君'sにプロポーズの花束を ~プライベート・ダンジョン編~

日野行人

第一章 学園編

第1話 引きこもり、学校に転移する

「はぁ、結婚したい……」

 僕は教室の机に頬杖をついてため息をついた。

 独り言のつもりだったのに、両隣のやつらが酷いことを言う。


「その前に彼女つくれや」

「そもそも十六歳では結婚できないぞ」


 分かっているさ、そんなこと。でも夢ぐらい見てもいいじゃないか。


「あーあ、可愛いお嫁さんたちが欲しい。そんでお嫁さんたち同士が仲良しでさ、みんなで楽しくワイワイ生活すんの」


「キモい妄想やめろ、クズがっ!」

「クズがっ!」


 一年の三学期。そのときは“クズ”より酷い扱いがあるとは思いも寄らなかった。

 それがあるのだ。

“クズ”より酷い扱いを受けて、僕の心は折れた。


 高一の終わりに不登校になって以来、高二の二学期の半ばの現在までそれが続いている。

 引きこもりだ。半年以上にもなる。もういい。限界だ。諦めた。僕は復活できない。

 中退しようかと思っている。


 私立蒼麻そうま学院大学の高等部。

 難関高校だったが、死ぬ物狂いで勉強して、何とか入学できた。でも終わりだ。すべて無駄だった。


 小森こもり翔太しょうた、それが僕の名前だ。小さな森から飛翔しようとしたが、失敗してしまった。

 小さな森の中でぬくぬくと引きこもっている方がお似合いみたいだ。


 引きこもりになって以来、昼夜逆転の生活を送っている。

 その日も朝方にベッドに入った。


 だから最初、夢かと思ったんだ。


 気づくと校庭にいた。

 一年近く通っていた高校だ。見間違えるはずがなかった。

 全校生徒が整列している。

 その後ろに僕は立っていた。


 夢にしては妙に鮮明である。

 まず違和感を覚えたのは、足の裏の感触だ。

 裸足でアスファルトを踏みしめている。正確にはアーバンコートというらしい。独特の感触なのですぐにわかった。


 ふと視線を感じる。ブレザー制服の男子生徒が僕を振り返っていた。

 見覚えがある。一つ上の二年生──いまは三年生だ──彼が僕をビックリした顔で見つめていた。


「おまえ、いつからいた?」

 彼が言うと、近くの生徒たちも僕に気づいたようだ。

「なにこいつ、なんでパジャマだよ」

「怖っ」

 ざわざわと漠然としたノイズが生々しい。

「これって転移ってやつ?」

「まじ?」


(転移だって? 異世界でなくて? いやいや、異世界でもダメだけども! ここ学校だよ? ただの校庭だよね?)

 僕が頭をぐるぐるさせていると、ふと感じるものがあった。


(あ! あのひといる……)


 彼女がいる。近づいてくる。

 なぜかそのとき、彼女の存在を感じとることができた。


 前方から“静寂”が移動してくる。

 “静寂”の後では、生徒たちのざわめきが消えていく。


「何を騒いでいるのですか?」


 静かな声だった。少し艶のあるアルト。大人っぽくて、僕の胸の内奥にまで響いてくる。

 生徒たちを沈黙させて近づいてきた“静寂”は彼女だった。


 凄い美少女である。

 彫刻のような美しい顔貌は、“美少女”という言葉より“美人”という言葉の方が似つかわしいかもしれない。


 女性にしては長身で、すらりとした身体のラインは大人びたフェミニンな魅力に溢れている。繊細な眉に切れ長の瞳、白皙で鼻筋が通り、唇は薄い。ストレートのロングヘアは明るい色で艶やかに輝いている。前髪は左右に流して白い額が見えていた。神聖な静寂を司る女神像と、なまめいた女性の肉体が渾然一体となっている印象だ。


 白皇はくおうつかさ。


 ひとつ上の先輩で、去年まで生徒会副会長をしていた。

 決して届かない存在だけど、決して忘れることのできないひと


 今年を最後に大学部に進学してしまうだろう。大学部は都心ではなく東京西部にある。

 いまよりもっと遠い存在になってしまう。

 まして僕は中退するのだから、もう本当にお別れだ。彼女の存在を感じることもないだろう。


 これが夢だとしたら、僕の心残りがみさせたと考えたかもしれない。

 でも夢じゃないことがわかってしまった。


 僕では彼女の美しさを捏造できない。

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