良い事に身体をツンツンとわざとらしく触りせかしてみる。
「取り敢えず、漬物石持ってきたけどこれをどうするの?」
シルが裏から帰ってきて玄関を覗く。声を掛けた時には確かにそこに居たのだが、その言葉を喋り終わる頃には誰も居ない。
振り返っても居ないのだが、突然宿の中から突風が起こり玄関の戸が粉々に砕け散る。
「え!?何コレ?どう言う事?」
「雛野さんと雛菊さんが出て行ったんですよ。私達は私達のできることをしましょう?」
「リン?何でそんなに落ち着いてるの?」
「さぁ?何でですかね?」
玄関に散らばったガラスの破片を手に取るとそれに指で簡単な矢印の様な紋様を描く。他の破片が呼応する様にブルブルと震え砕け散る前の戸の形に戻っていた。
唖然としているうちに上の階からエルフ姉妹が降りてきた。
「凄い音がしたんですけど、何かあったんですか!?」
浴衣が今にも脱げ落ちそうな程はだけ姉が血相を変えて喋り、妹の方は無理矢理連れてこられたのか重い眼を擦っていた。
「何でも無いですよ〜。もう一度夢の中にいってらっしゃい」
「あんなに大きな音がして何も無いわけ...」
ツカツカと階段を降りてきてそこまで口走りリンに抱き締められる。豊満な胸に顔をうずめている内にふっと意識が切れて脱力する。そして、そのまま眠ってしまった。
「姉さん?」
「お眠りなさい」
そう呟いてリンが妹の頭を撫でると姉の横で静かに眠りについた。
「さぁ、元の部屋に運ぶの手伝ってね」
リンが姉の身体を抱き抱え、口をポッカリ開いたシルが妹の体を持ち上げると上の階へと消えていく。
宿までの道で
「うわーー、背負子また重くなった」
フードを深々と被り、重い身体を引きずって宿へと歩いていくのだが残りの道を見るたびに溜息を吐く。しかも、段々と溜息の数が増えていきモチベーションも既にどん底なのだ。
「それもこれも久しぶりに封缶魔法なんて使おうとしたからだ!アイツが私に封缶魔法なんて教えるからだ!宿屋のみんなに少しでもお土産を私タイト思っちゃったからだ!」
独り言をぶつくさと呟いて歩くのだが、一向に宿までの距離は近くならない。
それどころか、背中の荷物はどんどん増えていき身体が悲鳴を上げる。
「はぁー、でも結局は私が未熟だからなんだよな。お前もそう思わないかい?」
道の端っこの小さな家の様な箱の中にこじんまりと収まる石の人形に話しかける。
ドゴガァン!
自分が歩いていた道の数メートル先に何かが勢いよく落ちてきた。
もし、足を止めていなければ避けることも出来ずに文字通り粉々になっていただろう。
そう考えると身体の震えが止まらない。
「砂漠から来たリザードマンの女性でお間違いありませんか?」
「はい...。間違えないです」
砂煙が少しずつ晴れ中から着物を着た女性が佇んでいるのに気が付いた。だが、いまいち状況が飲み込めない。しかし、反射的に返事を返してしまった。
(なぜ空から降ってきたんですか?)
その一言が首につっかえて今にも口から出てきそうになるものの、丁寧な接客をされた後にそんな奇天烈な事を尋ねる事は非常識に思えてしまい出来ないのだ。
「私どもの宿に向かわれている様でしたので出過ぎた真似かもしれませんがお迎えに上がらせて頂いた次第となります。何卒ご了承下さいませ」
「それはありがとうございます。でも、わざわざ迎えに来てもらわなくても大丈夫ですよ。いくら大荷物とは言え、体力には自信がありますし...」
「おや、今ご自身が置かれている現状を理解されていないご様子ですね」
その丁寧ながらも不躾な言い方にカチンと来て言い返そうとするのだが、一瞬にしてその考えが変わる。
「いや、あの!どちらかと言えばあなたの方が現状を理解してないんじゃ無いですか?めり込んだ地面の下をちょっと見てください!」
自分の足元にゆっくりと視線を落とした。そして、一回だけ見なかったことにする。正直構うのが面倒くさい。
できればこのまま見なかったと言うか無かったことにしてしまいたい。しかし、現実はそれを許さなかった。
砂煙が収まり雛野が着地した地面をもう一度見るとクレーターの様に陥没し、赤髪の何かがズッポリと埋まっているのだ。
先程まで美味しそうに雛野の血をチューチュー吸って生き生きとしていた雛菊がボロ雑巾のようにぐったりしていた。
だが、雛野はそれを受け入れようとしない。まだ何かコレに関与しなくていい方法があるのではないかと頭の中で解決法を探す。
そして一つだけこの状況を打破する方法を思いついたのであった。
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