第二章 冒険者編

第39話 美少年とキスしたい

 僕と春日かすがくんは都会っ子だ。

 まして僕も春日くんもキャンプ趣味はなかった。

 なので、どれくらの体力温存で歩いていいか、まったく分からない。

 とにかく轍道を歩いた。


「たしか人間の歩く速度は時速四キロだったはずだよ」

「へえ。よく知ってるね」

 そんな知識は意味はなかった。そもそも何キロ歩けばいいんだ?


「オタクだからね。TRPGのルールブックに書いてあったはず」

「てーぶるとーくあーるぴーじー?」

 なんか発音がひらがなっぽかった。可愛い。


「うん。実際に対面してみんなで遊ぶアナログなゲーム」

「ふーん」

 あんまり興味なさそう。

 春日くん、オタクじゃないからなー。


「まあ、僕は遊んだことないんだけどね」

「なんで? ルールブック、持ってるんだろ?」

「うん。でも足りないものがあって……」

「足りないもの?」

「うん」

「なに?」

「……」

 言い出しにくかった。


「まあ、言いたくなければいいけど?」

「友達。友達がいないからだよう」

 これだけは言いたくなかった。

 友達のいないオタク。

 なんかこう……「侘しい」という言葉が理解できそうな自分が嫌だ。


「キミ、友達多そうだけど」

「それがいないの。だから春日くんが初めての友達だよ」

「それはボクもそうかなあ」

「ほんと?」

 嬉しさのあまり小躍りしそう、という表現が理解できた。

 小躍りって何なの? 実際してみたいわけなんだけど。


「なんか、嬉し気にされると頭来るけど」

「ごめんなさい」

「まあ、いいさ。これからよろしくな」

「こちらこそ!」

 にんまりするのを抑えられない。

 おっといかんいかん。春日くんに怒られる。


「ところで次の町ってどれくらいの距離なんだい」

「あ。聞いてくるの、忘れた」

「おいおい」

 春日くんが呆れる。

 でも言われてみれば、確かにいい加減すぎだ。


「まあ一里四キロなんで、人里から人里まで、そこまで時間かからないんじゃないかな」

「ここは未開の森なんじゃないの」

「あ」

「あ。じゅないよ、まったく」

 またまた春日くんに呆れられた。

 焦る。いやほんと、これはマズいかも。


「まあいいさ。いざとなれば野宿すればいいんだし」

「僕、野宿の仕方、知らない」

「ボクだってそうさ」

「僕たち、都会っ子だもんね」

 別に威張れることじゃない。この森、どうやって抜けよう……。


「キミのオタクの知識ではどうなんだい」

「焚火をして、見張りを立てて、マントにくるまって寝る感じかなー」

「じゃあ、それでいこう」


 僕たちはフード付きマントを着ていた。そのうえにバックパックを背負っている。バックパックからぶら下げているランタンはシャッター付きのものだ。魔法の灯りなので点けたり消したりできない。この世界では「光」自体が存在している。「光」を消すにはアンチ・マジックが必要だ。


 服装は冒険者Aである。綿生地の下着のうえに薄茶色の亜麻布の上下。ロングレザーブーツを履いている。胸鎧と肩鎧、下半身は腰から太ももにかけてぶら下がっているもの。鎧は股間とお尻は覆っていない。肩鎧を除けば、動きにくさは感じない。すべてハードレザーだ。


 武装は、僕は腰に長剣ロングソード、春日くんは斜めにかけたベルトに短剣ダガーの入ったホルダーをつけている。


「でも僕、焚火の仕方、わからない」

「ボクもだよ。どうしようか」

 さすがの春日くんも不安を隠せない。

 僕はもっと不安で焦っている。

 ああ、どうやって責任とろう……。


「徹夜で歩くとか?」

「いつ着くかわからないのに?」

「それもそうか」

 途方に暮れるとはこのことだ。


「水晶玉で先生たちに訊こうか? カッコ悪いけど」

「それがいい。カッコ悪いけど」


 バックパックから野球ボール大の水晶玉を取り出す。

 連絡を入れるためには水晶玉を“起動”させなければならない。本来なら呪文で起動できるという話だけど、なにせ僕は魔力ゼロだ。特別にもうひとつ、ゴルフボール大の魔力水晶マジッククリスタルをもらった。魔力の代わりになる。

