第43話 アヴァロンの九姉妹

「戦闘センスとガッツだけは俺が保証しますよ」


 ドラード市の冒険者ギルドの団長が断言してくれた。

 名前はカルロス。僕がダークエルフのクズ野郎と勘違いしてしまった男だ。

 顔も年齢もまったく違う……すみませんでした!


 カルロスは、中年の渋いカッコいいおじさまと言ったところだ。不老不死のアヴァロン島では加齢は任意である。いや15歳までは普通に成長するようだけど。


 カルロスは外見だけならダークエルフにしか見えない。

 シャドウエルフという一族だそうだ。ダークエルフは彼らの裏切り者で、いわば兄弟のようなものだという。種族としての容姿がまったく同じなのはそのためだ。


 シャドウエルフは地下世界シャドウ・レルムの住民で、聖地「アンダーサンクチュアリ」の守護者だった。およそ七千年前、魔道士マルキオンによって聖地「アンダーサンクチュアリ」が奪われてしまう。そのとき内通したシャドウエルフが後の世に言うダークエルフだ。ダークエルフはほどなくして魔道士マルキオンを裏切った。ダークエルフは魔道士マルキオンを封印すると聖地「アンダーサンクチュアリ」の奪還を宣言する。しかしシャドウエルフの怒りは収まらなかった。両者は“親族戦争キンスレイヤー・ウォー”に突入する。戦いが千年にも及ぼうとするとき、王家が介入してきた。


 王家は聖地「アンダーサンクチュアリ」を直轄地とし、守護者をグレイエルフに任じた。グレイエルフは「真なる中立」の一族だという。“エルフ・ドワーフ戦争”に参戦しなかったため戦後に疎まれて漂泊の生活を余儀なくされていた。

親族戦争キンスレイヤー・ウォー”は大義を失い、終結を迎えた。「アンダーサンクチュアリ」から遠ざけられた両者は、互いに怨恨を残しているのはもとより、王家にもグレイエルフにもいい感情は持っていないそうだ。


 カルロス団長は僕からザラスティンの話を聞くと「そいつは殺し甲斐のある奴だな」と静かに呟いた。


 僕たちはいまギルド二階の団長室にいる。

 まず目につくのは、大きなデスクにどっさり積まれた書類の山。団長のため息が聞こえてきそうだ。壁面は書棚になっていて資料本がぎっしり詰め込まれている。どれも乱雑ではないのは、秘書でもいるのだろうか。

 大きな部屋だ。団長のデスク前の空間だけでも、二十人いても手狭く感じないだろう。


 カルロス団長は椅子には座らず、デスクを後ろにして立っていた。

 僕と春日くんだけじゃない。もう一人いる。

 黒衣の女性だ。


「あなたがそこまでおっしゃるのは珍しいことです」

 上品な女性の声は多少くぐこもっていた。白い仮面をつけているからだ。黒い外套ですっぽりと身を覆っている。


「珍しいのは貴女の方だ。九姉妹の貴女自身がこんな辺境に来るなんて。やはりソーマ砦に?」

「いいえ。そちらは巫女たちを遣わせています」

「ということは、この二人のうちにいるとお考えなんですか?」

「あるいは二人ともかもしれません」


 そこで会話される内容はさっぱりわからない。

 九姉妹って何だ?


「あなたたちが何者なのか、知るためにきました」

 黒衣の女性に歩み寄られると、少し怯んでしまった。おっと。これは女性に失礼だ。僕はピンと背筋を伸ばして威儀を正した。


 春日くんはというと、僕の背中に隠れてしまっている。180センチの僕の後ろに155センチくらいの春日くんが立っていたら、正面からはまったく見えないだろう。


「おい。そこのちっこいの。隠れるな」

「いいのです。わたくしを畏れるのは人間ヒューマンの本能のようなものですから」


「す、すみません!」

 春日くんは僕の脇から出てきた。震えている。僕は彼の手を握った。


「言っておくが、本来なら審問スキルと走査スキル、祈祷スキルで審査するんだ。面倒くさいし金もかかる。それを好意でしてくださるんだ」

 カルロスは念を押すように続けた。

「おまえらにはピンと来ないかもしれないが、九姉妹の方に審査して貰えるなんて自慢ものだぞ」

 ほんとにピンとこない。


「大げさです。召喚されし者の審査はわたくしたちの義務なのですから」

「本当に召喚だと思いますか。ケースがケースだけに漂着者なのかもしれません」


「その両方だとわたくしたちは考えています。召喚されし者と漂着者を分ける必要があります。それを巫女たちにやらせています」

 え。漂着者? そんなのあんの? それを早く言って欲しい。


「ちょっといいですか。漂着者と判った場合、向こうの世界に帰れますか? 無理なら身の安全を保障してくれるとか」

「帰還は女神様次第です。ただユニヴァース──わたくしたちは「半宇宙セミヴァース」と呼んでいますが──は、女神様が一番対抗心をお持ちになっている世界です。難しいでしょう」

 またその話? しかも「セミヴァース」って。半分だけってこと? 物質だけだから?


