第14話 ゴブリンからの逃走

  僕はスローモーションの世界にいた。


 恐怖のあまり、時間の感覚が狂っているのだろう。

 最速で動いているつもりなのに、もどかしいほど、ゆっくりとしか身体は動かなかった。

 

 僕は立ち上がった。

 身体の向きをかえる。

 時間は止まる寸前ののろのろとしたスピードが過ぎていった。


 小鬼ゴブリンに背中をみせるのは危険だ。

 だが、正面から敵う相手ではない。


 僕は走るしかなかった。

 逃げるしかなかった。


 背後から槍の一撃が来る恐怖で頭がいっぱいだった。

 走りながら、どうしても意識は背中に集中してしまう。背後からは、槍が突き出される気配も、それどころか追いかけてくる気配も、まったく感じない。

 思わず足を止めて背後を見る。


 小鬼ゴブリンは追いかけてくるどころか、ぶつぶつと呟きながら、地面に突き刺した槍の周りを踊っていた。


 なぜだか、わからない。

 小鬼ゴブリンの考えることなどわかるはずもなかった。


 ただ言えることは、いまがチャンスだということだ。

 小鬼ゴブリンが槍の周りを踊る遊び──祈り?──をしている間に逃げられるだけ逃げる。


 時間の感覚が戻ってきた。

 いままで感じなかった凄まじい阿鼻叫喚が耳を襲ってくる。


 校庭には凄惨な光景が広がっていた。

 あちこちで生徒の悲鳴が上がり、あちこちで小鬼ゴブリンの奇怪な笑声が上がっている。


 あちこちに倒れている生徒がいた。

 僕の視界のなかだけでも、おびただしい数だ。


 小鬼ゴブリンたちが襲撃してきてそれほど時間は経っていない。


 なぜこんなにあっさり虐殺されてしまったのか。

 白人がアメリカでお遊びでバッファローを殺しまくったというエピソードを思い出した。


 小鬼ゴブリンにとっては、人間など鈍重な動物にすぎないのかもしれない。

 ましてパニック状態だった。

 逃げ惑い、立ちすくむ動物を狩るなどたやすいことだったろう。


 僕だって呆然と立ち尽くすわけにはいかない。逃げるだけ逃げる。

 あるときは倒れている生徒の間を縫うように、あるときは飛び越えて、僕は校舎に向かって走った。


 信じがたい光景が目のすみに入ってきたのはそのときだ。


 藤堂先輩が小鬼ゴブリンの群れと戦っていた。

 喪服姿の生徒と背中合わせに、囲繞する小鬼ゴブリンの群れに槍で応戦しているのだ。


 藤堂先輩だけではなかった。

 校庭には、何人かの生徒が小鬼ゴブリンと戦っている。


(春日くん!?)


 春日くんが一匹の小鬼ゴブリンと戦っていた。

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