第41話 可愛いウェイトレスちゃん

 壊れたテーブルは修復できそうにないので、新たに買い直すことになった。

 いまや春日くんの舎弟になったエルフたちが鍛冶屋までひとっ走りして設置する。


 暴力沙汰には違いので、𠮟られると思ったけど、責任者らしき人物も登場せず、場内は何事なかったように会話や笑い声に溢れていた。

 破損した器物を元通りにすれば、それで済むのかもしれない。

 暴力沙汰に慣れている感じだ。怖い。


「冒険者登録はカウンターでします、アニキ」

「金がちょっとかかりますよ、アニキ」

「持ち合わせがないのなら貸しますよ、アニキ」

「ちなみに受付嬢は彼氏いないって話ですよ、アニキ」

「ウェイトレスも彼氏募集中だそうですよ、アニキ」


 ふむふむ。受付嬢とウェイトレスは彼氏なしと。

 いやいや口説く気はないけれども! 

 でもほら! 何かあるかもしれないじゃないですか!


「他人のプライベートを話すのは礼儀違反ですよ」

 受付嬢は生真面目な顔つきだったが、眼光が鋭かった。

「そうだそうだ! だーれが彼氏募集中だ! 冒険者なんかあたしからお断りなんだよ!」

 ウェイトレスが厨房から出てきて怒鳴った。うむ。確かに可愛い。それにおっぱい。


「じゃあアニキ、またお会いしましょう!」

「この町に来たら声をかけてください!」

「俺たち、ここが拠点なんで!」

「アニキの活躍、期待しています!」

「また今度!」


 出ていく舎弟たちの背中に、いーだ、とやるウェイトレスちゃん。

 こほん、と軽く咳払いをして、受付嬢が僕たちに向き直った。


「あなたたち二人が、冒険者志願ですか?」

 そうです、と答えつつも、受付嬢の金色の瞳に見惚れる。

「登録料がかかります。それと市民権のない方は走査料金が発生します」

「走査?」

「ざっとですが、反社会的傾向があるかどうかどうか測ります」

 うわー暴力沙汰、起こしたばかりだよ。


「市民権はありませんが、紹介状ならあります」

「ではその紹介状を検証させていただきます」

 紹介状を渡す。大丈夫なんだろうか。冒険者になれないってことないよね?

「少々時間がかかりますので、お待ちください。お飲み物など販売しておりますのでどうぞ」


 そこにウェイトレスちゃん登場!

「ご注文はいかがいたしましょうか」

 おっと丁寧な応対! ファンシーな外見とのギャップがいい!


「お酒は飲めないんですが」

「お茶もジュースもありますよ」

「普通。物凄く普通」

「ありがたいね」

「雰囲気台無しな気も」

「気にしない気にしない」


「ミルク頼んで笑われるのが鉄則なんだけど」

 ちょっと不満気に言ってしまったかもしれない。

 こう、なんていうのかな、お約束を大事にしたいじゃないですかl

「じゃあ、ミルク頼みなよ。ボクはお茶。紅茶で」

「かしこまりました」


 僕はそのとき思いついた。そうだ、これならあるまい。新大陸のものだからだ。

「ココアをお願いします。ないですか。そうですか。いやーまいったなー」

「ありますよ」

 マンガみたいにズッコケるところだった! あるのかよ!


「なんでもありですねっ!」

「異世界にあるものでないものはありません」

 大きく出たな。

 ハッと僕は気づいてしまった。まさか……。

 恐る恐る尋ねる。


「じゃあ、ジャガイモもあるとか」

「あります」

「やばい! それはやばい!」


 ウェイトレスちゃんは僕の反応にいぶかしげだ。

 訝しいのは僕の方だよ!


「なんでもこの世界の創造主は他の世界の創造主に負けたくないとか」

「え? 創造主違うの?! いやいや神様がいればの話ですけど」

 なんか宗教じみてきた。

 あー苦手なんだよな、宗教。


「この世界は女神アルナ様が創造主です。なかでもユニバースの創造主がお好きではないらしくて」

「ユニバースって宇宙のことですよね。そのレベルで違うんだ……」

「そう言われています」

 ウェイトレスちゃんは言葉を選んだようだ。まあ宗教家でもないだろうし確信を持って言うのは違うよね。


「じゃ、ユニバースにないものでおすすめのものでお願いします」

「かしこまりました!」

 ウェイトレスちゃんがニコっと笑う。ずきんとする。春日くんの視線がなぜか痛い。


 しばらくテーブル席で待つことにする

「よかったね、美人に会えて」

「うん!」

「キミは本当に女好きだよね」

「男はみんなそうでしょ、春日くんだって」

「キミほどじゃないよ」

「僕は女の子大好き! なかでも美人!」

 ほんと、女の子は存在自体が奇蹟的に尊い。たとえブスを自認していたとしても! 絶対に美しいところがあるものなのである!


