第3話 好きな子にイケメン婚約者がいた

「そいつに関わるな、白皇」

 三年男子たちはまだ許してくれそうにもなかった。まだ僕をおもちゃにして面白がっている。

「歩く卑猥物だからな」

「目線があっただけで妊娠するらしいぞ」


 僕は泣かないように必死だった。

 ここで泣いたら、またからかいの対象になる。

 きっとあだ名はそう……泣き虫デカチンだ。きっとそうだ。なんかデカチンから先走りが漏れ出ているようなあだ名なんだ。


「ちょっと男子! いい加減に……」

 女子の列から怒りの声が出てきた。


「もういいわ。とにかく整列しなさい」

 彼女の声音こわねは静かだった。艶のあるアルト。

 それだけでシーンと静寂が降りてきた。

「やべ。白皇、マジきれた」

「あんたたちのせいなんだからね」

 ひそひそ声とともに整列が再構成された。


「あなたも二年の整列に戻りなさい」

 彼女が僕を振り返ると、ハッとなった。

「パジャマのままというわけにはいかない……あ! 裸足じゃない! 靴はどうしたの? いえ……いまはいろいろ聞いている場合じゃないか」

「靴なら下駄箱に上履きがあるはずです。それを履いてからでいいですか」

「校庭を裸足で歩くのはよくはないでしょ。整備されているとはいえ怪我をするかもしれない」

「大丈夫ですよ。アーバンコートですし……」

 僕は遠慮がちに言ったのだけど、彼女には届かなかった。


大西おおにしくん。悪いけどこの子を校舎まで背負ってあげて」

 大西くんと呼ばれた先輩は大柄だった。ちょっと嬉しげな、だいぶ迷惑そうな顔をした。

 彼女に声をかけられた嬉しさと、僕を背負う迷惑さだ。

 なにせ僕は180センチある。体重も75キロ。それはイヤですよね。


「おうおう大西、尻には気をつけろよ!」

「切痔にならないようにな!」

「ゆけ大西、おまえのことは忘れない!」

 三年男子がまた騒ぎはじめた。


 さざ波が徐々に押し寄せてくる。そうとしか言いようがないノイズが移動してきた。

「大西、いいよ。俺が背負うから。いいよな、つかさ?」

 さざ波が声を発した。

 え。つかさ? なんで呼び捨て?


 声の方を見ると、そこに物凄いハンサムさんがいた。映画俳優でもそうは見かけないハンサムぶりである。


 黒髪は清潔感のあるベリーショートで、前髪を上げて爽やかな面貌の額が見えている。きりりとした眉は男性的に整えられ、白目の部分に透明感があって、漆黒の双眸は陽気に輝いている。唇はつねに微笑が刻まれているような形で、鼻筋が通った彫りの深い顔立ちは、太陽神アポロのように端正だった。


 藤堂とうどう彰人あきひと先輩。


 テニス部の元キャプテンにして、藤堂財閥の御曹司。 学校の有名人だ。

 ヒューヒューと男子が騒ぎだし、キャーキャーと女子が騒ぎ出した。


「さっすが婚約者!」

「藤堂、見せつけるのも大概にしろよ!?」

「あたしもフィアンセ欲しい!」

「私は二番目でいいの! 藤堂くん!」

 藤堂先輩がさっと手を挙げると、みんなが黙った。

 一挙動で沈黙させる……すごいカリスマだ。


「俺はこの二年を校舎まで運ぶ。他意はないよ」

 藤堂先輩は僕の頭をポンポンした。

 僕だって長身の部類だ。藤堂先輩、マジででかい。195前後センチあるかな?


「何度も言うように、婚約と言っても親が勝手に決めたことだ。俺たちはフリーだよ。つかさを口説きたいというのなら好きにしろよ、野郎ども!」

 藤堂先輩は笑った。日に焼けた浅黒い顔に白い歯が眩しい。


「とか言って、藤堂おまえ、白皇一筋だろうが!」

「お前に振られたの、うちの学校ばかりじゃないんだぞ!」

「そうよ! 藤堂くんのファンは全員それで諦めたんだから!」


 また騒ぎ始める三年生たち。白皇先輩の方をそっとうかがうと、彫刻のような美貌には何の表情も浮かんでいなかった。


「俺が好きなのはつかさ個人であって、婚約者だからとか、そういうのは関係ないんだよ! 悪いかよ!?」

 藤堂先輩は照れもせず言いきった。


 すごい! みんなの前での告白! これがハンサムのちからか……?

 それにしても白皇先輩に婚約者か……知らなかった。

 藤堂先輩とはお似合いだ。美男美女。お似合いすぎる。

 胸が痛い。本当に疼痛がする。動悸も変だ。


「ほらほら、つかさもなんか言って?」

 女子のひとりが彼女を小突いた。

「そうそう、いつものやつ!」


 彼女は軽くため息をついて、藤堂先輩の前まで来ると、頭を下げた。

「彰人くん。私は誰ともお付き合いする気はありません。ごめんなさい」


 男子たちの間から野太い歓声があがった。

「やったー! 藤堂、やっぱりふられたー!」

「ざまあ!」

「これで何回目だ!?」

「数えんな!」

 藤堂先輩は苦笑した。公然とふられても堂々としている。


 すごい。なんかすごい人を見てしまった。

 女子たちもなんだか好意的なくすくす笑いをしているし、なんだろうこの空間、と僕は思った。

 なんか……青春というか、そんな爽やかさがあった。

 僕とは関係ないものだった。


「ほら、いくぞ」

 藤堂先輩が僕の前でしゃがんでくれた。

 僕は気が引けたけど、おんぶしてもらうことにした。

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