第42話 美少年を殴る奴は許せない

 室内で長剣ロングソードを振り回すのはバカのすることだ。

 だがもう遅い。

 僕はすでに抜刀している。

 刺突に賭けた。


 ザラスティンは速い。消えては現れ、現れては消える。

 僕の刺突はどこを狙ったというものではない。最短距離。それだけでいい。どこでもよかった。奴に手傷を負わせる。奴が逆上する瞬間だけがチャンスだ。


 ザラスティンは消えなかった。ふらりと身をよじらせて剣先を躱す。僕は前のめりに姿勢を崩してしまった。

 僕の背中を疾風が走ったのはそのときだ。春日くんは僕の背中に隠れて機会をうかがっていたのだ。


 ザラスティンは不意をつかれた。春日くんの必殺の飛び蹴りを躱せない。蹴りが顔面にめり込む。春日くんはそのままとんぼ返りで着地した。

 僕は剣を捨てると這うようにしてザラスティンの腰を抱え込んだ。


「春日くん!」


 春日くんは背中のホルダーから短剣ダガーを取り出した。が、そこで動きが止まる。


(そうか! 春日くんは対人戦は初めだった! 相手がゴブリンとは勝手が違う! 殺人になってしまう!)


 ザラスティンは腰に僕をしがみつかせたまま、つかつかと春日くんに近寄っていく。

 短剣ダガーを無視して、春日くんの顔面を殴った。壁まで吹っ飛んでいく。ピクリともしない。気絶してしまったようだ。


 ザラスティンは僕の一瞬の動揺を見逃さなかった。腰をひねって僕を振りほどく。僕は距離をとって立ち上がった。


 ザラスティンの拳が僕の顔面にめり込む。その一撃だけで意識が飛びそうだ。このままやられるわけにはいかない。拳を繰り出す。躱された。奴の拳が来る。躱せない。顔面にめり込む。殴る。躱される。殴られる。それが繰り返された。


 意識が飛びそうだ。左目が腫れて見えない。右目は血が流れ込んできている。ちくしょう。もう何も見えない。


「もういいだろう、坊主。このへんで降参しろ」

 聞き覚えのない声だ。誰だ? 誰が喋ってるんだ?

「誰だか知らないが手を貸してくれ。ザラスティンは人殺しを楽しむような男なんだ」


「ザラスティン? 誰だそりゃ?」

「白い鎧を着たダークエルフだ。僕と殴り合ってる男だ」

「それはたぶん俺だ」

 やはり聞き覚えのない声だった。


「つまりお前らは俺をザラスティンとか言う奴と間違えたわけだ……」

「え?」

「それで俺は鼻血が出るほど怪我をした……と」

 声は冷静そのものだった。

「まあ、あれだ。お前はそこで気を失っておけ」

 拳は見えなかった。


 ………………。


 ……意識を取り戻したとき、そこはテーブルの上だった。

「よかったあ」

 ウェイトレスちゃんが喜んでくれた。

「早くテーブルから降りて下さいね」

 心配してくれていたらしい。

「テーブル席、もう満杯なんですよう」

 え。そっち?


「よう起きたか」

 僕を吹っ飛ばした男だ。見える。顔面に痛みもない。魔法で治療されたのか?


 男は黒髪に褐色の肌をしていた。それに白い皮鎧。

 だが似ているのはそれだけだった。


「俺とザラスティンって奴はそんなに似ているのか?」

「えっと……」

 僕の態度で察したらしい。


「似てないんだな?」


 そのときだ、背後から恐ろしい気配がしたのは。

 振り返りたくなかった。いる。いるよ。春日くんが。


「ごめん……勘違いでした!」

 てへっと可愛く笑ったつもりだったが、かえってそれが二人の神経を逆なでしたようだ。


「「死ねやあああ」」

 息が合っていた。

 前後からの攻撃。


 意識を失う直前に聞こえたのは……

「今度は床で気絶してて下さいね」

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