「本能だけで生きてるんだねえ」

「やっぱりダメだよねー。モテたことないんだ」

「そうだろうね」

 春日くんは冷酷に言い切った。ひどいよ。


「フラれたって言ってたよね」

「うん。大失恋」

「見境ないからフラれたとか?」

 なんでわかったのだろう。春日くん、超能力使えるのかも。


「自業自得というか予定調和というか」

「やっぱりダメですか? たくさん好きになるの」

「いいわけないでしょ」

「でもたくさんって言ってもたった四人だよ?」

「逆に考えてみれば? 好きな子に四人彼氏がいるって」

「あーそれはダメ。僕、独占欲、強いもん」

「女の子だって同じだって、どうして思わないかなー」

 ため息まじりに言われてしまった。


「でもでも夢じゃないですか、男の」

「それは一部でしょ。浮気するような最低なやつ」

「そういえば藤堂先輩に最低って言われた」

「先輩に話したんだ? すごいね」

 我ながらすごいことをしてしまったと思う。もはや手遅れだけど、誤魔化した方がよかったのかな。


「あと一人、フラれてない子がいるんだ。まだ希望はある!」

「タフだねー。フラれたばっかりでしょ」

 まあヴェルラキスさんに会える可能性はないのだけど。会えたとしても、次は敵同士かもしれないし。


「あんまりショックなんでまだ飲み込めてないのかも。そのうち大泣きして止まらなくなったらどうしょう……」

「そのときは泣き止むまで一緒にいてあげるよ」

「春日くぅん」

「甘えた声を出すな。気持ち悪い」


 そうこうするうちに飲み物が運ばれてきた。

 紅茶は白い上品なティーカップに入っているようだ。

 もうひとつはゴツイ鉄製のコップだ。

 この差はいったい……。


「どうもありがとう」

 春日くんが微笑しながら言うと、ウェイトレスちゃんの顔が赤くなった。くそう。


「凄いんですね。冒険者じゃないのにテーブルを割るなんて」

「空手をやっていたからね」

「やっぱりそうなんですね! じゃあ、あなたたち日本人?」

「よくわかったね」

「日本人の国に観光にいきたいと思ってるんです!」

「日本人の国があるなんて知らなかった」


「マホラ国って私達は呼んでいます。たしか自称はヤマロ皇国だったかな」

「たぶんヤマトでしょう。皇国って聞き捨てならないな。天皇を自称してる奴がいるのかな」

「天皇陛下、いらっしゃるそうですよ。アルフヘイムには女王陛下がいらっしゃいますから、ヤマト皇国は特別待遇なんです」

「誰だろう?」

「安徳天皇って仰ってました」

 春日くんが青ざめた。


「ここは浄土?」

「日本人は浄土と呼んでいます。それにしても凄いです! 推理で当てしまうなんて!」

 ウェイトレスちゃんの顔の上気が止まらない。


「アントク天皇って誰ですか」

「キミは日本人失格だね。壇ノ浦でお亡くなりになった天皇だよ。まだ幼かった。ああ転移してたんですね。よかった。本当によかった」

「ダンノウラって何ですか」

「キミ、本当に蒼学そうがくの生徒? よく受かったね」

「受験勉強って頭に残らないんだなあ」


 ところで僕は何をしていたかというと現実逃避だ。

 僕のゴツイ鉄製のカップには物凄い顔で睨んでくる何かが入っていた。

「えーっと、これは何ですか?」

「ココラです。ココアがお好きとのことだったので!」

 ウェイトレスちゃんは、きりっとした顔で言い切った。でも僕は見逃さなかった。目が笑ってる。

「あーなるほど! 確かに似てますね! 名前が!」

 ココしか合ってないよ!


「これ、飲み物なんですか」

「はい!」

 ウェイトレスちゃんの可愛い笑顔はそれはもう眩しかった。

「じゃあ、いただきます」

 僕がコップに口をつけて飲もうとすると「んぎゃーっ」とココラが悲鳴を上げた。

 黙ってコップを置く。


「あの、すみません。これ本当に飲み物?」

「そうですよ」

 ウェイトレスちゃんはくすくすと笑いをこらえきれず、身をよじらせた。あ。おっぱいが揺れた。

「じゃあ、さっそく」

「んぎゃーっ」

 ごくごく。

「んぎゃーっ」

 ごくごく。

 もうウェイトレスちゃんは爆笑している。

「んぎゃーっ……んぎゃ」

 ココラは断末魔の悲鳴をあげて、僕に飲み干された。


「凄いです! ココラを飲み干すなんて! あたし、初めて見ました!」

 ウェイトレスちゃんや、そんなもん、よく出しましたね。ただの罰ゲームでしたよ。

「ただの罰ゲームで出されるものなんですよ!」

 やっぱりかよ!


「でも君が笑ってくれたじゃないですか? 君の可愛い笑顔に励まされました!」

「やだあ、お客さんったらあ」

 ウェイトレスちゃんがバンバン僕の背中を叩く。

「じゃあ、次はスネークドックいきますか?」

「ごめんなさい!」

 ウェイトレスちゃんがまた爆笑。うむ。揺れるおっぱいで全てを許そうじゃないか。


「あー?」

 とウェイトレスちゃんが出入口の方を指差した。

 とっさに振り返る。


 ダークエルフのクソ野郎、ザラスティンが入ってくるところだった。

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