第24話 宿屋

第24話 宿屋


「何ですかあれ?」


「砂漠の平和を守っているリザードマンの女の子が背負う背負子。あの分だとまだ三時間は掛かるかな?」


「え!?でもあんなに近くですよ?」


「雛野は初めてのお客さんだから知らないと思うけどあの子が持ってくる荷物は馬鹿にならないぐらい長いの」


「へぇー、そうなんですか!?でも何かフラフラしてません?」


「ん?」


 シルが今度は肉眼ではなく宿の玄関に常備してある水晶玉に手をかざす。


 するとぼんやりととんでもないデカさの背負子を背負い今にも倒れそうなぐらい顔が青くなっているリザードマンの女の子の姿が映し出された。


「あの馬鹿!熱暴走だ!」


「熱暴走?」


「リザードマンの体を覆う鱗は体内を流れる熱を帯びた魔力で構成されてる。それが一定周期で脱皮みたいに生え変わるんだけど、あの子の場合はちょっと特殊なの!」


「どう特殊なんですか?」


「魔漏症って言って魔力が精孔から漏れて次々と鱗が生え変わって行く病気なの!普段から魔力を絶えず補給して小まめな脱皮してれば問題ないんだけど、あの子の場合、無理矢理精孔を開いて鱗を生やすのを武器にしてるからかなりやばい」


「そんな事したら下手したら死にますよね?」


「そうならない様に、薬も持っていて療養で偶に湯治をしにくるんだけどまさかあんなに弱ってるとは思わなかった。ひとっ飛びして迎えに行ってくる!」


「無理ですよ。甘く見積もっても数キロはある。しかも行きはまだしも帰りはシルさんの最高スピードで帰ってこようものなら身体が壊れちゃうでしょうね?」


「じゃあ、どうしろって言うの!?」


「簡単ですよ。私達が行きます。あ、できるなら裏に置いてある漬物石を玄関の前に置いといて下さい。雛菊!行くよ〜!早く来て!ブス」


ドガん!


 最後の一言をゆっくりと吐いた途端だった。


 玄関から階段を駆け上がる様に叫んでいたのだが、呼ばれて出てきたのは外からだ。


「あ!起きてたんだ。相変わらずお寝坊さんなんだね?」


 庭には土煙が舞い、一寸先すらも見ることができない。そんな中、その中心に落ちた誰かは玄関から丁度出てきた雛野の首をピンポイントで掴み、宿の壁まで押しつけた。


「誰がブスだって?それに、私の眠りを妨げてどう言うつもり?」


 雛菊の髪の毛が僅かにオレンジ色の色素を帯び蛇の様に纏まって生きている様に動き、首に手を掛ける指も昨日とは別の生き物なのでは無いかと思えるほどに発達した血管が浮き上がっていた。


「これからリザードマンのお客さんが来るみたいなんだけど、今にも死にそうみたいなの。雛菊の馬鹿みたいに力強いパワフルさを貸してもらえないかな?」


「相変わらず一言一言が癇に障るわね!それなら最初に代償を貰うよ」


「良いよ。朝ごはんを代わりに作るんで良いかな?」


「言い訳ないでしょ!?一番強い代償を貰うから」


 大木を簡単に砕けるのでは無いかと言う程指に力を込め、ギリギリと首を絞める。


 しかし、菊野は顔色一つ変えることなく涼しい顔をしていた。


「そんなに私の事が欲しいの?後悔するよ?」


「しないから。いいとみなしたとして頂くからね」


 口早にそう喋るとこれまでに見たこと無いぐらい大きく開けた口で雛野の首に齧り付く。


「あ、あああぁぁぁあ!」


「チューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 悶絶する雛野の血を吸い続ける。その顔は快楽に歪み本性を垣間見ているようだったのだが、急にその表情が歪む。


「ウェッ!ゴッホゴホ!ウェッウェッ!」


「急に咽せて大丈夫?美味しかったでしょ?私の血液」


「ウェッウェッゴッホゴホ!凄い美味しかった。ウェッゴッホゴホ。あー!でも喉がイガイガする何で?」


「最近深酒が多かったから」


 雛野がうっかりしていたかの様に語るのだが、その表情にはしてやったぜと悪戯が成功したかの様な満ち足りた表情を浮かべていた。


「さてと!私の血を飲んで契約内容を満たしたんだからそれを遵守してね。契約内容は、私の力になって」


 そう呟いた途端に雛菊の首にぐるっと一周、薔薇の荊棘の様な模様が浮かび、ものすごいスピードの二人が玄関を飛び出して行った。


「相変わらず、深々と噛んでくれたのね。もう少し優しくしてくれても良いんじゃ無い?」


 噛まれた首横の跡を手探りで触ると鋭い牙で咬まれた跡があった。


 しかし、痛々しい跡は不思議なことに見る見るうちに小さくなりあっという間に塞がってしまった。


 はだけた着物を手早く直し、血を吸った当人の方を見ると悶えている。


「ねぇ?早くぅ〜」


 動けないのを良い事に身体をツンツンとわざとらしく触りせかしてみる。


「取り敢えず、漬物石持ってきたけどこれをどうするの?」


 シルが裏から帰ってきて玄関を覗く。声を掛けた時には確かにそこに居たのだが、その言葉を喋り終わる頃には誰も居ない。


 振り返っても居ないのだが、突然宿の中から突風が起こり玄関の戸が粉々に砕け散る。


「え!?何コレ?どう言う事?」


「二人が出て行ったんですよ。私達は私達のできることをしましょう?」


「リン?何でそんなに落ち着いてるの?」


「さぁ?何でですかね?」


 玄関に散らばったガラスの破片を手に取るとそれに指で簡単な矢印の様な紋様を描く。他の破片が呼応する様にブルブルと震え砕け散る前の戸の形に戻っていた。


 唖然としているうちに上の階からエルフ姉妹が降りてきた。


「凄い音がしたんですけど、何かあったんですか!?」


 浴衣が今にも脱げ落ちそうな程はだけ姉が血相を変えて喋り、妹の方は無理矢理連れてこられたのか重い眼を擦っていた。


「何でも無いですよ〜。もう一度夢の中にいってらっしゃい」


「あんなに大きな音がして何も無いわけ...」


 ツカツカと階段を降りてきてそこまで口走りリンに抱き締められる。豊満な胸に顔をうずめている内にふっと意識が切れて脱力する。


「姉さん?」

 

「お眠りなさい」


 そう呟いて頭を撫でると姉の横で静かに眠りについた。


「さぁ、元の部屋に運ぶの手伝ってね」


 リンが姉の身体を抱き抱え、口をポッカリ開いたシルが妹の体を持ち上げると上の階へと消えていく。

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