第2話 僕が引きこもりになった理由

 僕を囲んでいた三年生たちが、いきなり現れたとか転移じゃないかと口々に説明していた。


「ほんとうなのですか?」

 白皇つかさ先輩が僕に話しかけてきた。小首を傾げると美しい長髪が揺れる。

 彼女が僕を見ている……それだけで天にも昇りそうだった。下半身のドラゴンもむずむずと反応する。


「それがその……」 

 僕は目を伏せた。

 何かやましいことがあるわけではない。下半身のドラゴンを鎮静するためだ。彼女を目の前にしてドラゴンを奮い立たせるわけにはいかない。


 僕は最悪のタイミングでドラゴンが奮い立ったことがあった。

 不登校になった原因である。


 欲求不満だったわけではない。男の朝の生理現象だ。授業中、居眠りしていたのがまずかった。

 休み時間に起きたとき、僕のドラゴンがあの状態になっていて、それを同級生の女の子に見られてしまったのだ。

 彼女は最初何かわからなかったらしくまじまじと僕の股間を見ていた。慌ててズボンのポケットに手を入れて誤魔化そうとしたが僕のサイズはそれでは誤魔化しきれない。何かわかった瞬間、泣いてしまった。


 これでも毎晩ドラゴンブレスを吐き出していたのだ。僕の場合、ブレスの後も奮い立ったままなので、何度も何度も吐き出さざるをえない。それでも学校で奮い立ってしまう。もう死にたい……。


 その子は最悪な誤解をしてしまっていた。ドラゴンが自分を見てそうなったのだと思ったのだ。

 クラス全員の軽蔑と怒りを買ってしまい、それが全校に知れ渡るのに一日もかからなかった。


 それでついたあだ名が“デカチン”だ。


 放課後、担任の先生に呼び出されて、今後このようなことがあったら父兄を呼び出す、と宣告された。

 担任の先生は、大学出たての美人教師、新垣早織にいがきさおり先生で、潔癖な感じのする人である。怒りだけではなく、どこか僕に対する怯えも感じられた。


 僕は最低最悪だ。僕にとってふさわしいのはエロゲやエロマンガに囲まれた自分の部屋だけだ。ひとりでドラゴンブレスを吐き出すのが全人類のためなのだ。


「うちの生徒? どこかで見覚えがあるのだけど……。どうしてパジャマ着なの?」

「いつもパジャマなんです」

 なんだか変な会話だ。

 三年生の列からぷっと笑いがもれた。


「どうやって校内に入ったの?」

「よくわかりません」

「わからないはずはないでしょう?」

「転移です、たぶん」

「またテンイなの。テンイって何? 天の意思のこと?」

「そうじゃなくて、パッとなって、パッとなるやつです」

 彼女は目を細めた。ちょっとムッとしている?

「それではわからないわ。パッとって何?」

「それは……」

 僕は言葉に窮した。もう語彙ないよ!


「白皇、こいつ、誰かわかった」

 三年の列から声がかかった。

「それはよかった。誰なのです?」

「白皇の前で言葉にしていいかどうか」

 その言葉に彼女は小首を傾げる。

「こいつさ、あれだよ、あれ」

「俺もわかった」

「俺も」

「やばい。白皇には言えないわー」

 嫌な予感がした。あれって。三年生が僕を知っているとしたら。

「いいから、教えてください」

「デカチン」

「あだ名?」

「白皇、言ってみて」

「デカ……」

「つかさダメ」

 と女子の列から。

「罠よ罠! 卑猥な言葉!」

「男子どもっ! ほんと藤堂とうどうくんに殺されても知らないよっ?!」

「やべっ、藤堂忘れてたわ」

「マジやべ」

 三年生の列がまた騒ぎ始めた。

 僕はいたたまれない。やばい。あのことを知られている。


 そのとき制服をおしゃれに着崩した三年女子たちが僕を囲んできた。

「きみさー、デカチンってマジー?」

「おねーさんたちにみ・せ・て?」

「ちょっと男子! この子、剥いちゃって!」

「それはさすがに可哀想でしょ。後で後で」

「ちょっとこの子みて。泣きそうになっているよ」

「うーん、この子、可愛い顔しているよね?!」

「可愛い顔にデカチン!」

 きゃーっと三年女子たちの間で声があがったが、僕はそれどころじゃない。ほんとに泣きそう。


「みんなが知っているということは、うちの生徒ということ?」

「白皇は知らなくていいよ」

「まーなー」

「藤堂に殺されたくないし」

彰人あきひとくんがどうしてここで出てくるの?」

 え。あきひとくん?


「僕、一年の……今年で二年の小森翔太と言います。一応、ここの生徒です」

「一応?」

「中退する予定です」

「もしかしていじめられているの?」

「いや、そういうわけでは……」

 彼女が覗き込むように僕を見上げてきた。

 強い光を宿した瞳が美しい。

「ごめんなさい」

「えっと?」

「何かわからないけど、いじめられているみたいね。後輩をいじめるなんて最低だよね」

「いや、そういうわけでは」

 そのときだ。彼女は小さく呟いた。

「ほんと死ねばいいのに………」

「は?!」

 彼女の口から出た言葉がにわかに信じられなかった。うわ。毒。彼女でもあるんだ、毒。

 僕が固まっていると、彼女はちらっと微笑した。ああ、笑った顔、初めて見た……。

「いまのは忘れなさい」

「はい」

「うん」

 またちょっと笑ってくれた。

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