 ただし魔力水晶は、いわば“充電式”で、魔力が尽きたら、新たに魔力を“充電”しなければならない。

 水晶玉の魔力水晶を近づけたときだ。向こうから連絡がきた。


「聴こえますか?」

 理事長の蒼麻貴子そうまたかこ先生の声だ。

 いつだって冷静なひとだけど、いまの状況で、こんなに頼りになる声はなかった。


「はい。いま連絡を取ろうと思っていたところです」

「なにかアクシデントがあったのですか?

「いえ。ただ次の町までの距離とか、キャンプの仕方がわからくて」

 情けない。カッコ悪いにもほどがある。

 でも本当に困っているのだから仕方がない。


「それはちょうどよかった。いま町に帰る馬車が出発したところです。明日には次の町に到着する予定です。途中で拾ってもらいなさい」

「助かります!」

 本当にありがたい。理事長先生、頼りになりすぎ。さすがとしか言いようがない。


「何か困ったことがあったら連絡しなさい。可能なかぎりバックアップします」

「すみません。さっそくお手を煩わせてしまって……」

「大切な生徒ですから、当然です」

 感動するしかなかった。情けない理由で不登校になってしまったけど、やっぱりいい学校なんだなあ。


「ほかに困ったことがありますか?」

「ありません。冒険者になることが夢でしたから、頑張ります」

「くれぐれも無茶をしないように」

「わかってます。……春日くん、何か連絡することある?」

 ないよ、と春日くんは手をふった。水晶玉は本人にしか会話できないのだ。他の人にはたとえ至近距離でも聴こえない。

 ありがとうございました、と言って水晶玉から魔力水晶を外した。


 春日くんには事の経緯を説明した。

 ほっと胸をなでおろした感じだったけど、すぐに苦笑いした。

「ボクたち、なんかカッコ悪いね」

「だねー。でもビギナーなんだから仕方ないよ。それに異世界なんだし」

 僕、この世界で生きていけるのかなあ。不安が顔に出ないように必死だ。


「ここ、中世ヨーロッパっぽいのに、変に便利だよね」

「僕たちの前に召喚された現代人が改良したんだって」

「だったらスマホ使えるようにして欲しかったな」

 ここではスマホは使えなかった。

 ライトとかも点かない。充電ゼロの状態だ。


「仕方ないよ。電力の代わりに魔力があるようだし」

「だったら魔力で動くスマホとか」

「スマホにこだわるなー。そんなに好きなの」

「別に好きなわけじゃないけど」

 僕はスマホ、たいして使わなかったな。友達いないんで連絡とかしないし。


 僕たちが会話をして待っていると、二頭立ての幌馬車がやってきた。御者が二人。ちらっと頭を下げたが無視された。

 さっそく荷台に乗せてもらう。

 なかには誰もいなかった。


「もしかして、僕たちのためだけに?」

「そうだ」

 不機嫌な声。顔は見えないけど、きっと仏頂面に違いない。


「す、すみません」

「まあ異界人いかいびとは最初はこんなものらしい。こっちの世界に慣れたらでかいことしてくれ」

「もちろんです」

 嘘をつくのは気が引けた。なにせチートなしの現代人だ。冒険者になって最弱のモンスターを狩って細々と暮らすしかない。


異界人いかいびとは知らないって話だが、益獣は魔術で強化するものだ。この馬もそうだ。夜通し走る。俺とこいつで交代で走らせるから、せいぜいカディア様やソーマ様に感謝するんだな」

 魔術で強化? 本当に何でもありですね、この世界。でも希望も出てきた。僕自身も魔術で強化できれば、この魔物の跋扈する異世界で生き延びることができるかもしれない。

 それに……カディアさんまで気にかけてくれたのか。ありがたいとしか言いようがなかった。《無限の者》じゃなくてごめんなさい。


「あとパンと調理済のソーセージがある。夜食にって話だ。まったく羨ましい限りだぜ」

 何から何まで……。もう絶対、ハイエルフ側につくしかないな。ごめん、ヴェルラキスさん!


