第25話 ゴブリン・シャーマン

 校庭には、奇妙な光景が広がっていた。

 みんなが、校門に陣取るゴブリンたちから、二十五、六メートルくらい離れていたからだ。


「ショータ! 来てくれたか!」

 と、歓迎してくれたのは藤堂先輩だ。

 笑顔で迎えてくれたが、すぐに真顔になる。

 ピリピリと緊張感で張りつめた雰囲気が全身から出ていた。

 

「おまえ、おっせーよ! 何やってたんだよ!?」

 テッペイが僕につかみかかってきた。

「テッペイ!」

 タカ先輩がそれを制止してくれた。

 テッペイ同様、タカ先輩も苛立ちを隠せていない。


「主将! だけど!」

「俺たち全員が決めたことだ。ショータを責めるのはお門違いじゃねぇのか」

 タカ先輩が言ってくれた。

 それだけで充分以上だった。

「うっす! すみませんでした!」

「俺に謝ってどうする!」

 タカ先輩は自分に頭を下げたテッペイに対して𠮟責で応えた。

「いえ、僕の方こそ、遅れてすみません」

 テッペイがムッとしながらこちらを見たので、僕は僕で謝罪する。


「謝ることはない。体育館で何かあったのだろう?」

 マコト先輩の声は興奮の欠片もない冷静なものだった。

 みんなが苛立ちを隠せないなかで、マコト先輩だけが冷静なようだ。

「僕の失敗です。体育館に向かう途中、山口先輩たちが先行するのを止められませんでした」

「それで山口たちはどうなった?」

「し、死にました」

 どうしても喉の奥がひっついたように硬直してしまう。


 全員が息を吞んだ。

「全滅か……?」

「いえ、来生先輩、神月先輩、千草先輩、新井は無事です。いまは二年の教室に避難しています」

「では、あとの者は……」

「山口先輩とヨシムラ先輩は殺されました」

 沈黙が降りた。

 全員が僕の次の言葉を待っているようだ。

「それ以外の人は知りません……」


 テッペイの激発を止めることは誰にもできなかった。

「おまえ! 何のために行ったんだよ!?」

「すみません!」

「謝ってすむかよ!」

 テッペイに胸ぐらをつかまれてぐらぐらした。


「もういい。やめろ、テッペイ」

 藤堂先輩の声は、重く低く響いた。

 いつも爽やかな好青年といった雰囲気なので皆が沈黙する。

 テッペイはちょっと蒼ざめていた。

「悪りぃ」

 タカ先輩が僕に謝ってくれた。


「ショータ、校門に陣取ったやつらを見てくれ」

 僕はあらためてやつらを見た。

 表情に出さないように努力したが成功しなかったようだ。

 血の気が引くのを止めようがなかった。


「ホブゴブリンがいます。六匹。それと……」

 僕は認めたくなかった。ゲームならもう少し後で登場するモンスターもいたのだ。

「ゴブリン・シャーマンがいます。こいつは魔法を使います……」

 

「それはわかってる。ジンがやられた」

 藤堂先輩がジン先輩の方に目をやる。

 慌ててジン先輩の方をみると、苦笑しながら片手を上げた。

「俺は無事だ。やつの杖から弾丸のようなものが出たんだ。それにやられた」

 ほっと息をついた。少なくとも致命傷になるような魔法ではなかったらしい。

「死ぬような傷ではない。強行突破すればできるだろうと思ったのだが、藤堂に止められた」


「魔法の直撃で無事でも動きは止まる。そうじゃありませんでしたか?」

「ああ、そうだ。だが一瞬のことだ。すぐに回復したぞ」

「だとしても特攻しなくてよかったです」

 恐らくシャーマンにはまだ魔法があるはずだ。

 ゲームでいえば、初級の呪文であるマジックミサイルのようなものだろう。致命傷にはならないが隙はつくれる。そして向こうには武装したホブゴブリンがいる。

 だがまだシャーマンには奥の手があるはずだ。初級の呪文だけで部族のシャーマンとして認められるとは思えない。


「藤堂の指示のおかげだ。逸るみんなを抑えた」

「ショータを待ってたんだ」

 信頼されているというのは気持ちいいものだ。ましてそれが藤堂先輩だ。


(ここで勇気を示さなければ……)


「射程距離内に入ります。もしも僕がやられたら、“絶対”に助けないでください。犠牲者が増えます」

「おい、まさか死ぬ気ではないだろうな?」 

 ジン先輩が心配してくれた。

「違います。やつの……ゴブリン・シャーマンの呪文を確認するだけです」


 僕が射程距離内にゆっくり歩を進めると、ゴブリン・シャーマンは杖を動かして、マジック・ミサイルを撃ち出した。ミサイルは一個だけだ。ゲームとは違う。少し安心した。

 予期していたので、僕は身をかがめて、ミサイルをやり過ごした。追尾してこない。

 希望が出てきた。ゲームのなかの初級呪文よりだいぶ弱い。


(これは強行突破もありか?)


