第7話 女子の裸がそこにある限り

 僕の身体はそのとき無意識に動いていた。


 精神がクリスタルのように研ぎ澄まされ、思考のノイズが完全に消失する。

 たまにしか訪れない不思議な感覚。

 身体が勝手に動いて最適解の結果が出るのだ。


 僕は階段などすべて無視して踊り場から踊り場へジャンプを繰り返し、一階に着くと光に向かって駆けだした。

 校庭という名の光へと。


 校庭には人だかりができていた。

 人だかりの中心に彼女たちがいるのだろう。


 もう遅いかもしれない。

 もうすべてが終わっているかもしれない。

 だがそれがどうした?

 男にはときとして無理とわかっていても戦わねばならないときがある。

 あきらめたらそこで試合終了だ。


 僕はドラゴン。

 そう今は全身がドラゴンなのだ。


 人だかりをかきわけた。

 無言だった。無理やりだった。


 ついに僕は見た。

 

 人だかりの中心には女子がうずくまっていた。

 三人いる。

 間違いない。温泉女子だ。

 すでに制服のジャケットがかけられていた。

 だが、うずくまった太腿は隠せていなかった。


 充分だろう。

 僕は満足のため息をついた。


「ほらほら! 散れ散れ! ぶっとばすぞ! おまえら!」

 人だかりの向こうから、藤堂先輩の怒声が聴こえた。

 人だかりがブーイングを発する。


「ショーター! いるかー!? おまえも手伝えー!」

 う、となった。

 藤堂先輩の信頼が痛い。


 僕は最低最悪だ。

 なぜ僕はこうなんだ。どうしてドラゴンに忠実なんだ。死にたい……。


「みなさーん! すみません! 散ってくださーい!」

 僕は大声をあげた。

 小学生の頃、剣道をやっていたので、普通の人以上の大声を出せるのだ。


「おまえもガン見してただろうが!」

 なんて声も聴こえたが無視して人だかりに大声を浴びせ続ける。

「後輩だろ。先輩に向かってなんだ!」

 なんて声も聴こえたが「藤堂先輩の手伝いなんで」と言うと相手は舌打ちして去った。


 人だかりはその場のノリで集まった連中が大半だったので解散するのも早かったが、騒然とした空気はおさまらない。


 何人かぐずついていたが、それは藤堂先輩が気に食わない、という理由のようだった。

 藤堂先輩もそれに気づいたようだ。

 厳しい顔で彼らに近づいていく。


「早く整列に戻りなさい!」

 白皇つかさ先輩が声をかけてきた。

 多少息が荒いのは、校舎から走って出てきたからだ。

 手には何枚かのシーツをもっていた。

 それで温泉女子の身体をすっぽり包むつもりなのだろう。


 校舎からもうひとつの人影がでてきた。

 体育教師の権田ごんだ先生だ。ヤクザみたいな顔つきの大男だ。

 いつも竹刀を持ち歩き、生徒指導はそれで済ましている。


「藤堂! おまえも整列に戻れ!」

「はい!」

 藤堂先輩の応答は惚れ惚れするぐらいはきはきしたものだった。


「お・ま・え・ら・も・だよ!」

 権田先生は、藤堂先輩を取り囲むようにしていた連中を竹刀でしっしと解散させた。

 

 制服姿のなかでひとりジャージ姿の僕が目立ったからだろうか。

 権田先生は、しばし僕を見た。

「小森はこっちだ」

権田先生が顎をしゃくったので、僕は校舎に向かうことになった。

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