第40話 思い込み

第40話 思い込み


 施術が終わって調子を整えた身体が冷えない様に大きなバスタオルを掛け、ゆっくりと煙管の煙を味わう様に吐き出す。


「シルも私も上位種の竜族だけど、私はねグリーンドラゴンの中で凄い落ちこぼれだったの。グリーンドラゴンの役目って知ってる?」


「古来から豊穣を司る能力で世界を潤す。要約すると、地上の生物に様々な恩恵を与えてるって解釈してるけど?」


「そう。でも私はその中で異端視されていた。誰よりも豊穣の力が強かったから期待されていたんだけど自分の正しいと思うことをやったらそれが禁忌に触れて一族を追放された」


「それで、あの人...智に拾われてこの宿に来たわけか」


コクン


 ゆっくりと頷き相槌を打つのだが、まだ顔はマッサージ台に伏せっている。


「そう。それでこの宿に来た。最初は私しか居なくてだんだんとシルや雛菊、雛野が来て凄い賑やかになって楽しかった。でも、それがもどかしくなってもいったの」


「どうして?」


「私達が出会って最初の頃を覚えてる?ここは温泉宿じゃなくてただの建物だった。お客さんもいなくて毎日好きに生活してた。山を散歩したり川で水浴びしたり、そんな当たり前がすごい新鮮で楽しかった」


「温泉宿を開いてお客さんを呼ぶのは嫌だった?」


その一言にゆっくりと首を横に振る。


「そんなことないよ。色々な子に会えるし私が育てた野菜とかを美味しそうに食べてくれるのが嬉しい。だけどその度に自分には何も自慢出来る事ないなって思うようになっていった」


 明るく話していたリンの顔に暗雲が立ち込める。


「シルは、醤油やマッサージ。雛菊には料理。雛野は接客。みんなそれぞれの能力を活かしてできることをしてる。でも、私は能力をうまく使いこなせない時の方が多い!野菜だって腐らせるし、寝るのだってシルの巣を借りてる。だから、他の人に自慢できる様な何かが欲しかったの!」



 涙を浮かべながら支離滅裂に話す


「自分が他よりも劣ってると思ってたから何か一つでも誇れる物で自己肯定したかった訳か」


「笑っちゃうでしょ?こんなものに縋ろうとして勝手に自滅してるんだからさ」



 自分の豊かな胸に手を触れる。


「何で?別に普通でしょ?」


「え?」


「生き物は自分で思ってるほど強くできていない。だから、糧にする何かがあって良いんだよ」


 カン!とキセルの中身を打ち付け、床に中身を落とす。


「それに、形が悪い野菜とか果物で新しい料理を夜中に試作してるのだって知ってる。リンは劣ってなんかいないよ。むしろ、誰よりも努力してる。だから、自信もって」


 その言葉を聞いた途端目尻から温かい何かが溢れ出す。褒められる事に慣れないせいか一度溢れたら中々止まらない。心の蟠りが溶けていく様だった。


「本当はね...他にもあるの。初めてできた友達がね...お客さんと親しく話したりする所を見ると取られちゃうんじゃないかって...私、悪い子だよね...?」


 思い込みとは別に他の突っかかりも出てきて泣く。


「大丈夫。その気持ちは痛いほど良くわかるから。今は泣きな」


 リンの泣き顔を見ないようにそっと頭を撫でながらゆっくりと諭す。


 堰き止められていたダムが決壊したかのように一気に押しこらえていた涙が込み上がってくる。身体を起こし、ペタンと尻をつけて力の限り思いっきり泣きじゃくった。


「でも、何か不思議だね。さっきみたいな事話すつもり無かったし、シルだって普段吸わないタバコ吸ってる。それでペース乱されちゃったのかな?」


 目を擦りながら、後ろを振り向くと予想もしていなかった事がごく普通に処理されようとしていた。


「ん?...あ!やば!」


 首をすくめ、見られた事を気まずそうにしているのだが、もうすでに遅い。シルの掌には煙管をひっくり返し、中身を出したものが今まさに溢れ落ちようとしていた。


 それは熱された蝋の様に、水の様に流れ落散るのだが、ドス黒い。


「ねぇ!?ちょっとそれ何ですか〜?反応からして私に見つかったら大変なものなんですかね〜?」


「え!?いや、これはアレだよー。煙管に詰まっていた何かの燃え滓?」


「へー!シルさんは自分が吸っていた煙が何から発生したかも分からないんですねー?逆に良くそんな物吸えちゃいますねー?」


 身体を近づけ、遂にはシルの手の物体に息を吹きかける。


「芽吹け」


 そう短く呟くと黒い物体が震え出し、白い単眼がギョロッと開く。


「キャ!何コレ?」


 ビタンとそれをリンが床に叩きつける。暫く動かなくなってしまった。


「死んじゃった?これでこの話は終わりになるよね!?」



 シルが取り繕うのだが、それだけでは終わらない。


「ねぇ?来て」


 リンの声に反応し、単眼を大きく開く。機敏な動きでシュルシュルとマッサージ台の脚を螺旋状に駆け上がり、リンの太腿、腹部を伝い両手を重ねて作ったスペースにちょこんと収まる。


「何それ?何か気持ち悪い」


「この物体が何なのか知りたいから芽吹かせて命を与えてみたの。さぁ、貴方は何者なのかな?私に教えて」


ぴょこっと焼けた餅の様に膨らんだ物体の頂点部がガパッと開き白い歯が並んだ口が出現した。


「うわ!あんたコレ気持ち悪!」


「そんな事ないよ。よくみると可愛いよ」



 シルとリンの表情が対象的に映る。


 口では強がりを言っているのだが、表情を見ればそれが嘘である事は容易に分かる。

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