 引き返そうと後退したときだ。ゴブリン・シャーマンが杖を動かした。さっきとは微妙に動きが違う。

 僕はわざと止まった。

 やつのもう一つの呪文だ。それを確かめるチャンスだった。

 杖の底が地面に触れる。


 閃光が走った。

 複数の光の輪が地面を駆けまわる。光の輪は地面の上をくるくる回転しながら繋がったり離れたりした。


 あまりのことに、僕は尻もちをついてしまった。

 光の輪が近づいてくる。

 さらにミサイルが飛んできた。直撃。僕はもう動けない。


「ショータ!」

 藤堂先輩の悲鳴を初めて聞いた。


「うおおおおおおお!」

 野太い叫び声とともに、襟首をつかまれて、射程距離外までひきづられ後退できた。

 ジン先輩だ。危ういところで助けてくれもらえた。


「ありがとうございます」

 ジン先輩は身長が2メートル以上あって、180センチの僕でも見上げると首が痛くなる。

「罪滅ぼしのつもりならば、ああいうことはやめろ」

 それから不器用な笑みを浮かべた。

「戦力は多いほどいい」


「それでどうだ? やつらを倒すにはどうすればいい?」

 藤堂先輩には“倒せない場合には”という選択肢はないようだ。

“倒す”、それだけしか考えていない。

 ここにいる人たち全員が同じ気持ちだ。自分たちがやられたら後はない。


「ひとりがシャーマンをやります。それ以外のひとは護衛のホブゴブリンを混乱させてください」

「どうやって近づく?」

「それは僕の指示に従ってください」

「ホブゴブリンを混乱させるとはどういうことだ?」

「無理に倒すより、挑発なり何なりして、とにかくシャーマンから引き離して欲しいんです」


「よし、それで行こう。他に意見や質問はあるか?」

 藤堂先輩が周りを見渡した。ひとりひとりの眼を見つめる。誰も異論はないようだ。


「まずは二人一組になります。それで三方から同時に仕掛けます」

 僕たちは円陣を組んでいた。

「近づく方法ですが、僕が『伏せて』と言えばそうしてください。全身を伏せるのではなく上半身だけでミサイルを頭上にやり過ごす感じです」

 みんながうなずき、先を促すような目つきで僕を見つめた。次が本番だ。

「もうひとつの魔法ですが、これは光の輪、おそらく電光ですが、これがランダムに動き回ります。当たれば致命傷になる可能性が高いです」

 テッペイが唾を飲み込んだ。

「これは『飛んで』と指示しますから、飛んでやり過ごしてください。タイミングは各自で判断してください」

「近づくだけで命懸けというわけだ」

 藤堂先輩がちょっとだけ笑った。先輩たちもつられて笑う。

 僕はテッペイと目があった。先輩たちはどうかしている、という感想が互いの目に映ったはずだ。


「シャーマンですが、真っ先に狙って欲しいのは杖です。杖がなければ魔法は使えません」

 確信があるわけではないが、ここは確信があるかのように言い切った。

「ですから槍よりも木刀の方でシャーマンと戦って欲しいのです」

 僕は小学生時代に剣道をやっていただけだが、木刀があれば人の手首ぐらいなら折れる。

「つまり、俺とテッペイのどちらかがシャーマンを斬り伏せりゃいいんだな」

 タカ先輩がテッペイに目をやる。テッペイはぶるっと震えた。


「三方からの攻撃だったよな。剣士がひとり足りない」

 藤堂先輩は予感があるような顔をした。

「正面は僕が行きます。先ほどの挑発でシャーマンはまずは僕を狙うと思いますし、正面にいた方が指示が出しやすいからです」

 藤堂先輩はじっと僕を見つめた。

「つまりは囮か?」

「そういう側面もあります」

 藤堂先輩はみんなの視線を受けて笑みを浮かべる。


「じゃ、そういうことでいいな! 俺はショータと組んで正面、左はタカとジン、右はマコトとテッペイだ。意見あるやついるか?」

 ジン先輩が「よし、やるか!」と言うと、円陣を組んで叫び声を上げることになった。

 藤堂先輩が「『殺す』でどうだ?」と言い、みんながうなずく。


「「「「殺す! 殺す! 殺す!」」」」


 僕も気合いを入れて叫んだ。こんな一体感は初めてだ。


 それぞれのスタート地点に向けて解散するとき、テッペイが近づいてきた。

「小森……あのな、悪かった」

「いいよ。トドメ、頼むな」

 テッペイが謝る必要はない。

 僕は確かに迂闊だった。


「行きます!」

