第34話 ステータス画面とチート能力

 僕の部屋は、元は三年一組と二組の教室があったはずの区画にあった。いまはその空間がまるごと、ちょっとしたホテルの一室みたいなものに改築されていた。


 唖然とする僕に、新垣早織先生が声をかけてきた。

「ホテルみたいだけど、テレビや冷蔵庫はついてないわ。トイレとバスルームはあります。呼び出しがあるまで、ここで待機していなさい」

「その前に、僕、お腹空いて、なにか食べたいのですが」

「給食の時間まで待てない?」

「給食? 給食があるんですか?」

「こんな状況だもの、ダルカン公爵のご厚意で配給された食料に頼るほかないの」


 食糧、どうするんだろう?

 森を切り拓いて畑をつくり自給自足? そんな悠長なことはできないだろうし。

 魔法が万能に近い世界でも、食糧事情まではなんともできないということだろうか。


「給食の時間まで後どれくらいか分かりますか?」

「後、二時間くらいね」

 新垣早織先生は、無情にも言い切った。少しは気の毒そうなそぶりがあってもいいと思う。

 水を飲んで空腹をまぎらわすほかないようだ。


「それと……深田先生に何か言われたとか、何かされたとかない?」

 ためらいがちな口ぶりだった。

 僕は、深田奈津子先生との秘密を隠すのに必死だった。


「何かって何ですか?」

 できるだけ平静な声を出したつもりだ。

「それは……」

 新垣早織先生が顔を背けた。

「と、とにかく! 給食の時間までここで大人しくしていること!」

 そう言って背中を向けて立ち去った。


 危なかった。カマをかけられたらしい。

 奈津子先生は、夜に『癒しの小神殿』に来てと言っていた。

 行くべきか、行かざるべきか。まだ迷っている。

 童貞だからだろうか、正直怖いという気持ちも強かった…………


 部屋に独りになった僕が真っ先にしたこと──それはステータス画面の確認だった。


「ステータスオープン!」と叫んだりするのは、独りのところ以外では、恥ずかしくてできない。

 いや独りでも恥ずかしかったけど。


 何も起こらなかった。左手をすっと下に降ろすとか、頭のなかで念じるとか、いろいろ試したが、出ない。


(そもそもステータス画面とかない世界?)


 ステータス画面とは、ロールプレイングゲームに出てくる「体力」とか「素早さ」とかの今現在の能力がわかるという便利な代物だ。

 経験値によるレベルアップなどもステータス画面で行う。ステータス画面があるということは自分を任意に育てることができるということなのだ。

 主人公特権であるケースもあり、ステータス画面による効率的な成長の仕方がチートな強さの秘密だという作品もある。

 

《無限の者》とか言われたから、ステータス画面を見るのを楽しみにしていたのに。

 これでは自分の能力がどういうものか、てんで分からない。

 

 次にしたこと。

 それは腕立て伏せだ。腕立て伏せ百回を朝晩の習慣にしていたのだが、もしも体力が上がっているのなら千回ぐらいできそうである。

 結果は。

 腕立て伏せ二百回で限界。最後の方は腕がぷるぷるした。実感としてはまったく変わらない。単に無理して回数を上げただけだった。


 後はジャンプ。

 ぴょーんと飛んだが、いつも通りだ。ぴょーん、ぴょーん、ぴょーん、と試したがダメだった。

 我ながらバカっぽかったけど、この世界で生きるか死ぬかの大問題だ。

 身体能力の向上はないと考えていいのだろう。


 残された希望は魔法だ。

 僕はこの世界では魔法使いなのかもしれない。


 両の掌に意識を集中した。 

 魔力の流れが感じられたら、とりあえずそれでよしとしよう。

 ………感じない。まったく感じない。五分近く頑張ったが、ただ一回、くうっと腹が鳴っただけだった。

 というか、そもそも魔力の流れって?


 ベッドに座り、頭を抱える。

 怖い。この世界で生き延びられる気がしない。

 雑魚モンスターのゴブリン相手ですら、あの体たらくだ。

 特別な力がなければ次は殺されるだろう。 


 異世界転移もので主人公がチートだ何だと批判されることもあるが、チートでもなければ魔物が跋扈する異世界で生き延びることなどできない。

 リアリティがどうこう言う人もいるが、チート能力がある方が返ってリアリティがあるのだ。 


 ドアがノックされた。


 ドアを開けると、そこには二人の美人教師がいた。

 深田奈津子先生と北川英理子先生だった。


 二人ともギリシャ彫刻のような格好だった。白い布を身体に巻き付けた服装だ。


 僕の顔は紅潮したに違いない。

 深田奈津子先生を見た瞬間、僕のドラゴンがずきんとした。いかん。いかんぞ。

 僕は奈津子先生から目を逸らした。ドラゴンを鎮静させるためだけではなく、気恥ずかしかったからだ。


「入っていいかしら?」

 北川英理子先生の声は理知的でよく通る。

「あ。はい、どうぞ」


 二人は部屋を見渡して賛嘆した。

「広ーい」「きれい」「ホテルみたい」などと嘆声をあげて、あちこち見てまわってはキャッキャッしている。二人とも少女に返ったようだ。こう言っては何だが、可愛かった。


 一通り見てまわると二人の女教師はベッドに座った。

「翔太くんも座りなさい」

 奈津子先生がベッドをぽんぽんした。 


 えっと。シングルベッドに三人座るのは無理があるんじゃ…………。


 二人は間を空けて座っていた。

 まさかそこに座れと?


「いいから、ここに座りなさい」

 北川先生もぽんぽんした。

 そこまで言われると、命令に従うほかない。


「し、失礼します」

 肩をすぼめて二人の間に座った。

 両手に花。

 だけど相手は教師だ。

 何かこう、圧倒されている感じも無きにしも非ずだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る