 僕たちはその夜、寝ることになったのだけど。

 春日くんが僕の隣に着て座った。


 あれ?普通向かいの席でしょう。

 ときめいてしまった。


 そればかりか、春日くんは僕の耳元に口を近づけて囁いた。

 ええ? 何が起こるの? 僕、呼吸が変になってしまうんだけど。


「ハッキリさせておきたいことがあるんだ」

「な、なんでしょうか?!」

「小さな声で」

 また囁き。耳に吐息がかかる。どうすればいいの。


「キミ、ボクの唇、ちらちら見てるでしょう?」

「な、な、なんのことでしょうか」

 思わず敬語。あれ、そんなに見てた? 自覚ないんですけど。でもありうる。僕のことだからありえる。あーどうしたらいいの。なんて言えばいいの。


「ほんとのこと言わないと絶交」

「ごめんなさい。見てたかも知れません」

「自覚ないの?」

「うん」

 本当のところ、まったく自覚がない。

 春日くんを女の子扱いしないって心に決めているのだ。


「ふーん?」

「ほんとごめん」

 とりあえず謝る。もうほんと、僕はどうしょうもない奴だ。もしも事実なら穴があれば入りたい。


「じゃあさ、ボクにキスしたいとか思っているわけじゃないんだ?」

「な、な、何を言ってんですか」

 思わず敬語。ほんと、どうしょう。どうすればいいの。


「ほんとのところどうなの?」

「わ、わからないよ」

「否定はしないんだ……」

 心臓がどうにかなりそう。僕は、僕はどう思ってるの? 


「キスしたいかどうか、あと五つ数えるから言いな」

「そんな」

「言わないと絶交」

 ええええええ?! 春日くんは真面目だ。こんなこと、冗談で言うわけがない。どうしたらいいんだ。

 なんて言えばいいの? 正解、あるんですか?


「いーち。にーい」

「待ってよ」

「さーん。しーい」

 ああ、もう正解かどうか分からない。でも誠意を見せるんだ。それしかない。


「ごめん。したいかも」

「何をしたいって?」

 言わせる気だ。あーどうすればいい。言ったらどうなる? 絶交だよね? 言ったら気持ち悪がられるよね? 春日くん、そういう目で見られるの、一番嫌うだろうし。でも誠意だ。友達だろ。誠意を見せよう。それで絶交になったとしても……ほんとのこと言おう。


「したい。春日くんとキスしたい、かも」

「かも?」

「いや、かもじゃないです。キスしたいです」

「やっぱりそうなんだね」

「ごめんなさい」

 これで絶交だよね? 春日くんが一番嫌うことを思っていたなんて。


「ボクが女の子に見えるから?」

「違うよ。春日くんは男として尊敬してるよ。男のなかの男だと思ってるよ」

 ほんと、そう。僕は春日くんが女の子だなんて思ったことない。女装が似合いそうだとか、そんなことすら考えたことがない。僕の春日くんへの想いはそういうんじゃない。


「じゃあ、そっちの気があるんだ?」」

「それも違うよ。だって春日くんだけだもん。春日くんにだけこんな気持ちになるんだ」

「ふーん」

 春日くんの反応はいまひとつ分からない。僕は誠意を見せるしかない。それが僕の愛情なんだ。


「軽蔑した? ちゃんと節度は守るよ。絶対変なことはしない。絶交は嫌だよ」

 僕は必死だ。春日くんに嫌われたら生きていける自信がない。


「それを聞きたかったんだ。正直に言ってくれてありがとう」

「絶交はしないで?」

「しないよ。節度を守ってくれれば」

 僕は思わず感動で打ち震える。涙を抑えられなかった。


「よかった。よかったよう」

「泣くな。男だろ」

 春日くんは立ちあがって、僕の頭をわしゃわしゃとした。


 春日くんは向かいの席に戻り横になった。

 すぐに眠りにおちたようだ。

 寝息がここまで聞こえるようだった。


 ──春日くんとキス?


 今まで考えたこともなかったので、心臓と下半身のドラゴンが脈動するのを抑えられない。

 僕は、胸の鼓動がおかしくなったまま、一睡もできなかった。

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