第34話 史上の喜び

第34話 史上の喜び



 その叫びが、シイナがまともに喋れる最後の言葉であったことは容易に想像ができる。




「ぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!もうやばい!」



 その後は暫く歓喜に溢れた断末魔のような悲鳴が部屋中に木霊していた。


「何がやばいの?まだ初めて10分も経ってないよ」


「だって、いきなり変なところに手を入れるから...そんな所、自分でも触った事ないのに..!」


 自分の口で言っときながら林檎の様に顔が赤くなるのだから、弄り甲斐がある。



 その言葉を聞いてからシルの手付きは更に艶やかなものへとなっていった。



 滑らかにリザードマンの身体を撫でる。優雅な手付きとは対照的に身体をくねらせようとするのだから見ている分には退屈しない。



 それどころか、次はここを触ったらどんな声をあげるのだろうと気になってしまう。そしてそれを躊躇いもなく試すのだから楽しさが込み上げてくるのも無理はない。


「でも、自分でやるより誰かにやってもらった方が気持ちいいでしょ?」


「いや、絶対一人じゃやらない!って言うか絶対にできないでしょ!?」


「えー!毎日こまめにやらないとダメだよ。肩甲骨剥がしは簡単にできるんだし」


 シイナがうつ伏せになり、シルが軽くオイルを塗った手で肩甲骨に指を入れる。身体がほぐれているせいか、肩甲骨がどんどん身体から浮き上がっていくのだ。


「痛く無いでしょ?」



 涼しい顔をしながら自分の細い指を肩甲骨の中に滑り込ませていく。



 施術している本人が痛みを感じないのは当たり前である。


 シイナの頭の中にはメリメリメリメリと何かが剥がれ落ちるような不吉な音が流れていた。


「ぁぁぁぁあ!痛く無いどころか滅茶苦茶気持ちいい〜!体の中を奥までかき混ぜられている様な感じがする」


「誤解を招く様な表現。段々とほぐれてきたね。自分の肩甲骨みる?」


「いくら肩甲骨剥がしって言っても本当に剥がしてるわけじゃ無いんだから、見れるわけないでしょ〜」


 身体だけではなく、気まで緩み切っているのか完全に無防備なシイナの瞼に影が触れる。パッチリと目を開くと肩甲骨らしき形をしたペラペラとした物が視界に入る。


「ちょっと!本当に剥がされてる!?どう言う事?」


「ここでは、剥がした肩甲骨はお客様に持って帰ってもらうんだ。今日の記念にして部屋に飾ってね」



 飄々と涼しい顔で語るシルの言葉を聞くと体に満ちた熱が頭の先から足の指の先まで行き渡っていたのにそれが一瞬で冷め、身体の外へと出ていってしまう。


「そんな部屋怖すぎるわ!」


 飛び起きるとマッサージ台の上で正座しそれをマジマジと観察する。鱗の様に細かく編まれた灰色の肩甲骨。そこで何かの違和感がムズムズと這うように体の中を駆け巡った。


「これってひょっとして?」


 背中の下の方から手を伸ばし、肩甲骨があるはずの場所を指で感じる。肩甲骨は確かにそこにあったのだが、そこにあるはずのものが存在しない。



 さっきまでガッチリと自分の体を守っていた何かが無いのだ。


「これ!鱗鎧!?魔力が抜けてはいたけど、完全に皮膚に癒着してたのになんでこんな綺麗に剥がれてるの!?」


「魔力が出る精孔は知ってるよね?鱗鎧が精孔から漏れ出す魔力に張り付いて精孔もガバガバになってた。閉じなくなった精孔をマッサージで調子を整えて閉じさせたから、剥がれただけ。しっかり精孔を閉じれば魔力が身体から漏れ出ることもすなくなるから、続きやるよ」


 驚き惚けるシイナを強制的に再びうつ伏せにさせ、背骨ね横を挟み込む様に指圧していく。



 さっきよりも指がシイナの身体にめり込んでいき、身体の中から押し出される空気にも余裕が出ていた。


「魔力を使わないアナログ治療なのにちゃんと治療できるんだね」


「でも、万能じゃないよ。激しい戦闘をして沢山の魔力を使えばまた開きっぱなしになるし、定期的なメンテナンスが必要なの。分かる?」


「はーい。よくわかりました....。でも、それならこの前来た時に教えてくれれば良いじゃん」


「それは無理だったでしょ?あの時の状態覚えてる?今にも死にそうなぐらい衰弱して治療の説明なんでする余裕無かったから定期的に来いって言ったのに、全然来ないんだからさ...私、自分の脱皮が終わるたびに待ってたんだけどな...」


「ごめんなさい。体調は悪かったりしたんだけど気合いでどうにかなるかと思って...でも、毎回脱皮する度に待っていてくれたなんて意外と可愛い所あるんだ...いたぃ!痛い!」


「あら、ごめんあそばせ。手が滑っちゃった」


「嘘つけ!手が完全にドラゴンの爪になってる!照れ隠しのおかげでこっちは死にそうだよ!」


「じゃあ、私が照れ隠ししなくても良いように言葉は選んでね」


 うつ伏せに寝ている体に覆い被さるように耳元でシルが念を押すのだが、金属のように硬く冷ややかな髪が火照った身体にあたるせいか、それがとてつもなく気持ちよく感じてしまう。



 最初は痛みしか感じなかったマッサージもだいぶ体が解れてきたせいか気持ちよさを感じる余裕が出てきた。










 

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