第38話 交代
第38話 交代
「モグサ取り終わったよ。マッサージしてあげるから、うつ伏せになって」
「は〜い、お願いします」
リンの治療が終わり、雛野がシルの施術をを受ける。
「体からアルコールを抜く魔法を使ってマッサージしてるけど、本当はお酒飲んだ後はマッサージとかダメだからね?」
「わかってますよー」
余裕があった雛野だが、先程よりも血色が良くなった顔で、体勢をうつ伏せに変える。
身体が温まったとは言え、いつまでも裸では気の毒に思ったのかシルが白い巨大なバスタオルを下半身に掛けた。
「女の子同士ですし、気にしませんよ?」
「いや、ちょっとでもゴマを擦って夕餉をどうにか変えてもらおうと思って...」
よっぽどホーネットを食べるのが嫌なのか、どうにかして変えてほしいという気持ちが滲み出ていた。
「そんなにホーネット嫌なんですか?」
「逆に好きですか?確かに、甲殻類っぽい...ですけど結構抵抗が...」
歯切れ悪く、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「嫌ではないんですけど、私たちはともかく森育ちのエルフ姉妹の口にはホーネット合いますかねー?」
そして、他の思いつく客をリンが引き合いに出した。
「彼女達は普段もっとエグいものを沢山食べてますし、見たりもしてますから大丈夫ですよ。あー!もう少しそこ強めで」
マッサージを受けながら夢見心地でサラリと驚愕の事実を口にする。その一言で、リンの顔はこれまで見たことないぐらい真剣な表情になっていた。
「あーあー!」
「だいぶ凝ってるから、強めにやるよ。痛かったり、熱すぎたら言ってね」
「はい〜〜〜!」
左右の手を雛野の肩甲骨の下に置き魔力をゆっくりと込める。雛野の心臓から押し出される血液をほんのりと温める。それを循環させて全身を整え、凝りを良くするようなイメージだ。
「ん〜〜!」
「力仕事もそうだし、立ち仕事の疲れも目立つ。腕も入念に揉みたいから、横に伸ばしてみて」
「分かりました〜〜」
脱力しながらもゆっくりと伸ばす。的確な場所に指が入っていき、疲れが体の外へと押し流されていくようだ。
「これで終わりだけど、何処か痛いところとかある?」
「ん〜?大丈夫そうですね。鳥みたいに身体が軽くなりました!」
起き上がり肩をぐるぐる回す。体も温まり汗をかいたせいか酔いもすっかり覚めていた。
「じゃあ、今夜は私が夕餉の準備してきますね」
「お手柔らかにお願いします」
神妙な顔つきで裸のリンが懇願する。
「勿論ですよー!」
指をパチンと鳴らすと黒いモヤが雛野の身体を覆い隠す。あっという間に、黒いバスローブになり、濡れた長い髪の毛が素朴な色気を醸し出す。
「では、お楽しみに...」
懐から一枚のお札を取り出し握ると瞬時に姿が消える。まるで狐に化かされたのかと思うぐらい痕跡も残さない。
「今のドs心に満ち溢れた表情見ましたー?絶対今夜の夕餉は虫のオンパレードですよ〜!しかも、滅茶苦茶エグいやつ....」
「雛野だぞ?私たちが困る様な事をするとは思えないんだけど...」
「希望的観測が過ぎますよ!きっと、お風呂で私が酔いつぶした事を根に持ち!」
「あんたが酔いつぶされて恨んでるだけでしょ? もう少し背術してあげるからうつ伏せになって」
「分かった。できれば何でも美味しく食べられる体に....」
「安心して? 元々そんなツボないから」
馬鹿げたやり取りをした後、マッサージ台の上にリンが腰を下ろした。
「何処が悪い?頭と口の悪さ以外なら治せるよ」
『頭と口は余計ですよ〜。肩ですかね?胸が巨乳だと、肩凝りが酷くて。あ、でも、私より少々小ぶりなシルさんじゃ、私の気持ちは理解できませんよね?』
「おやおや。私の前だと口に馬糞でも詰まってるんじゃないかってぐらい口が汚くなるな?腹黒のリンさん。勘違いしてませんか?」
「一体私が何を勘違いしてるって言うんですか?」
「私の胸の大きさ。だって、晒し撒いてるし」
「その大きさで嘘でしょ!?」
「いやいや、本当。見せようか?」
その言葉を聞き、首が回らないぐらいのギリギリのところまで全力で首を回す。
シルが器用に施術着から晒しを抜き取るとリンよりもその胸が膨らみ、今にも施術着が弾けそうなぐらいのボリュームがあった。
「は!え!?ちょっと!なんで!?え!!?」
「いや、施術の時邪魔だしすらっとしてた方ができる女っぽいじゃん。寝る時も邪魔で魔法で小さくしてるし」
リンの頭の中では、様々な情報によりショート寸前だった。内心では自分の身体が一番世間受けが良いと思い込んでいた。
出るところは出て、締まる所はぎゅっと締まる。それこそが至高であると長年思い込み、当然その身体を持つ私はシルから羨望の眼差しで見られている。逆に、能力で劣っていると思い込んでいるリンが唯一の自尊心を保てる要素こそが、胸の大きさだったのに、一瞬にして安っぽい自尊心が崩れ去っていった。
あまりにもチープなプライドのため、崩れ去っている事をシルは全く気付かない。
何故急にリンの表情が固まってしまったのかを想像するのだが、全く見当もつかなかったのだ。
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