「漂着者たちの身の安全は保障します。幸いあなたたちは日本人です。日本人の国で暮らすといいでしょう」

 日本人の国か。それも悪くない。


「呼吸を楽にして目をつむりなさい。何があっても喋らないこと」

 それから彼女は歌い出した。


 神秘的というのだろうか、まるでセイレーンの歌だ。突如、香しい花畑の匂いに包まれる。匂いに陶然としていると今度は大地が消失した。足場がない。僕はそのとき確かに立っていなかった。僕が現代人であることが良かったのかもしれない。これは宇宙遊泳のようなものだとすぐに解った。落下。今度は物凄い速度で落下していく。悲鳴をあげないので精一杯だった。


「もういいですよ」

 部屋に戻っていた。春日くんとは手をつないだままだ。お互い汗でびっしょりだったが気にならない。

 僕たちは合格したのだろうか? いや合格って何だ? 冒険者になるのが夢だったけど、難民として暮らせるのならそれがいい。


「それでどうでしたか」

 カルロスは前のめりに訊いてきた。


「こちらの方の祝福ブレスは、シャドウでした」

シャドウ? レアじゃないですか!」 

技能スキルの方は「カラテ」が18レベルです」

 RPG的にはいい感じなのではないだろうか。さすが春日くん!


「それでこちらのかたですが……」

 ちょっと言葉を濁した。いかにも貴婦人然とした彼女らしくない。


「あなたに訊きます。あなたは力と富と女性を選ぶとして、何を選びますか?」

「女性です」

 即答した。


「女性を奪われたとしたらあなたはどうしますか?」

「その子次第です。本当に別の奴を好きになったのなら、諦めます」


「では無理やりの強奪だとしたら?」

「何としてでも取り戻しますよ!」

「戦争をしてでもですか? それとも財力で何とかしますか?」


「愛で」

 即答した。


 仮面の下に微笑があるような気がする。馬鹿にされた感じはしない

「愛で?」

 

「どうですか?」

 カルロスは何かを知っているようだった。危惧。恐怖。惑乱。そんなものが感じられた。


「いいでしょう。姉たちには一任されています」

 カルロスはまじまじを僕の顔を見た。春日くんがぎゅっと手を握ってきた。


「あなたの祝福ブレス無限インフィニティです」

 何を言っているのか、ちょっと解らない。というか、解りたくない。


技能スキルは「剣術」が8レベル。「格闘」が10レベルです」

 はい? ちょっ、ちょっと待って!


「あなたは《無限の者》だということです」

 宣告された。

「いやいやいやいや、だって僕、眠ったり疲れたりしますよ。腕立てだって二百が限度。ジャンプだって普通。魔力とか全然だし」


「《無限》ってのは「スキル・ソース」が無限ってことだ。それ以外は普通の人間だよ」

 ゲーム好きの僕にはすぐにピンときた。「スキル・ソース」ってRPGでいう「MPマジック・ポイント」のことなんじゃないか。確かにそれはチートだ。やっと来たチートだ。でもなんかショボいような……


「そんなショボいチートで世界とか救えませんからね! ゴブリンに殺されるところだったんですから! 世界の命運とか背負う気ありませんよ!」

「すぐにってわけじゃないだろう、これから鍛えればいい」


「冒険者の方々が「スキル・ソース」と呼ぶものは、わたくしたちは「ソウル」と呼んでいます。宇宙の根源エネルギーです。至高の御方がお許しになれば新しい宇宙を創造できるということです」

 壮大すぎてかえって胡散臭いんですが……


「ほんとうのところは黄金樹の果実を食さないと理解できないでしょう」

「黄金樹の果実ってのは甘いんですか酸っぱいんですか」

 なんかどーでもよくなってきた。新興宗教の勧誘を受けてる気がする。


黄金樹の島エウィンは美しいところです。九姉妹と、召喚の巫女、それに召喚されし者だけが入れます。黄金樹の果実は黄金樹の島エウィンの外ではしなびてしまうのです。次は黄金樹の島エウィンでお会いしましょう」


 そう言って彼女は退室していった。

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君'sにプロポーズの花束を ~プライベート・ダンジョン編~ 日野行人 @hino-yukihito

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