第23話 身体のメンテナンス

第23話 体のメンテナンス


『あーあ!光なくなっちゃったな。まぁ、暇潰しにはなったからいいか』



 光の精霊であるウィスプが光を失う。ナイフの刀身を地面に翳すと闇に溶けて行った何かがナイフに吸われていき、蛇の紋様が刀身に巻き付いた。


『良い子だね。ビーちゃん。後でご褒美あげようね』


 鞘に戻すと光が消え、静寂が訪れる。無地の鞘に大きな蛇型の魔法陣が刻まれ、一瞬赤く光る。


『確かこの辺に...』


 おもむろに外套の内側を探る。数枚の羊毛紙を取り出すとそれを指から火を出し、焦がして太陽の絵を描く。


『久しぶりだからな。これで良かったっけ?出ろ!』


 掌にそれを置くと、小鳥の形になり発光しながら洞窟内をビュンビュン飛び回る。


『さーて、あいつらは何落として行ったかな?』


 三名が呑み込まれた跡には銀色の花がいくつか落ちていた。


『最後まで爪が甘いな。貰っちゃおか』


 鳥の口に加えさせ、先ほどとは別の部屋に入って行く。


 そこにはシンプルな木造のクローゼットにベッド、鏡台が置いてあった。


『みんなちょっと待っててね』


 クローゼットの上の止まり木に数匹の光る小鳥を止まらせた。


『さて、鱗剥がさなきゃな』


 今にも割れそうな鏡台の前に座り外套を脱ぐ。身体中には紅い鱗がビッチリと生え、最低限、皮でできた胸当てとショートパンツを履いているのだが、それらの必要性を感じない程だ。


『腹周りから取るかな』


 へその周りの鱗が生えていない部分に指をかけて鱗を引き剥がそうとするのだが、全くびくともしない。


『やば!』


 指先に意識を集中させて、爪を竜の様に変貌させるのだが、それでも鱗を剥ぐことは出来ない。


『勘弁して〜!薬のストックあったっけ?』


 鏡台の引き出しを勢いよく開けるとからの小瓶が幾つも出てくる。音を立ててガチャガチャ探すのだが、中々御目当ての物は見つからない。


『あったあった』



 その中の一つだけ、白い錠剤が詰め込まれた瓶を発見する。



 そこから一つ取り出して口の中に薬を放り込む。


 飲み込んだ途端に背中や首の鱗が剥がれ落ちる。


『あれ?全部鱗剥がれない?』


 身体を見回すのだが、脚には鱗がびっしりと残っているし、上半身に残った鱗もゆっくりだが再生しているようにも見える。


 所々から雪の様に白い肌が見え隠れしており絶妙なバランスを保っている。


『もう一錠飲んじゃおうかな?』


 瓶に手をかけたその瞬間、空の瓶の中から風が漂い、引き出しの中に入っていた一枚のお札が壁に張り付く。


 その札が青く光ると壁がグニャリと歪み砂漠とは思えない風景が映っていた。


『えー!行かなきゃだめ?もう一錠飲めば大丈夫な気がするんだけど...』


 そんな事を考えているうちに、懐に仕舞い込んだナイフから細い影が耳元まで伸びて囁く。


『折角だし、行ってこいよ?偶には羽を休める事だって必要だろ?』


 蛇の影が低音で冷ややかな声を耳元で悪魔の如く囁いた。それが身体の中を直接かき混ぜている様で心地が良い。


『でも、手土産とかも用意してないし...』


『気にするなよ。部屋の奥の扉を開いてみろ!』


 言われるがままに薄い石扉を横にスライドする。


『これは?』


『そろそろ出かける頃だと思ってな。手土産と略奪者から巻き上げたものをまとめて置いた。後は鳥達が咥えている花でも添えていけ』


 扉を開けた僅かな空間にはギチギチにバックパックや群を抜いて大きいリュックが詰めてあった。


『うーん、じゃあ仕方ない。ここまでお膳立てされてるなら行ってこようかな』


『ああ!是非そうしてくれ。それに、あの男の事も聞いてくるといい』


『ちょ!何ゆってんの!?』


『いや、別に。取り敢えず旅支度だ!』



 影の蛇がそう呟くと鳥達がスペアの外套をクローゼットから用意して持ってくる。



 それを着込み、厚いブーツを履き空の瓶の中に月光蝶を魔法で収納し外套の内側に入れる。割れ物だからか、外套の中での位置を念入りに調整し、ベストポジションと呼べるところを探していくのだが、中々見つからない。


木で作られた巨大な背負子を背負い、荷物をどんどんと乗せて行った。


鏡台の上にナイフを置き


『みんな戻って!』


              と一言発する。


 小鳥は掛け声と共に羊毛紙に戻って掌に収まる。


 蛇もナイフにシュルシュルと戻って行っていき、鞘に刻まれた魔法陣のまま不敵な笑みを浮かべて何処か気持ち悪いのだ。


『ごゅっくり〜』


『はいはい。お土産買ってくるから良い子にしてなさいよ』


『分かってるよー』



 そして、光も無くなった部屋に誰も居ないことを確認し壁の扉へと一歩を踏み出した。



 砂の棲家から石の階段を通って地上に出る。砂漠は土煙が巻き上がり埃っぽかった。しかし、気分だけは最高に晴れているのがわかる。



 そのまま、遥か彼方に緑井の色をした山が見える。砂嵐をモノともせずに、目的のものがある遥か彼方まで歩いて向かうのだ。



 いくらこの女の腕っぷしが強かったとしても、無謀に思えてしまうような気がしてならない。しかし、何事もなく、目的の場所まで辿り着いてほしいとさえも思った。

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