 僕たちは一気にゴブリン・シャーマン目指して突撃した。

 ゴブリン・シャーマンのふたつの呪文は、マジックミサイルとチェインライトニングだ。


 マジックミサイルは、魔法の衝撃を与える単体攻撃。

「伏せて!」

 と、頭上を通過させる。


 チェインライトニングは、電撃を地面に放ち、連鎖させる全体攻撃。

「飛んで!」

 と、電撃をやり過ごす。


 ゴブリン・シャーマンは魔法が当たらないことにイラつき、攻撃が単調になった。

 囮の僕と藤堂先輩に魔法が集中する。狙い通りだ。タカ先輩とテッペイが本陣に斬り込んでいく。


 統率されたホブゴブリンはやはり強敵だった。

 腰蓑ひとつだったゴブリンと違って、粗末だが皮の鎧を着ている。

 防具のあるなしでまったく脅威が違うものだ。脅威の“質”が変わる。


 柔道家のジン先輩にはそれは脅威ではなかった。板金鎧だったら別だったろうが、皮鎧である。ジン先輩は無敵のように暴れ回った。ホブゴブリンたちを次々と投げ飛ばしっていく。それゆえに目立ちすぎたようだ。

 残ったホブゴブリンたちが一斉にジン先輩に攻撃を集中させる。

 槍衾やりぶすまの的にされそうなところを、藤堂先輩がホブゴブリンの群れに槍を投げ込まなければ、ジン先輩は危ういところだった。


 ホブゴブリンがジン先輩に手こずっている隙に、マコト先輩に守られたテッペイがゴブリン・シャーマンに斬りかかる。

 僕はそのとき見みてしまった。


 ゴブリン・シャーマンが片手を突き出し、マコト先輩ごとテッペイを吹っ飛ばしたところを。


 まだ呪文があったのだ。

 僕は自分の迂闊さに歯嚙みをした。


 吹き飛ばされ、倒れているマコト先輩とテッペイに、ホブゴブリン二匹が迫ってくる。

 僕は藤堂先輩のマネをして、槍をそいつらに投げた。牽制にはなったようだ。だが僕ももう素手だ。

 

 これでまともに戦えるのはタカ先輩だけになってしまった。


 が、ホブゴブリンは槍のリーチをいかして、タカ先輩を遠巻きに囲むことにしたようだ。


「東条ーーーーーッ!!」

 そのとき、鬼の形相をした権田先生が走ってきた。

 めちゃくちゃ速い。


「これを使えーーーーーッ!!」

 棒状のものを投げた。


 棒状のものはホブゴブリンの群れの前に落ちた。


 鞘におさまった日本刀だった。


 それを素早く拾ったのは藤堂先輩だ。

「タカッ!!」

 藤堂先輩はホブゴブリンに囲まれているタカ先輩の方にそれをすべらせた。


 タカ先輩はそれを拾って柄に手をかける。


 次の瞬間、銀の閃光が走り、ホブゴブリンたちの槍が切断されていた。


「行けッ!! タカッ!!」

 そう叫んだのは、ホブゴブリンの一人を投げ飛ばしたジン先輩。


 ホブゴブリンの輪の一角が欠けて、そこに道ができる。

 その道をタカ先輩が走った。


 ゴブリン・シャーマンが慌てたように片手をタカ先輩に向ける。


「しゃがんで!!」

 打ち合わせにはなかった指示だったけど、タカ先輩はしゃがんでくれた。


 ゴブリン・シャーマンの魔法を頭上にやり過ごしたタカ先輩は、銀の光を閃かせる。

 ゴブリン・シャーマンは、呆気なく消えた。杖だけがぼとりと落ちる。


 ホブゴブリンたちはシャーマンをやられて動揺したようだ。まして槍も失っている。及び腰だ。

 そこに僕たちが猛然と襲いかかった。


 ジン先輩がホブゴブリンたちを地面に叩きつけていき、槍組がそいつらにトドメをさしていく。

 ホブゴブリンたちはどんどん消えていき、ついには全滅した。

 権田先生が素手でホブゴブリンを絞殺する一場面もあったけど。


 藤堂先輩が、膝をついたまま、呆然と周囲を見回した。

 ハッとすると、点呼を取る。

 僕たちはもちろん、それに応えた。


 死傷者ゼロ。


「やったーーーっ!!」


 僕たちは、勝鬨をあげた。

 権田先生はちょっと涙ぐんでいる。


 校庭に、巨大な影が落ちた。


 巨大な影は、三羽の巨大な鳥のものだった。

 巨鳥が校庭に着地すると、その背中から何者かが、一人ずつ降りてくる。


 権田先生が僕たちを守るように立ち塞がった。


 ありがたかった。

 もう僕たちには、戦う気力も体力も残されていなかったからだ。

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