第8話 保健室の美人

「保健室に寄ってから会議室に来い」

 権田先生はそう言うと、ずんずん歩いて行ってしまった。


 保健室は独特の匂いがする。

 そこに養護教諭、深田ふかだ奈津子なつこ先生が待っていてくれていた。


 美人だ。

 色香というのだろうか、落ち着いた雰囲気が大人の女性独特の魅力を醸し出している。

 セミロングの髪は明るい色で、二重のアーモンドアイがしっとりと輝きを帯びていた。小さめの唇と涙袋が印象的だ。

 僕には大人の女性の年齢はいまひとつわからない。ただ何となく二十代半ばという気がした。


「あなたが小森君ね」

 声が少しかすれていて、それだけで胸が高鳴った。

 興味深そうに僕を見て、「フフフ」と深田先生が笑う。

 

 ドラゴンを鎮めるために目線を落とすと、白衣から膝頭がのぞいていた。

 膝頭すら色っぽい。


 さ、さすが大人の女性!

 もうどうしていいかわからない! どうしたらいいの。


 そのとき、カーテンで仕切られたベッドの方から声がした。


「目が覚めたみたいね」

 深田先生はカーテンの向こうに消えた。


「気分はどお? まだふらふらする?」

「いえ。平気みたいです」

 ベッドの方からは美しいソプラノで応答する声が聴こえた。

 おお。この声はきっと美少女に違いない。

「ちょうどよかった、会議室まで小森君に付き添ってもらいましょう」

 はい、と美しいソプラノが答えた。


「どうぞよろしくお願いします」

 ベッドの方から現れたのは、予想通りの美少女だった、

 小柄な美少女だ。黒髪をショートカットにしている。天然パーマだろうか、少しウェーブがかかっていた。


 今日は美人と話す機会が多いぞ。

 うーむ。こんな日が続くのなら学校も悪くないと思ってしまった。

 股間に凶暴なドラゴンさえ飼っていなければ、僕も学園生活を謳歌できたのだろうか。


「初めまして……かな? ボクは春日かすがひかると言います」 

「よろしく。小森翔太です」

 僕は美少女を前にして緊張していた。

 おっと、ドラゴンが暴れる前に視線をそらさなければ……。


 視線の先には、なぜかズボンがあった。

 あれ? あれれ?


 蒼学そうがくは女子生徒でもズボンをはいて登校することが可能だ。

 だが腰から脚のラインは男子そのものだった。

 

 視線をあげて春日さんの顔を見る。

 可愛らしい美貌がムッとした表情をつくっていた。


「ボクは男だよ! まさか女の子と勘違いしたわけじゃないよね!?」


 僕は絶句した。

 ドラゴンよ……。男に反応すんなよ? 死にたい……。


 その後、僕は深田先生に診察をしてもらった。

 診察は検温と聴診だけだった。


 僕は魂を抜かれた状態で、そのあたりのことはあまり覚えていない。


 やっぱり僕にはひきこもりが合っている。

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