第40話 美少年は強かった
徹夜で馬車を走らせても、隣町のドラード市に着いたときは翌日の真夜中だった。
御者たちは一軒の宿屋の厩舎に馬を繋げた。飼い葉と水を用意してやっている。馬さん、ありがとう!
僕たちと御者たちは店が開くまで荷台で寝ることになった。
当然、僕の隣には春日くん。春日くんは熟睡しているのか、僕にもたれかかってくる。体温が伝わってきて、ますます鼓動が速まる。変に意識してしまうようになってしまった。大丈夫か、僕。
鶏の鳴き声で目が覚めた。うとうとしていたらしい。
ふと気づくと、僕の肩にもたれかかった春日くんが見つめていた。可愛い顔が近い。近すぎる。
おはよ、と春日くんが言ったが、距離が近いので、吐息までかかる。僕は赤面したに違いない。
すくっと春日くんが立ち上がり、「やっと朝だね。今日から本番だ」と僕を見降ろす。桜色の唇に思わず目線が行くと、微笑のかたちになった。僕の顔はさらに赤くなった。どうなんだ、この態度は。僕を試している?
それにしては機嫌がいい気がする。
僕はひとつの仮説を立てた。春日くんはわざとやっている? 僕をからかうために? 挑発して僕の反応を楽しんでいる?
もしもそうだとしたら……春日くんは小悪魔だ。小悪魔な魅力をもった美少年だ。僕、大丈夫なの。節度、守れるの。急に不安になってきた。
あまり早朝に行っても仕方ないので、荷台で朝食をとることにする。パンとソーセージ。御者にも分けてあげると、すまねーなーとか言って、実にうまそうに食べる。いや実際にうまかったけど。
食事も終わり、まだ少し開店時間まであるというので、この世界について、いろいろと教えてもらうことができた。
いまや学校は「ソーマ砦」と呼ばれているらしい。
ソーマ砦ができる前は、この町、ドラード市がダルカン公爵領の西端の砦だった。人口は千人を若干超える程度だ。小都市というか村というか、その中間だ。砦とその関係者が住んでいる。
もとはマークウッドの森の監視を目的とした砦だった。
マークウッドの森のような秘境にはダンジョンが“生成”されることがあり、それをいち早く発見するのがこうした砦の目的だ。
そう、この世界ではダンジョンはある日突然“生成”される。虫食い穴のように世界に「穴」が開くのだ。
「穴」の底にはダンジョン・コアがあり、放置しておくと無数の魔物が生まれてくるばかりではなく、闇の世界まで通じてしまうという。
この世界でのダンジョン攻略とはダンジョン・コアを破壊することだ。コアを破壊されたダンジョンは“死んだ”と見なされる。
ただの「穴」になり、貴重な鉱物資源の宝庫になることもあるそうだ。ダンジョン・コアの破壊者は領主が許す限り一攫千金を狙えるわけである。
僕はといえば、そんな大それたことなど考えも及ばず、最弱モンスターを倒して、せいぜい細々と暮らすのが目的だ。とにかく生き延びることを目標としていた。
そろそろいいだろう、ということで、冒険者ギルドに向かうことにする。御者たちは荷物を馬車に載せるとソーマ砦に戻っていったので、いまや僕は春日くんと二人きりだ。一人だったらどんなに心細かったろう。家でのんびりするのが好きな僕にとって、知らない場所にいることは、それだけで恐怖だ。
冒険者ギルドがどこにあるかは、おおよそ見当がついた。冒険者と思しき集団が出入している建物がそうだろう。なんで冒険者だと判るかというと、剣士に司祭、魔術師といったそれっぽい格好をしている小集団が何組か出入していたからである。まるでRPGの世界に紛れ込んだようだ。
建物の扉はスウィングドアだった。和製RPGによくあるやつで、昔の西部劇に出てきそうなやつだ。
足を踏み入れた瞬間、視線が集まる。じろじろと見られるのは、僕たちが人間だからだろうか。いい気分はしない。
真正面にカウンターがあり、そこに受付嬢らしき美人さんがいた。お約束だ。といっても、向こうの世界でも会社の受付嬢などは美人さんが多いらしいので、こちらの世界でも同じなのだろう。
「おいおい、
「ソーマ砦に
「どおりで臭いと思ったんだ。
「
「おまえたちもその口かい」
これもお約束。難癖をつけてくる。無視だ無視。早く立ち去るに越したことはない。
だけど、春日くんは違う判断を下したようだ。
つかつかと無言で彼らに近寄っていく。やめてー。
春日くんは終始無言だ。
テーブル席についていた男たちが身構えた。
春日くんが手刀を振り上げる。
手刀はテーブルに振り下ろされた。
木製のテーブルが真っ二つに割れる。
啞然とする男たち。
「おまえ、まだ冒険者登録してないんだよな」
「それが何か問題ある?」
男たちに動揺が走る。
それから立ち直ると、春日くんに頭を下げた。
「どうも失礼しました! 姐さん!」
「今後口に気を付けます! 姐さん!」
「もう
「すみませんでした! 姐さん!」
「姐さん!」
春日くんは怒りのあまり赤くなりぷるぷると震えた。
「ボクは男だーーー!!」
今度こそ暴れそうな春日くんを後ろから羽交い締めした。
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